【31,趣向は1つにしてあらず】
「校舎に不審者が侵入した件ですが、その不審者の顔は見ていますか?佐倉先生に王崎先生」
HRを終え、生徒を全て帰したところで学園の教師陣は大会議室へと緊急集合していた。
話の内容はもちろん本日の不審者騒動。結局"不審者"は捕まらず、防犯を問うような形で先ほどから会議が行われている。
先日は生徒会室の扉が破壊され、翌日である今日は不審者騒動と来れば学園の防犯も怪しいもので。その全てが異界種によるものだと知っている暁斗はこの会議室でも一段と冷静だった。ジャージからスーツへと着替え、凛とした雰囲気を纏って質問者を見やる。
「私は生徒を安全な場所へ誘導していたので、姿形ははっきりと見ておりません。しかし王崎先生が勇敢にも惹き付け役となる姿はしかと記憶に、」
「追っている最中で取り逃がしたが背格好なら覚えている。細身で黒い服を纏った長身の"男"だった」
長くなりそうな佐倉の話を遮り、暁斗はその質問に答えた。嘘偽りな証言だが質問者は信じ込んだ様子。真剣な面持ちで用紙に暁斗の証言を書き込んでいる。
教師陣でも最年長だろう彼は1学年の学年主任、武中だ。学園の教師を引っ張るリーダーとして彼はこの会議の進行役を任されている。
「逃げた男は学園を脱け出したか…、はたまた校内で身を潜めているか…」
「身を潜めている可能性は少ないはずだ。木によじ登り学園の外へ逃げたところをこの目で目撃している」
「じゃあ明日からも生徒の登校は可能ですね。いやぁ、1つ安心しました」
本心から言っているのが分かるほど、先ほどまでの真剣な雰囲気が和らぐ。教師の鏡だ。生徒の安全を考え今の今まで気が休まらなかったのだろう。
彼は学園創立以来ずっとこの成王学園に携わって来たという。暁斗の父は良い人選をした訳だ。肖像画ではどこか気の抜けた雰囲気を持っていたが人を見る目はどうやらあったようだ。
「ところで生徒会室の件ですが、犯行は同一人物と考えてもよろしいでしょうか」
眼鏡を指でかけ直し、暁斗の隣にいた御堂が言葉を発する。どこか棘のある言い方だ。彼は生徒会の顧問をしていると何かの資料に書いてあった。それゆえ生徒会室が破壊され腹が立っているのだろう。今にも犯人を射殺しそうな目をしている。
「許可が下りれば警視庁に捜査を依頼しますが」
「流石にそこまですると生徒達に不安が広がってしまいます。今回は保留にして、次何かが起こった場合御堂先生の言う通報を行いましょう。それでは、今回は保護者へのプリント配布による伝達のみ、ということで異論はありませんね」
進行役が会議の収束を述べ、この会議はお開きとなった。散り散りに立ち上がり会議室を離れる教師陣と共に暁斗もその場を立ち上がり、廊下に出る。
教務室へ帰る流れに混ざっていると不意に後ろから声を掛けられた。
「王崎先生」
振り返ると未だジャージ姿の佐倉が立っていて。露出を行わない時の彼はまともなので、暁斗は素直に立ち止まる。
「私は今まで様々な男性を見て来ましたが、貴方はどの方ともタイプが違うようです」
突然人生経験を語り始めた彼。教鞭を奮う身なら確かにたくさんの人間を見て来たはずだ。同じ教師や生徒、場合によってはその保護者など、男と面識を交わす機会は大いにある。
そんな彼が言うのだから暁斗はよほど珍しいタイプなのだろう。彼が言うタイプというのが外見なのか中身なのかは分からないが。
「…私のような人間がこの世に2つといれば、少しは楽になっていたのかもしれないな」
"基なる魂"が唯一無二ではなく複数あったら。暁斗はもっと普通に暮らせたのかもしれない。
"名も無い魂"は暁斗の憧れだった。昔から、普通という言葉に憧れて何十も何百冊も本を読んで。
小説なら平凡な主人公を絶対に、劇的な展開が起きない心温まるストーリー。ファンタジーやSFは嫌いだ。まるで自分のように主人公が苦しみ悩んで生きている。そんなものわざわざ読まなくとも嫌というほど体験出来る。
「何か心に抱えているのですか?私で良ければ相談に乗りますよ。どうやら私は貴方のことが好きになってしまったようなので」
「…いや、気持ちだけ貰っておこ……、は?」
落ち込みつつあった気分が一気に吹き飛ぶ。目を丸くしていると、どこからか鋭い声が響いた。
「職場恋愛は禁止のはずですよ、佐倉先生」
佐倉の後ろから歩いて来た御堂が何気なしに忠告し、そのまま暁斗達の横を通り過ぎて行く。
「あら、秘密の恋愛?お2人なら是非ぜひ応援するわよ」
間を置かずして雨宮も姿を現した。話を聞いていたのかさらなる煽りを暁斗達に向けて来る。
「お似合いなんだから同性同士なんてちっぽけなこと考えちゃダメ。恋は突然やって来るものなんだから」
「り、力説されても私と佐倉先生はそういった関係では、」
「隠さなくても良いのよ。同性愛を愛する者同士仲良くしましょ?王崎センセ、佐倉センセ」
にこにこと笑顔を浮かべながら語尾にハートを付ける彼女。暁斗は一瞬何を言われているのか分からず1人固まっていた。
「……同性愛を、愛する者…"同士"?」
引っ掛かった言葉をオウム返しにする。すると雨宮が「あら」と目をしばたかせた。
「検診の時にそれなりに伝えたはずなんだけど…」
「王崎先生、雨宮先生は学園でも有名なビアンですよ」
「びあん?」
「同性愛者、レズビアンのことです」
「どっ、!?」
思わず彼女を凝視してしまう。男を虜にするその色気と、スタイルの良さ。白衣から覗く白い谷間も全ては男の為ではなく…同じ女性の為だけだなんて、にわかには信じがたい。
「まさか気付いていなかったのですか?王崎先生のクラスにもすでに物色の目が通されていますよ」
「物色!?私のクラスの男子…、ではなく女子にか!?」
「当たり前よ。男の子になんて興味ないもの」
これまた語尾にハートを付け、軽くウインクまでして来る彼女。暁斗はくらりと一瞬立ちくらみをしかけた。慌てて佐倉が体を支えてくれる。いきなりのカミングアウトに暁斗の頭はパンク寸前だ。
「王崎先生が女の子だったら迷わずアタックしてたのに、ほーんと、運命って残酷よね」
神様の悪戯よ。そう言う彼女の瞳は暁斗の顔を残念そうに見つめていて。彼女が男に興味を持たないことが色濃く分かる発言だった。信じられない、と思わず呟く。佐倉の肩に掴まり立ち直すも暁斗は未だ放心状態だ。
「時に雨宮先生。先ほど言った秘密の恋愛というのは?」
「あら、センセが廊下の真ん中で愛を囁いていたんじゃなかったかしら?」
「愛を?私が?」
しばらく考え、少しして理解したように「あぁ」と声を上げる佐倉。
「確かに私は王崎先生に好意を抱いていますが、それとこれとは話が別です」
「まぁ、ストイック。わたしとは大違いね」
「雨宮先生は気に入った者をすぐに手中へ運ぶのでしたね」
「手中へ運ぶだなんて人聞きの悪い。ちょっとわたし好みに仕立てるだけよ?」
仕立てるとはおそらく同色にするという意味だろう。物色され彼女のターゲットとなったクラスの女子に暁斗は心の中で全力で叫んだ。
逃げろ…!おまえたち、喰われるぞ…!
暁斗の念が届く訳ないがそう思わずにはいられない。
「そういう佐倉センセだってさっきから王崎センセにベタベタしてるわね」
「そうなのですよ。王崎先生の体付きが意外と良いのでつい触って確かめていました」
言われて気付いた。確かに佐倉は先ほどから暁斗の肩や腕、腰などを触り、時たま揉むようにしてその硬さを確かめている。
「さ、佐倉先生…もしやあなたも…」
サァッと顔が青くなる。固まって動けない暁斗を彼はなおもベタベタと触って来る。
「王崎先生、何かスポーツはしていらっしゃいますか?」
「す…スポーツは、していない…。強いて言えば…乗馬くらい、だが…」
「乗馬!全身運動ですか…!なるほど、それゆえこうも均整の取れた体付きを…」
納得したように頷きながら不意に暁斗の尻を掴む。
「ひっ、」
「締まっていますね。全身綺麗な筋肉です。これは生徒達にも手本として見せるべきです王崎先生」
「…は?」
あらあら、と雨宮が楽しそうに笑った。佐倉のこの異様なテンションにどこか心当たりがあるようだ。
「是非とも私と共に肉体美の大切さを教えに回りましょう!」
バッと目視出来ぬほどの早技でジャージを脱ぎ捨てポーズを決める彼。暁斗は呆れたようにそれを眺めた。今は生徒がいないので彼を止める必要はない。
正確に言えば彼を止める気力がない。先ほどからこの2人には振り回されっぱなしだ。
「…迎えが待っているので私はここで失礼する」
「ああ!どこに行くのです王崎先生!私と共に肉体美を語り合いましょう!」
「仕方ないわよ佐倉センセ。今日は諦めてまた明日集えばいいの。1泊2日なんだからそんな機会たくさんあるわ」
「明日ですか!期待していますよ王崎先生!」
2人の台詞を聞かなかったことにして逃げるようにその場を離れる。
1泊2日といえば生徒間の親睦を育む為に明日から親睦合宿が予定されている。もちろん忘れていた訳ではないが、忙しい3日間を過ごしていた為特に用意はしていなかった。
教務室に戻り、帰り支度を済ませる。そうして校門に足を運べば、待ち人は2人して女生徒に取り囲まれていた。
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