「ここ…何処?」
一体どうしてこうも広いのか。先の見えない通路を奥へ奥へと進みながら、オニキスは途方に暮れていた。迷路であれば片手を壁に着いて進めば出口に辿り着けると言うが、生憎ここは迷路ではない。
「何で…、何でこんなに広いのよ!」
自分は大広間に向かっていた筈なのに、最早ここが屋敷内のどの辺りであるかすら皆目検討もつかない。ただ無情に続く長い廊下と、無数に口を開く扉。
「もう…やだ…。」
変わらない景色に、同じところをぐるぐる回っているような錯覚に陥る。否、現に同じところをぐるぐる回っているのかもしれない。広大な上に入り組んだ屋敷の構造を恨みながら、オニキスはとうとう歩くのを止め、壁に背をついて座り込んだ。
「誰か…」
完全に迷子になったオニキスは、力なくそう呟いて抱えた膝に顔を埋める。と、その呟きを聞き付けたかのように影が差し、聞き慣れた高い声が耳に届いた。
「やぁ、オニキス。どうしたんだい?こんな所で。」
「リジェネ…!」
ぱっと顔を上げると、面白そうに覗き込んでくるリジェネの姿。オニキスは慌てて半泣き状態だった目を擦った。
「また迷ったのかい?」
クスリと笑って言われた言葉に、かっと顔が熱くなる。頬を赤く染めたオニキスを見て、リジェネはまたクスクスと笑った。
「図星、なんだ。」
「だって…こんな広くて…っ!」
うなだれるオニキスの頭を宥めるように何度か撫で、腕を取り立ち上がらせる。強く腕を引かれてリジェネの身体に体重を預ける形になった彼女を、彼はそのままふわりと抱き上げた。
「わ、リ…リジェネ!?」
突然の浮遊感に慌ててリジェネの首に腕を回す。線が細く、顔立ちもまるで女性のようで。しかし軽々と自分を抱き上げる様は、嫌でも彼が男性であることを意識させる。
まともに目も合わせられず硬直するオニキスに、リジェネは柔和な微笑みを向けた。
「それで?君は何処に行きたいんだい?」
「う…あ、の…大広間、に…」
「大広間?凄いね、全く反対方向だ。」
何とか目的地を伝えると、余りの方向音痴ぶりに感心したのか呆れたのか、リジェネはそう言ってオニキスを抱えたままスタスタと来た道を引き返し始める。
「それじゃあ、行こうか。」
「リジェネ…っ!?じ、自分で歩…っ」
と。突然額に柔らかな感触が触れた。思わず言葉を失い、驚いて目を見開く。次いで近過ぎる顔に心臓が跳ね上がり、何が起こったのかを理解する頃には、既に二人の間には元の距離が保たれていた。
「リ…ジェネ…」
それは額に軽く触れるだけの口付け。それでも、オニキスを惚けさせるには十分で。
「へぇ、照れてるの?可愛いね、オニキス。」
「…っ!」
不意討ち気味の言動に翻弄されて、オニキスは俯いたまま感触が残る額に何度も指で触れる。そんな彼女に、リジェネは朱い瞳を愛し気に細めてそっと囁き掛けた。
「道案内のお礼、今回の所は…それで勘弁しておいてあげるよ。」
迷子の迷子の愛しい仔猫を迎えに。
20090316
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