■ 裏切りの行く先

この物語は猫凪ちゃん宅作品を原作にし、また蒼紅命さんのアンソロジー案を使わせていただいてます。


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「嘘だろ。どうして……」
 少年の口から零れたのは、疑惑に満ちた言葉だった。
 目の前に広がる現実を簡単には受け入れたくないのか、何度も何度も己の中で否定し続けているのだろう。
 違う。フェイ・アランカルドという男はそんな人物ではない。仲間を敵に回すような人ではない、と。いつまでも否定を願う少年に僕は冷たくも非常な言葉を紡いだ。
「ここまでなんだよ、ベッシ―。元々人間とトリガーが手を取り合うような仲になれると思ってた?」
「フェイ、あなたはエントの親友なんでしょ! どうして傷つくような酷いことしか言えないの!?」
 驚きを隠せない少年の前に凛とした瞳を持つ少女が立ちはだかり、怒声を上げる。精霊にも今までにない厳しい眼差しを向けられていた。あといくつか同じようなことを発したら許さないと言ったところか。
「親友、ねぇ。そう思ったことなんて、昔の話だよ」
 以前は本当に親友と呼べるような間柄だったのかもしれないが、今は何故かそういう気持ちが薄れてしまっているので、単なる同行者と言い表すに相応しい。
 いくら少女が怒っても現状を覆すことが出来ないならば、少年の心が閉じかけているなら、何のためにもならないし、自分を再び受け入れてくれることも不可能だろう。
 冷徹に言い放つ言葉により少女は更に言い募ろうとしたが、彼女が此方へ歩み寄ろうとしたその手を、精霊の小さな手が制した。
「メルリエ、お止め」
「でも!」
「私たちでは彼を引き留めるのは無理だ。攻撃的手段もあるけれど、エントが望むものではない」
 宥めるように少女を落ち着かせ、トリトラフレールは正面を向いた。
「どうあっても、こちら側に戻ることはないんだね?」
「そういうことになるね」
 裏切ることを決めた今、心変わりすることはできない。ベッシーたちとの旅は楽しかったが、それももう、今日限りでおしまいだ。これ以上会話したらせっかくのシナリオが台無しになってしまいそうなので、なるべく自分らしく見せるため、彼らから背を向けてさよなら、と歩き出した。
「じゃあね、ベッシー。次に会う時まで僕を倒す秘策を用意しておけよ」
 去り際に、今まで友として接してくれた少年に一言残しながら。



 近くの森に入る頃には、辺りは既に暗がりが広がっていた。周りは木々ばかりでいい加減抜け出したかったが、夜になると魔物も多くなる。得物として街の鍛冶屋で購入したタガー二振りを忍ばせているものの、トリガーでない分、無理に戦うのはよした方がいいと考えた。歩を進める中、ふいに左腕が軋むように痛みを生じた。抑えるように右手で掴み立ち止まる。そのまま気に寄り掛かって深呼吸。痛みが引く頃まで待ってグローブをゆっくり外すと下から現れたのは蛇が巻き付いたかのように絞められた痕跡が残っていた。
 締め付け痕はベッシーの魔術によるものだ。去り際に少年が行かせまいと気力を振り絞って地形魔術を発動。媒体となった地面に落ちていた枝葉は呼応しては僕の腕に強く巻きついた。突然の行動に反応できずにいた僕を今度は嘆くがごとくに拳を撃ってきた。右手が空いていたので受け止められたが、彼の力は弱弱しいものだった。
 余程のショックだったのだろう。ベッシーは「フェイ……」と小さく呟くと、全身の力が抜けを地たのか足元から崩れていった。
 その後すぐに見えなくなるまで移動したので、少年の様子は分からない。今頃は父代わりとなる精霊と少女に元気付けてもらっているのではないか。取りとめのないことを考えていると、何やら嗚咽が耳に入ってきた。声の方に顔を向けると、先には子供が二人。金色の髪を持つ子供は十歳前後に見えるのに、目いっぱいに涙を浮かべては泣いている。もう一人は黒髪の少年で、泣いている子供より少しだけ背が高い。少年は「大丈夫、大丈夫だからね」と何度も慰めていた。
(あれは、ベッシー? じゃあもう一人の子供は……)
 自分自身なのだろう。少年は、子供が泣き止むまで優しく頭を撫で続けていた。
この場面に僕は身に覚えがあった。数年前、自分は故郷を失った。住んでいた場所も、そこに暮らしてた住民も家族も全部燃えてしまった。帰る家を失い、愚図る幼い子供は求めるように僕の服を掴んだのだ。
過去が炎で灰になった後、しばらくの間離れて暮らすことになったが、再会した少年の目はもう泣いてはいなかった。しかし、何故昔の記憶が今目の前で繰り返されているのだろうか。疑問はすぐに解決した。どこからか、心落ち着く香りが漂ってきたのだ。一体どこから? 目線だけで探すと、少し離れた場所に花園があった。白く光るように咲く花からは、先ほど嗅いだ香りが出ていた。この花を僕は知っている。あれは花粉を散りばめさせて幻覚を見せる毒草だ。名前は確か「メダル」といったか。以前女装店員として働いているお店で客からメダルの話を聞いたのだ。
その花の香りが昔を映し出したのだと理由にすれば納得がいく。こんな時に厄介なものを見せてくれるなと花に文句を言いたいが。
「……?」
 花園を眺めていると、中心に見覚えのある少年の姿があった。先ほど別れたばかりのベッシーである。ベッシーは此方に気づいておらず、何かボソボソと呟くと休みに入るのか咲き誇るメダルの中に体を預け寝息を立て始めた。夜明けまではまだ時間はある。彼を心配するいう訳ではないが、しばらく様子を見ることにした。

 それから数時間後。薄暗い森の中で目覚めると、花園に少年の姿が無かった。どこへ向かったのか、無意識に探すと少年は森が開けたところにある崖の上に立っていた。
(まさか、死ぬつもりなのか?)
 裏切ったとはいえ、昔から一緒にいた少年には命を絶ってほしくない。命は限られたものなのだ。こんなところで、たった独りで歩みを止めてしまうというのか。あの花の影響を受けているのかもしれないと考えても、死を求めるには早すぎる。
 とはいえ、僕には彼を引き留める資格などない。少年の心をここまで追い詰めてしまったのは自分が原因なのだから。
 誰かを呼ぼうにも、精霊にも少女にも頼ることはできない。逡巡していると、ベッシーは体を崖の外側に向けてはドサッと音を立てて座り込んだ。項垂れては涙を流す少年に声をかける、なんて気優しいことを僕はしない。
「僕を倒してみせるまでは、こんなところでくたばるなよ」
 彼にはこの先も生きてほしいから。たった一人の友に自分の所まで辿りついてほしいから。
 だから。
「……生きるんだよ」

 君の物語の終止符に僕はいないのかもしれない。それでも君には笑っていてほしいから。再び君が笑えるように。
 僕はエント・ティアベスの敵になって、道の向こうで待つことにしよう。

 朝日に照らされる白い景色の中。僕は静かに、彼らとは別の歯車を回していく。



【裏切りの行く先 fin】


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原作:猫凪ちゃん宅『TRIGGER GATE』
アンソロジー原案:蒼紅命さん

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