ケルディム・ガンダムのコックピットから降りると、格納庫から出た所で帰艦を待っていたオニキスが声を掛けてきた。


「お疲れ様、ライル。初陣はどうだった?」


「オニキス…」


コードネームがあるにも関わらず、オニキスだけは何故かロックオン・ストラトスのことをリアルネームで呼んでいた。


「だから本名で呼ぶなって。コードネームの意味がねぇだろ。」


何度言っても呼び方を改めようとしないオニキスに若干うんざりしながら、ライルはこめかみに軽くに手を当てて溜息をつく。


「俺は“ロックオン・ストラトス”だ。」


「嫌よ、紛らわしいもの。」


強調するライルに、オニキスは特に表情も変えず、ぴしゃりと言い返した。


「な…」


予想外の即答に、ライルは一瞬驚いたように目を丸くして、それからがくりと脱力する。


「紛らわしいって、お前な。」


まぁ、確かに紛らわしくはあるのだろうが。自分がいかに兄と似た容姿をしているかということは、ここに来た当初の周囲の反応でよく理解していた。


「どんなに顔が似てようが、貴方は私が知ってるロックオンにはなれないもの。」


「…」


「私が知るロックオンはニールだけよ。だから貴方のことはロックオンとは呼ばない。」


「俺に兄さんの代わりは勤まらない、ってか?」


少しおどけてそう尋ねると、オニキスは真っ直ぐに“ライル”を見、首を横に振った。


「そうじゃないわ。ロックオンと…、ニールと貴方を混同したくないの。」


「…」


「だからライルも、無理してロックオンになろうとしなくていいわ。貴方は貴方で、自分が思ったことをやればいい。」


意外な台詞に、ライルは一瞬瞠目した。


自分が兄と同じような戦果を上げられるとは思っていないし、正直な話、ソレスタルビーイングへの参入を決意したのも、半分はスパイとしてカタロンに有力な情報を流す為だ。

それでも此処にいる以上、周囲は自分にロックオンであることを望む。兄の影に自分を重ねられる。それは仕方のないことだと、ある程度諦めを付けていた。それを、この女は。


「ごめんなさい、私なりのけじめよ。過去と決別する為の。」


ニールの影を、ライルに重ねたくない。

ライルに、ニールの影を求めたくない。


二人が別人であると明確に区別した上で、同じように二人を受け入れたかった。ライルをかつてのロックオン・ストラトスの代わりではなく、新しい仲間として迎え入れる為に。


「いや、構わないぜ。ただ、」


面白い女だと思った。純粋な興味から、ライルはオニキスに尋ねる。


「ただ?」


「俺にもお前の名前、教えてくれよ。あるんだろ?本名。」


「…私?私の本名は…―」





思い出の滓を振り払って

そしてまた、新しい思い出が始まる。












20081221



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