「オニキス…?眠れないのか?」

空には星が瞬き、風の騷めきと虫の歌声が暗闇にこだまする。

「あ…、刹那…」

浜辺に佇んだオニキスは、刹那の呼び掛けに酷く緩慢な動作で振り返った。

「眠れなくて…」

そう呟いて再び暗い海に視線を戻す。夜の風は冷たい。薄い寝間着姿のオニキスの隣に並んで立つと、刹那は羽織っていた紺色の上着をオニキスの肩に掛けた。

「…ありがと。」



それっきり、二人の間に沈黙が落ちた。何も言わず、ただ二人並んで潮騒の音に耳を傾ける。



「ねぇ。刹那、私のこと大切?」

「あぁ。」

「私も、刹那のことは大切。でもね…」



オニキスはその場にしゃがみ、さらさらした砂を一すくい手の平にすくって立ち上がった。小さな砂粒は、指の隙間から次々に零れ落ちていく。





「大切な人は、皆私のこと置いてくの。皆、みんな…、私の傍から離れていくの…」





やがてその手の平から、全ての砂粒が零れて消えた。刹那はただ黙ってオニキスの横顔を見つめる。





父親も母親も、兄弟も友達も。



大切だと思ったものは皆この手を擦り抜けて、届かない場所に行ってしまった。





「だから、怖いの。」

「オニキス。」

泣きそうな目で刹那を見上げたオニキスを、刹那は無意識の内に抱き締めていた。

「俺は、お前を離さない。」

「刹、那…」

「オニキスを独りにはしない。絶対に。」

小さく震えるオニキスの体を包み込み、抱き締める腕に力をこめる。

「…本当に?」

「あぁ。…約束する。」





舞い降りた女

その瞳が泪に濡れないように。










20080219



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