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幼稚園のころ飼っていた犬が死んだ。
小学3年生の時は大好きだったおばあちゃんが死んだ。
卒業するころには父が死んで、中学2年の時には母も死んだ。
私に関わる人が死んでいくのだと、ようやく分かったのは高校生になってからだった。



だから……



「ねぇねぇ、名字さん。この問題分かる?」


可愛らしいカチューシャを付けて話しかけてくるこの人を私は受けいれたくなかった。










隣の席の高尾くんは誰もが認める、人気者だった。
明るく、面白く、バスケが上手で勉強はちょっと苦手みたいだけどそんなところも彼の人気を上げるスキルに過ぎなかった。
そんな彼はなぜか私に良く話しかけてくる。
ある時は問題を聞いてきたり、またある時は昨日の部活の話をしてきたりと多種多様な話題を高尾くんは飽きることなく私に話しかけてきた。
もちろん私がまともに受け答えをするはずなく、所詮無視というものを実行しているのだが、彼には全くきいていない。
周りの子に関わるなと言われても高尾くんは聞く耳を持たなかった。


「昨日部活の先輩がドルオタだって知ってさ、俺思わず笑ちゃったらその先輩にーーー」
「……どうして私に話しかけてくるの?」


今日も今日とて私に話しかけてきた高尾くんに思わずそう聞いてしまった。
そうしたら高尾くんはふっと笑って「やっと声が聞けた」と言ってきた。
質問の答えになってない…。
でも笑う高尾くんを見て、少し…ほんの少しだけ彼と話してみたいと思ってしまった。





ぐるぐると時は過ぎ、私が高尾くんの隣になって2か月が過ぎた。
相変わらず彼は私に話しかけることは変わってない。
変わったといえば、私は少しだけ彼の話に付き合うようになった。


「名字さんは昨日何食べた?」
「……オムライス」
「そっか、俺はね生姜焼き食べたよ」
「……。」


高尾くんの話に私が返すのはたった一言だけ、それでも彼は私が答える度嬉しそうに笑った。
答えない時でも目が合うだけで微笑まれてしまうから反応に困ってしまう。
高尾くんに抱き始めていた気持ちに気づいていたけど、そっと目を背けた。



そんなある日、彼は怪我をした。
部活帰りに車に轢かれそうになったのだと、笑って報告してきた。
私のせいだと分かるのに時間は掛からなかった。
だから私は高尾くんから離れることにした。
ずっと隣だった席を交換してもらい、極力彼の傍には近づかないようにした。
当然あっという間に彼との関わりは無くなり、私はまた独りになった。
でも、もう寂しいとは思わない。
だって私が独りでいることで高尾くんが救われるなら安いもんだ。
その代り放課後の教室で一人高尾くんの席の隣に座るのが日課になっていった。
そこに座って目を閉じると彼との小さな会話が思い出されて自然と笑顔になれる。


「…何してるの?」


今日もいつものように隣の席に座っていると、部活着姿の高尾くんが来た。
久々に聞けた声に体が内側から歓喜で震えているのが分かった。
でも話すわけにもいかないので、荷物を纏めて帰ろうとしたら彼が腕を掴んできて進路を阻んだ。


「何で避けてるの?」
「……。」
「俺何かした?」
「……。」
「そうしてまた黙ってんの?」
「……。」
「俺とは…もう話したくないの…?」
「っ……!」


そんなことは無いと悲しそうな高尾くんに言ってしまいたい。
私がどれだけ高尾くんに救われてきたか、どんなに好きか、洗いざらい話してしまいたかった。
その衝動を喉のところで必死に押しとどめ、たった一言…これで最後だと自分に言い聞かせた。


「高尾くんに…死んで…ほしくない…」


涙で掠れた声に私の気持ちを全て注ぎ込んだ。
力が弱くなった彼の手を荒々しくほどいて家まで走って帰った。





次の日、高尾くんは学校に来なかった。



その次の日も、その次の日も彼は学校に現れなかった。
高尾くんが学校に来なくなって1週間経った頃、私は緑間くんに話しかけられた。
そこで初めて彼が入院したのだと知った。


「高尾は、君に会いたいと言っているのだよ…」


私はその申し出を断った。
何故と聞いてくる緑間くんに関わりたくないと答えた。


「お前には高尾の気持ちが分からないのか…っ!」


緑間くんに侮蔑の目を向けられても何も思わなかった。
私が行って彼が死んでしまうよりよっぽど良かった。
高尾くんが学校に来なくなって、もう1週間が経った。
2週間も彼がいない教室は空気が段々と黒くなっていくようで正直気持ちが悪い。
ただ放課後彼の隣の椅子に座っている時だけは、教室は輝いて見えた。


「また座ってる」


聞き覚えのある声がした。
でもそんなはずはない、彼は病院のはずだ。
ドアを見るのが怖くて机の上ばかり見ていると隣の椅子が動いたのが見えた。


「名字さん、今日は何を話そうか?」
「高尾…く…ん…?」


恐る恐る見た隣は思ったとおりの人がいて、「何?」と変わらない笑顔を向けてくれた。


「何で、ここに…」
「名字さんと話したいからに決まってるじゃん」
「でもっ、怪我が…!」
「これぐらい平気だって」


痛々しく捲かれている包帯をものともしないように腕を回しているけど、顔色は真っ青だ。
すぐに病院に戻った方がいいと言うとあの日のように腕を掴まれた。


「話したいことがある」


いつものように優しい目ではなくて鋭くて真剣な目に何も言えなくなった。


「俺、名字さんに死んでほしくないって言われた次の日、学校サボって名字さんのこと考えてた。」


私の目を一切に見ずに話始めたから大人しく席に座りなおす。


「何でそんなこと言ったのか考えても、考えても全然わかんなかった…」


それはそうだろう。
普通私の傍にいたら死ぬからとか考えるはずがない。


「だから直接聞こうと思ったら事故に合って、大怪我してさ。あぁこういうことかって…」


だったら態々お別れの言葉でも言いに来てくれたんだろうか
やっぱり優しいな高尾くんは
彼が顔を上げた雰囲気がしたので、相対して私は視線を下した。
望んでいたとは言え、直接本人の口から言われると辛いところはある。


「でもそれが何だって話だよ」
「えっ…」


180度予想と違った言葉が強めに言われて、思わず高尾くんの目を見てしまった。
彼の目はさっきと違っていつものように、明るく綺麗な瞳だった。


「名字さん、俺は関わらないでほしいって言われてはいそうですかって言うほど優しくねーよ」


腕を掴んでいた手が私の手にすすすっと移り、そのままいわゆる恋人繋ぎのように指を絡ませ合った。


「もう片時も離れたくないくらい好きになってるんだから、傍にいさせてよ」
「たかおくっ…!!」


よく笑う人だとは思ってた。
でもそんなに大人っぽく笑うのは初めて見た。
胸がギュッと苦しくなったのと同時にじわじわと目に涙が溜まっていく。
咄嗟に手のひらで目を覆っても隙間から涙が留まることを知らないように溢れ出す。
不細工に漏れる嘔吐も気にせずにただ声を上げて泣かないように必死だった。


「ふっ…くっあっ…」
「大好きだよ、名前ちゃん」


包帯だらけの手で優しく背中を包み込んでくれた。
頭の中で糸が切れる音がした。
怪我をしているとかすっかり忘れて、私も彼の背中をぎゅうぎゅうと締めつけた。


「ちょっ、いたたたたたっ…!!」
「わた、しもっ、大好きっ、」
「……うん」
「だからっ、高尾っくん、がっ死ぬのが怖いっ…」
「この前だって生きてた。今度なにか合ったって絶対生きてる。」




ずっと独りだった。
これからも独りだと思ってた。
寂しくないわけ無い、でもこれ以上私のせいで誰かが死ぬのは見たくなかった。
私は私の為に人と関わるのを避けていた。
高尾くんはそんな私を簡単に掬いあげてくれて、尚且つ傍にいたいと言ってくれた。
だったらもう私の答えは決まってる。


「傍にっいさせて…!」


もう貴方がどうなったって構わない
私が後を追えばいいだけの話だ
そう言うと彼は「二人で生きていけばいいじゃん」とまたあの大人っぽい顔で笑った。






幼稚園の時、犬が死に。
小学生の時、祖母と父が死に。
中学生の時、母が死んだ。
高校生の時、カチューシャをした人気者が隣の席になった。



彼は私を掬う、人だった。






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