最初に目に映ったのは、眩しいと感じるほどに真っ白な天井だった。霞み掛かった意識下でぼんやりと視線を巡らせ、ここがコックピットの中ではなく、調度の整った個室であることを知る。


「私、は…」


渇いた喉を震わせる酷く擦れた自分の声に、ようやく自分がまだ生きているということを認識し、ティエリアは小さく苦笑を洩らした。


「どうやら、まだ貴方の元へは行けなかったらしい…ロックオン…」


薄く閉じた瞼に映る、かつて共に戦場を駆けた男の姿。死を覚悟して意識を手放したあの瞬間から、一体どれだけの時間が経っているのだろうか。そして、他の仲間は―


そこまで考えが及び、ティエリアは弾かれたように体を起こした。


「そうだ…オニキス……ッ!」


反動で軽く眩暈を起こし、目頭を押さえる。オニキスは無事なのだろうか。あの戦下、母艦が完全に無傷のまま助かったとは考えにくい。下手をすれば、敵機の襲撃を受けて沈んだ可能性も、皆無とは言い切れない。

脳裏を過る不穏な光景を必死に振り払おうと、ティエリアは首を振る。


「いや、考え過ぎだ…。現に僕はこうして生きている…」


あの戦いの後、自分を保護しこうして治療を施したのは、プトレマイオスのクルーである筈だ。そしてここは組織に関係する施設のどこか。仮に敵対勢力に囚われているのだとすれば、おそらくここまで丁重な扱いは受けていないだろう。


何とか冷静さを取り戻し、ティエリアは顔を上げる。部屋の扉が静かに開いたのは、それとほぼ同時だった。





「ティエ…リア…?」


不意に自分の名を呼んだ声。ゆっくりと扉の方に目を移し、そこに立っていた人影を見て目を見開く。


「オニキス…!」


記憶の中と変わらない…いや、少し痩せたかもしれない。だが、間違いようがない。

飛び込むように抱きついて来たオニキスの体を、両手を伸ばして受け止め、抱き締め返した。柔らかな感触、優しい温もり、ほのかに香る甘い匂いに、ティエリアは深く安堵の息をつく。


「無事で、いたんだな…よかった…」


「…よく…ない。クリスも、リヒティも、モレノさんも…」


「…!」


縋りつくように回されたオニキスの腕が微かに震えていることに気づく。途中で途切れた言葉に、名前の上がった三人が命を落としたことを理解して、ティエリアは目を伏せた。


「そう、か。」


やはり、プトレマイオスのクルーからも犠牲者は出てしまっていた。しかし。

ティエリアはより一層オニキスを抱き竦める手に力を込める。


「貴女は、生きていてくれた。」


不謹慎極まりないが、彼女が生きていてくれた。今の自分にはその事実だけが何より重要で、そして、それだけで十分だった。


「このまま、目を覚まさなかったら…ティエリアまでいなくなったらって…、私…!」


あの日、引き止める手を解いて死地に赴く彼の瞳に常とは違う覚悟を見た瞬間、この人は自分を残して往く気なのだと、言い様もなく恐くなった。一人、また一人と消えていく仲間の命を目の当たりにして、ただひたすらにティエリアの無事を祈り続けた。


「ティエリアの馬鹿!残されるくらいなら、一緒に死んだ方がマシよ…!」


ヴァーチェから太陽炉が切り離された時の、心臓が凍るほどの衝撃。生死の境を彷徨い、声を掛けても何の反応も示さないティエリアを見た時の、あの喪失感。

一人残されるという恐怖など、もう二度と味わいたくはない。


「オニキス…」


「お願い、だから…もう一人にしないで…」


「…悪かった。」


「置いて行かないでよ…」


胸元に顔を埋めたまま呟くオニキスの頭をふわりと撫でると、ティエリアはそっと体を引き離し、涙に濡れたその頬に手を添えた。


「ティエ…、ん…」


贖罪の気持ちを、変わらない想いを、全てを乗せてオニキスに口付ける。


「約束する、」


甘く融け合う感触に身を委ね、ティエリアはオニキスを見つめた。頬に残った涙の筋を拭い、もう一度腕の中に包み込む。


「もう二度と、貴女を離さない…」





えるその瞬間も

最期まで、共に。











20081007
100,000HIT御礼企画
台詞リクエスト
貴女を離さない。



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