【20,真夜中の黒き躍動】







「都筑!」



思わず大声を上げ受け止めようと両腕を広げる。無事彼を抱き止めたはいいが暁斗は勢いに負け地面に背中を打ち付けてしまった。



……はずが、暁斗には優秀な"騎士"がいた。

主の危機を事前に予測し、彼が背中を打ち付ける前にその下敷きとなって2人分の体重を受け止めた、それはもう優秀な"騎士"が。

痛む背中に眉をひそめ、腕に抱いた2人に目をやる。怪我がないことを確認すると、その優秀な"騎士"、司貴は大きく空へため息をついていた。



「……お願いだから無茶はやめてくれ」



懇願にも似た言葉を耳に暁斗は我ながら情けない気持ちでいっぱいだった。彼が敬語を忘れるほど焦っている。それくらいに馬鹿なことをしてしまったのだろう。22にもなって情けない話だ。



「…ごめんなさい」

「……すまない」



口々に謝り、司貴の上から退いて行く2人。シュンとした様子に苦笑すると、司貴は痛みを越して痺れている背中に鞭打ち立ち上がった。

異界種とはまだ遭遇さえしていないのに、これだ。とても先が思いやられる。



「わかってくれればいいんです。…じゃあまずは誰かに気付かれるといけないから早くここから出ましょう」



今の騒動で中津辺りが起きた可能性も捨てきれない。早めにここを去るのが今一番すべきことだ。

一行は裏口からここを出ることにした。鍵は司貴が所有している為、家の灯りを監視しながら裏口の戸をあっさり抜ける。

狭い道路に出ると、人気のないその道路をしばらく歩き続けた。辺りは暁斗達の足音のみで深夜に相応しい静まり方をしている。

空を見上げれば少しばかりの雲と、月。星は見えるか見えないかぐらいの瞬きを繰り返しており、空気が別段澄んでいないことが証明された。

都市部ではないが田舎というほど外れでもない。言うなれば郊外にこの街はある。



「…月が綺麗ですね」

「……あぁ。今日は一段と輝いている」



落ち着いた月の輝きとトーンを抑えた司貴の声。その2つには自然と瞼を閉じさせる何かがあるようだ。暁斗は僅かばかり目を伏せると、似ている部分を探すように司貴に会話を投げ掛けていた。

道路にある街灯には昆虫が数匹集まっている。見たところ、3本。この道路にある街灯のことだ。

街灯が近くにあれば明かりが心強くもあるが、逆に離れた場所は暗がりで足元も分からない。こんな状況でいつ異界種が現れるか分からないまま過ごすのは精神的に辛いのだろう。軽い会話を交わす暁斗達とは裏腹に都筑はさっきから辺りを見回しては黙り込む、その繰り返しだった。



「…緊張しているのか?」

「う……、はい」



返事は素直。流石に暁斗は子どもを怖がらせて楽しむ趣味はなく、何かこいつの為にならないかと考えを巡らせる。

そうして思い付いたのが"空の散歩"だった。



「都筑、高いところは平気だな」

「え?大丈夫ですけ、…ど」



デジャヴを感じる彼をよそにその場で都筑を抱え、ついて来いと司貴に視線を送る。そして一息に地面を蹴ると、



大きく空へ跳び上がった。



「〜っ!!!」



ジェットコースター並みの上下運動に心の準備が不充分だった都筑は息を詰まらせ悲鳴を上げ損ねる。

夜空に輝く4つの黄金は暁斗と司貴の瞳の輝き。これは人気のない今の時間帯だからこそ出来る最速で手軽な移動手段。本当は都筑がいる為今日は地上を歩いて行く予定だったが、彼を抱えて行けば問題ないと暁斗は判断していた。

家の周囲はまだまだ人の来る可能性がある。なるべく人気のないところへ行くのが毎晩の決まりだ。なので今から暁斗が行こうとしているのは、毎晩の戦いの場でもある街から少し離れた廃工場地帯であった。そこなら人が来ることは限りなく0に近いし、騒音を立てたとしても住宅が近くにない為苦情や疑いが掛けられることはない。

長い距離を跳ぶと、何かの建物の上へ着地した。息をつく間もなく再び空へと上昇し、新たな建物へと脚を運んで行く。

夜風が頬に冷たく吹き込むが都筑が暖かいのでそれほど寒さは感じられない。子供は体温が高いと言うが確かにそれは正しいようだ。

しばらく空の散歩を楽しんでいると、いつしか暁斗の手には都筑のそれが重なっていた。それに気付き彼を見下ろせば、遠慮がちに引いて行くその右手。

思わず目をしばたかせた。怖いのなら捕まっていればいいし、やめて欲しいのなら始めから言えばいい。しかし都筑は嫌がる素振りなど見せず、むしろどこか嬉しそうに暁斗にしがみついている。


…子どもの考えが分からないとは、私もまだまだ未熟だな。


教師の卵から孵化したばかりの雛。今の暁斗を表現するにはこれが一番妥当だった。反省の為フッと己に苦笑すれば、都筑はそれが自分に向けられているのだと勘違いしたのか暁斗に突然謝り始める。



「ご、ごめんなさい!嫌でしたよね今の…!」

「…なんのことだ?」



今の、の"今"が分からなくてつい聞き返してしまう。

ようやく目的の建物へ降り立ったものの、質問の内容が悪かったらしく月明かりの下でも分かるほどに都筑は首もとまで染まっていた。



「なんのって、……それは…」



真っ直ぐに都筑を見つめるが、なかなか互いの視線が結び合わない。

と、っと司貴が背後に着地する。恋敵の出現に刺激されたのか都筑が少し大胆になる。



「…先生の手が冷たかったから、温めようと思って…。嫌、でした…?」



自分の特権をフルに使った上目遣い。暁斗がこれに弱いことを都筑はとうに知っているのだ。う、とつい言葉を詰まらせたじろぐ。


こんな可愛い子ども、怒れる訳がないだろう…!


子ども好きということもあるがその前に暁斗は可愛い生き物を前にするとどうしてか守ってやりたくなる質なのだ。怒ったりなどしない。ましてや虐めるなんて言語道断。だがどうやったら安心してくれるのか。それが分からず暁斗は内心非常に慌てふためいていた。



「い、嫌ならその場で振り払っているっ。私を想ってしたことならなおさらだっ、嫌な訳がない!だから…そ、その…、気に病むな」



上手く言えたかは分からない。都筑の眼差しに耐えきれず最後には目を逸らしてしまったし、口調も普段よりぶっきらぼうになってしまった。不器用な暁斗には意識した態度変化が苦手なのである。

しかし都筑は全てを理解しているようで、緩む口元を必死に引き締めつつ演技の終盤へと入る。



「じゃあ、先生の手が冷たくなったらまた僕が温めてもいい…?」

「あぁ、よろしく頼む」

「冷たいか分からない時は、触って確認してもいいですよね…?」

「もちろんだ」



即答で返事をすると、いい加減その会話を遮るように後ろから声が掛けられた。



「解決したところで聞くけれど、暁斗はいつまで煉を抱えたままでいるんです?」



その言葉でようやく我に返った。ゆっくりと都筑を下ろせば急に暁斗を寒気が襲う。子ども体温の彼がいなくなるとこんなにも寒いのか。今さらだが春の夜は油断ならない。

寒さに慣れようと建物の淵ギリギリを歩き回る。異界種の声や気配はまだ感じられない。毎日同じ時間という決まりはない為、いつ現れるかは分からない。しかしせっかく余った時間だ、ここは有効活用するべきだろう。



「司貴、都筑に力の使い方を教えてやれ」



都筑はあの時以来"騎士"の力を使っていない。突発的とはいえあの時は力を引き出せたが、使いこなせていないことに変わりはないのだ。



「暁斗を使っても?」

「あぁ。おまえなら構わない」



じゃあ、と都筑に説明を始めた彼を横目に暁斗は工場跡地である辺りに目を配らせた。闇の中に動くものはないか、ありとあらゆる暗闇に目を凝らす。

異界種を探すのと同時に一般人が紛れていないか確認する為だ。異界種と奮闘する際、暁斗達は普通ではあり得ない力を発揮する。それを見られるのは大問題であり、ましてや報道なんてひとたまりもない。

それでも見落としがあると困るので情報局には常に目を光らせるよう司貴には言ってある。ゆえに今まで世間で公になることはなかったのだ。

クレーン車の近くの暗闇に目を凝らしていると、ふと名前を呼ばれ振り返った。すると、一瞬にして首筋に添えられた白銀の剣。



「斬りますよ」



その一言を最後に、く、と剣に力が込められる。

刃が首にめり込み、右腰へと抜けた。迷いの無い剣筋。それほどまでに彼は自分自身を信じ、そして暁斗を想っているのだろう。



「せっ…!」



信じられないとばかりに見開かれる都筑の瞳。一瞬過ぎて脳が理解に追いついていない。



「…と、まぁこういう訳で」

「な…にが、こういう訳だよ!あんたが先生斬ったんだろ!あんなに親しくしてた人を斬るなんてっ、信じられない…!」



今にも溢れそうな涙を浮かべ司貴を睨み罵る都筑。目の前で人が斬られた反応としては正しいが、自分に着せられた"濡れ衣"には司貴も苦笑を浮かべるしかなかった。



「都筑」

「気安く僕の名前を呼ぶな!」

「落ち着け都筑。私は生きている」

「先生の声で説得しようったってそうはいかな……、え?」



気の抜けた表情。ポカンとしたままの都筑と目が合う。



「勝手に殺すな。だいたいこいつが私を斬る訳ないだろう」



これほどまでに取り乱してくれたのは都筑が暁斗を想ってのことなのだろうが、実際のところ暁斗は死んでいない。第一斬られてもいないのだ。…いや、斬られたが。

都筑を騙すつもりは一切なかった。ただ、この方法が一番分かりやすいと思ったのだ。司貴も暁斗も、お互いに。

暁斗は何一つ傷を見せることなく都筑に歩み寄ると、その涙を順番に拭う。左の次は右目尻。温かい涙は暁斗の指にさらわれると冷たい涙へと変化した。



「…先生、生きてる」

「あぁ、生きているぞ」

「殺されて…なかった」

「そうだ。私はそういう力を持っている。私だけじゃない、司貴にもおまえにも同じ力があるはずだ」

「…不死身なんですか?僕達」

「そうじゃない。…そうだな…たとえば、」



スッと双剣を両手に現す。その片方を躊躇無く司貴に向かって投げつけた。それは彼の胴に突き刺さるとスルリと向こうへ抜けて行く。

そう、抜けて行くのだ。空気の抵抗よりも滑らかに、彼の体を何1つ傷付けることなく。

双剣は真っ直ぐ宙を泳ぐと、途中弧を描くようにしてビルの数十メートル先下へと進路を変えた。キン、と下で音がする。剣が地面に落ちた音だ。



「と、いう訳だ」

「今のことを俺は説明したかったんですが、どうやら煉には伝わり辛かったようで」

「あ、当たり前だよ!いきなり目の前で先生斬るなんて、普通びっくりするでしょう!」



ははは、と苦笑い。まったくの正論に司貴も笑うことしか出来ない。








[ 22/36 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -