「火神君、向こうで何かいいことでもあったんですか?」
「は?向こう?」
試合会場に向かう電車の中で、火神は黒子の言う“向こう”が何処を指しているのかわからずケータイに落としていた視線を上げた。逆に黒子は、火神と目が合うとその視線を彼が持つケータイに向ける。
「アメリカから帰って来てから、ちょいちょいケータイ見ながらニヤけてるので。」
バスケの修行のためロスに短期留学していた火神は、日本に戻って以来よく誰かとメールのやり取りをするようになった。メール自体は別に珍しいことでもないが、ケータイを取り出す頻度が以前より明らかに多くなったように思える。
最初のうちは、相手は彼の父親か師匠だろうと思っていた黒子だが、火神の表情からどうやら違うらしいと結論付けた。画面に映った文字を追う彼の眼差しが、普段は決して見せない柔和なものだったからだ。
「別にニヤけてねーよ、気のせいだろ。」
黒子の言葉に機嫌を損ねたらしい火神は眉間に皺を寄せる。だが暫くして手にしたケータイが再び震えると、画面に目を走らせまた口許を緩めた。おそらく本人に自覚はないのだろう。その様子に、黒子は一つの可能性に思い至る。
「彼女ですか?」
「なっ!?バッ、ちっげぇよバカ!」
火神の動揺は黒子の予想以上のものだった。言葉では否定するものの、一瞬で耳元まで顔が赤く染まる。そのあまりにあからさまで大袈裟な反応に、黒子の方が驚いたくらいだ。
「図星ですか。」
「だからちげーっつって…」
「隠さなくていいです。」
「何でそーなんだよ!」
「だって火神君、顔真っ赤ですよ。嫌でもわかります。」
「…っ!」
火神は何か言いたそうに口を開いたり閉じたりを繰り返したが、悩んだ末に唇を引き結んだ。そしてこの話は終わりだと言わんばかりに勢いよくケータイを閉じ、ポケットに突っ込む。
だが、これでこの話題を終わらせてしまうのは勿体ない。何より日頃バスケのこと以外頭にない相棒がどんな恋愛をしているのか興味があった。黙り込んだ火神に、黒子は容赦なく質問を投げ掛ける。
「向こうで知り合ったんですよね。アメリカ人ですか?」
「テメッ、いい加減マジで怒んぞ黒子。」
荒々しい口調とは裏腹に、まだ赤いままの顔で凄まれても全く迫力がない。むしろ新鮮さを覚えながら、黒子は詮索を続ける。
「彼女、同い年ですか?」
「……。」
「可愛いですか?彼女。」
「だー!うっせ!紅子はまだ彼女じゃねーよ!…あ゙。」
「紅子さんって言うんですね。告白してないんですか?」
てっきり既に付き合っているのだと思っていた黒子はキョトンと目を瞬かせた。火神がその紅子という女性に好意を寄せていることは間違いないだろうが、国を越えての遠距離恋愛、しかも告白していないとなるとなかなかにハードルが高そうだ。
自分の失言に気付いた火神はチッと小さく舌打ちし、観念したかのようにぼそぼそと言葉を続ける。
「今はバスケに集中してーし…、ウィンターカップ終わったらちゃんと言う。」
「そうですか。」
やはりと言うべきか、流石と言うべきか。火神らしい言い分に納得すると同時に、黒子は僅かながらもどかしさを覚えた。ほんの少し話をしただけで取り乱すくらい紅子のことが好きなら、いっそ日本に戻る前に告白しておけばよかったのに。それをしなかったのは、まあ、彼なりのけじめなのだろう。
「つか何ッでお前にこんな話しなきゃなんねーんだよ!?」
「いいじゃないですか。で、可愛いですか?紅子さん。」
「っだから!」
「可愛くないんですか?」
「…ああもうクソッ!すっげー可愛いよ!」
半ばヤケクソ気味に叫ぶと、火神は熱の引かない顔を片手で覆い、はあ、と大きな溜息をついた。火神自身、異性を好きになったことにまだ戸惑っていたし、この手の話はたとえ他人事であっても得意ではない。たった数分のやり取りで、どっと疲れた気がする。
「火神君、ケータイ鳴ってますよ。」
「わーってるよ、余計なお世話だっつの!」
火神は震えるケータイをポケットから取り出し、憮然とした表情を浮かべながら紅子からのメールを開いた。
ロスとの時差はおよそ17時間、向こうは間もなく日付が変わる頃だ。火神は告白はまだだと言ったが、遅い時間にも関わらず試合前に律儀にメールを送ってくる辺り、紅子の方も彼のことが好きなのではないだろうか。
─試合、勝ってね!
文末の一文を見て、火神は気を引き締める。アメリカを出る時、紅子と約束したのだ。勝つ。勝って日本一になる。そしたら…。
─ぜってー勝つ!だから安心して寝とけ。
その先を考えるのは、それからだ。今は目の前の試合に集中する。勝つことを考える。目を閉じて気持ちを切り替え、火神は送信ボタンを押した。
未来に繋がる恋心20140430
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