彼と彼女の三日間戦争
王入アンソロに寄稿した小説です

占い師に一週間以内に不幸になると言われた入間が、不幸を回避するために王馬と三日間過ごす話

・DICEメンバーが出ます
・名前のあるモブも出ます




 この一か月間、入間美兎は最悪だった。
七月の初めに発明品に関する取材を受け、テレビに出演したら態度が悪いとインターネットで炎上をした。
その傷も癒えない一週間後、実家に泥棒が入り発明品の設計図などを中心とした私物が盗まれた。通帳などは無事だったことは幸いだが、犯人がまだ捕まっていないことは入間の不安を駆り立てていた。
更に、それについて考えこんでいたら転んで怪我をした。足を捻る程度の軽いものだったが、その日の朝テレビで見た星座占いは最下位で、それ以来信じていなかった占いも気にするようになった。
 そして今、夏休みに入って五日目の今日。まるで全ての集大成のような厄災に見舞われながら過ごしている。

入間は改札を抜けると後ろを振り返った。学生、サラリーマン、老人。改札を抜けて行く老若男女に目を向けるが怪しげな人物はいない。先ほどまで背中に突き刺さっていた視線だけがただ恐ろしく、入間の手にはじっとりと嫌な汗が滲む。
最近、何者かにつけられている。
 それに気が付いたのはテレビ出演の翌日からだった。外出する度に背後から妙な視線を感じ、振り向いてもそこには誰もいない。初めは気のせいかと思っていたが、視線を感じ始めて一週間ほど経った頃、歩いていたらいきなり誰かに羽交い絞めにされて車に連れ込まれそうになった。その時は大声を上げて、気づいた通行人が駆け寄ってきて助かったが、ストーカーは確信的なものになった。警察に通報したが、不審者として処理されて終わり、入間の恐怖心が消えることは一度たりともなかった。
そんな精神状態であるが故に発明にも手がつかなくなり、授業以外は部屋に籠るようになった。入間の通う希望ヶ峰学園は超高校級の生徒が集まるため、警備の手も厚く、いわば安全地帯だったからだ。
 心配させたくなくて、友人や家族には基本的に話さなかったが唯一打ち明けた人間がいる。王馬小吉だ。頻繁に企画書を持ち込んでは発明を依頼してくる彼にだけは話してみせた。王馬は「ふぅん、大変だね」と気のない返事をしただけだったが。
 夏休みで学園も一時的に閉寮し、今や自分の身を守れるのは自分だけ。もし、くだんの泥棒とストーカーが同一人物であれば、自宅も割れていることになる。鍵は変えたが犯罪者にとってピッキングなど容易いことだろう。
 それでも襲われるよりはマシだと、足早に自宅への帰路を辿る。時刻は七時過ぎ。季節柄まだ明るいとはいえ、この時間帯に一人で帰るのは安全とは言い難い。騒がしい繁華街を抜け、雑貨屋が立ち並ぶ小道へと入る。ここはガラス張りの店が多いため安全だと踏んだのだ。自宅への近道でもある。
 一心不乱に自宅へと向かう。しかしその歩みも、突如聞こえてきた声によって止められてしまった。
「ねぇ。そこのお姉さん」
「ぴゃっ」
 妙な悲鳴を上げ入間の体は跳ね上がった。数センチ浮いた脚が道路を踏んだ瞬間、心臓は早鐘を打ち全身は震え出す。恐る恐る振り返ると小柄な老婆が、店と店の間の細いスペースに鎮座していた。
「あなた、この前テレビに出てたでしょう」
「え、えっと」
 違う、と言って逃げるという計画が咄嗟に浮かぶが体が反応しない。
「私ねぇ、有名人には目がないの。せっかくだからタダで占ってあげる」
 よく見れば机の上には水晶玉が置いてある。
「あなた、ストーカーにあってるわね」
「な、なんで分かるんだ?」
「うふふ。さぁ、あなたの行く末を占ってあげるわ」
 怪しさ満点だが、入間が返事をしない内に占い師は水晶玉に手をかざす。しばらく唸っていたかと思うと、皺にまみれた目をカッと開いた。勝手に占われていることも忘れ、思わず生唾を飲み込む。彼女は立ちすくむ入間を見据え、高らかに宣言した。
「あなたは、一週間以内に不幸になる!」
「えぇ?」
 入間の叫びが小さな道の中で反響する。占い師は人目でも気にするように辺りを見回し、入間に向かって手招きをした。
「ふ、不幸って何だ?」
「私にも想像がつかない厄災よ」
「な、な、なんだよそれ!」
「ただし、ラッキーパーソンがいるわ」
「ファッキューパーソン?最悪じゃねーか」
「ラッキーパーソンはいわば救世主。あなたを導いてくれる人」
 溺れる者は藁をも掴む。まさに入間はそんな状況の真っただ中だ。救ってくれるなら誰でもいい、そんな気持ちで続きを促した。
「あなたのラッキーパーソン。それは、紫の髪の男」
「いるかそんな素っ頓狂な奴!あぁ、お終いだ!オレ様はもうどん底なんだぁ!」
 その場に崩れ落ちた入間は紫紫紫と繰り返す。占い師は穏やかな声で言った。
「でも大丈夫。このお守りを購入すればあなたは全ての厄災から―」
 そんな時、入間の目の前に一つの光が見えた。紫色の髪の男をたった一人だけ知っている。嘘つきで、入間を奴隷のごとくこき使う悪魔のような男。
「なぁ、本当にそいつがオレ様を救ってくれるんだよな?」
 ひたすらにお守りの営業をしてくる占い師を見上げる。その眼光の鋭さに驚いたのか、何度も頷いた。
「ヒ、ヒヒ……。何がストーカーだ。救われてやる。絶対に生き残ってやる」
 入間はゾンビのように立ち上がり、ふらふらと歩みを進める。占い師は
それを心配そうに見つめていた。
入間は歩きながら、救世主に電話をかける。数コールの後に聞き慣れた声。唯一の頼みの綱だ、と祈るように口を開いた。
「もしもし。オレ様だけど。だから入間だって。いや、切るなよ。切らないでぇ!……あのさ、頼みがあるんだけど」
これは、入間美兎が過ごした三日間の話である。