※社会人と高校生火神空は薄墨を垂れ流したように暗く、一番星が瞬いている。細く鋭い三日月は煌々と光を発し、エントランスを出た瞬間、肌に触れた外気は想像していたよりもずっと冷たい。一日中暖房の効いたフロアでパソコンと向き合って暖まった身体には堪える寒さだった。
ほう、と吐く息は即座に白く煙り、首に巻いたマフラーを鼻の上までたくし上げる。
気付けば一年もあと一月で終わろうとしていた。よくわからない焦燥感と、言葉にし難い人恋しさに苛まれるのは例年のことだ。
ただ、それは年を重ねるごとに強くなっている気がする。
赤信号に足を止めると、楽しそうに談笑する女子高生の集団と鉢合わせた。ああ、自分にもこんな時代があった筈なのに、と、過ぎた昔を懐かしむというよりは何処か苦々しい気持ちが沸き上がる。
昔は確かに感じていたあのキラキラした感情は、一体どこに消えてしまったのだろう。訳もなく楽しかった日々達は、かつて自分の周りを取り巻いていたことなど嘘のように、その存在を潜めてしまっている。これが、大人になるということなのだろうか。
信号が、青に変わった。
ガシャン。
突然聞こえた大きな音に我に返り足を止めると、そこは近所にあるバスケットコートの前だった。視線を左に向ければ、ゴール下で弾むボールに人影が駆け寄っていく。
随分と身長が高く、体格もいいが、着ている物は通勤途中たまに見掛ける高校の制服だった。彼も先ほどの女子高生と同じように、部活の帰りなのだろう。拾い上げたボールを突きながらコートの中心辺りまで戻ると、彼はくるりと身体を反転し、再びゴールポストに向かって走り始めた。
別に何を期待した訳でもない。ただ彼の一挙手一動を見守るように目で追い掛ける。
次の瞬間。ぶわっ、と。少年は空を飛んだ。そう例えずにはいられないほど、力強く地を蹴った彼の身体は高く空中に舞い上がった。
ガシャン。
吸い込まれるようにボールをリングに叩き込む音が脳を揺さぶる。聴覚が戻ってくる。思わず息を止めていたのだと、大きく吸い込んでから気づいた。
「す…ごい…」
初めて生で見たダンクシュートの迫力に唖然とする。ぽつりと漏らした声が聞こえたのかわからないが、此方を振り返った少年と目が合った。反射的に、控え目の拍手を送る。少年は一瞬驚いたように動きを止めたが、小さく会釈をするとまた練習に戻っていった。
心臓が不規則に音を立てているのがわかる。忘れていた筈の、あのキラキラした感情が息を吹き返し、ゆっくりと全身を巡り出す。街灯に照らされて鈍く光ったその赤が、瞳に強く、強く刻まれた。
もう一度、見たい。
そう想い焦がれてしまうほどに。
そんな君に、恋をした。20131201
← →
965TOP