「えーっと、なんじゃったかのう」
女性は斜め上を見ながら顎に手をあてた。
姫衣「あなたは、何者ですか」
「それは、儂のほうが聞きたいくらいじゃ。
おぬしがなぜ、儂のことを覚えておらぬのか。
よもや、喜助のことまで忘れたわけではなかろうな?」
姫衣「一護に剣術を教えたという…?」
姫衣が首を傾げた途端、女性は顔に手をあてた。
長いことそうしていたが、ゆっくりと口を開いた。
「……そうじゃ。
…覚えて、おらぬのか…」
姫衣「…私は、十一番隊に入隊する以前の記憶がないんです」
「なに?」
姫衣「あなたが私のことを知っているということは、私と過去に知り合いだったという事でしょう。
さっきから敵意のかけらも感じない上に、高等な術を扱えて、瀞霊廷の中にこんな場所まで…
もしや、あなたは昔護廷十三隊にいたのでは?それも、席官以上…隊長格だった」
女性は、静かに姫衣の考察を聞いていたが、話終えるとふっと笑った。
「さすが、その洞察力は衰えておらぬようじゃの。
記憶がないにも関らず、ここまで的確に見抜くとはあっぱれじゃ」
姫衣「ではもしや…あなたは私の、元上官だったのですか?」
「ふむ、まぁそうと言えばそうじゃが…」
少し悩む素振りを見せながら、不意に面白そうな顔をして姫衣を見た。
「さっきから妙に言葉遣いが丁寧なのはそのせいか?」
姫衣「え、あぁ、まぁ…」
それを聞くと、女性は大口を開けて笑った。
腹を抱えて涙が出るまで笑ったあと、まだ少し笑いながら手で涙を拭った。
「そう構えずともよい。確かに儂は、もう随分昔にお主の上官じゃったが、一番お主に近かったのは喜助じゃ。
元十二番隊の…」
姫衣「待ってください」
姫衣は突然声を張り上げた。女性が怪訝そうに顔をしかめる。
気まずそうに顔を背けながら、姫衣は続けた。
姫衣「過去の話は…やめてください」
「な、なぜじゃ?お主は知りたくないのか?」
姫衣「知りたいですよ。物凄く……ようやく、私の過去を知っていて教えてくれる人に会えたんですから」
「ではなぜ、話を拒む?」
姫衣「記憶を取り戻すために、技術開発局で研究してもらったんです。
…そしたら、私の記憶を取り戻すことは不可能だと、わかったんです」
女性は真剣な顔で先を促す。
姫衣「私の記憶は、爆弾なんです。
脳神経が記憶を取り戻したと判断した瞬間に、魂魄に埋められた爆弾が連動して爆発する仕組みになっているそうです」
「なに!?」
姫衣「もちろん、脳神経と綿密に絡み合っているため取り出すことはできません。
それに、その爆弾が結構強力らしくて、私に過去を教えた人物も巻き込んでしまうらしいんです」
困り顔で首の後ろを掻く姫衣。
だから、自分に過去を教えてくれる人もいないのだと続ける。
「なんと……」
女性は何か考え込んでいたが、決意したように姫衣を見ると深いため息をついた。
「大変、じゃったのう。
じゃがもう大丈夫じゃ。喜助に診せてみよう。きっと、記憶を取り戻せるよう尽力してくれるだろう。
それに……お主が生きていると知ったら、腰を抜かしてしまうじゃろうな」
想像してくすりと笑った顔が、悲しげな色を灯す。
優しく微笑みながら、女性は手を差し出した。
「おっと、まだ名を言ってなかったな。改めて名乗るのは変な気分じゃのう。
儂は、四楓院夜一じゃ」
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