絶対幸福宣言A
イッターのお題箱
「結婚後の王入」より
紅鮭後 結婚して三年経った王馬と入間の話

@の続きです



銃口からは真っ赤な花が咲き、王馬はそれを抜き取って手で弄ぶ。向こうの露店で叩き売りされていたマジック用の拳銃のつくりはあまりにもちゃちで、先ほどの衝撃で半壊していた。王馬は満面の笑みでお決まりの言葉を口にする。
「にしし。嘘だよー」
それを聞きながら顔を手で覆い、肩を震わせてながら嗚咽のようなものを漏らしている美兎を揺すった。
「あれ。もしかして泣いてる?ごめんね?」
「泣いてるわけねーだろバーカ!!」
振り向いた美兎の表情は王馬を完全に馬鹿にしきっていた。王馬は目を丸くして唖然としていたが、すぐに髪をき乱しながら悔しそうなうめき声を上げた。作戦は失敗。美兎の方が一枚上手だったのだ。
「どこから気づいてた?」
「人を殺したってところから。テメーが人なんか殺せるわけないってことは分かってんだ。この大天才の美兎様相手に詰めが甘いんだよ」
「ちぇーっ。キミもオレと一緒にいる間に知恵をつけたってわけか。ざんねーん。情けない泣き顔をカメラに収めようと思ったのに」
「そんなことだろうと思ってたぜ。ひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
「嘘つかれるのは嫌いだけど、今のは面白かったからいいや。結構演技派だねー。二人でハリウッド狙っちゃおうか」
「ケッ。くだらねー。なーにがキミを巻き込みたくないだよ。勝手に話進めて自分に酔ってんじゃねぇ。このキザ野郎が。きもちわりーな」
「はぁ?!キミだって一緒に行くとか言ってきたくせに」
二人で顔を突き合わせて睨みあったのも束の間、二人は堪えきれずに笑い始めた。滑稽だと思いながらも真剣に演技をしていたその時間は無駄そのもので、それがたまらなくおかしい。美兎は机を叩きながら王馬は耐え切れず床に膝を突き、せきを切ったように腹の底から溢れ出てくる笑い声を部屋に響かせる。ひとしきり笑い合ったところで王馬は尋ねた。
「でも実際どうする?オレが人殺しちゃったら」
「はぁ?普通に警察に突き出すし離婚するに決まってんだろ。殺人犯の妻なんてレッテル貼られるのはごめんだからな」
「たはー。現実的ー。でも今も犯罪者の妻であることには変わりないけどね」
「それは!!でも、テメーは人を傷つけるような犯罪はしねーだろ」
「キミは本当に純粋だねぇ。あ、ちなみにプライバシーに踏み込みすぎないでほしいのは本当だから。特にハッキングなんて怖い事やめてよね」
「うっ。悪かったよ。もう、しない。多分」
目を泳がせながら答える美兎に、王馬はパソコンには厳重なロックをかけておこうと決心をした。
「……でも、嬉しかったな。夫婦だとか、オレのことを知りたいとか、演技でもあんなこと言えちゃうなんてすごいね」
「ケッ。……本心に決まってんだろ。分かれよ、凡人が」
頬を染めながら、真剣な口調で言う美兎。王馬はその真っすぐな言葉の受け止め方が分からず、上を向いたり髪をぐしゃぐしゃと乱したりしていたが、どこか安心したようにキミには適わないなぁと笑った。美兎の正面の椅子に座り、両手を差し出して彼女にもそれを促す。少し骨ばった、細くて長い指先を持つその手を優しく撫でながら互いの左手に光る指輪を見た。
「夫婦なんだね、オレたち」
「うん」
「知らない間に離婚届出したりしてないよね?むしろ死亡届?存在自体が嘘っていうのも面白そうだけど」
「するわけねーだろ!!」
「にしし。……海外にいる間はなかなか連絡できないからいつも苦しくてさ。キミを一人にして、寂しくさせて、こんなので本当に夫婦なのかなーって」
「へぇ。そんなこと考えてたのかよ。テメーにも思いやりってやつはあるんだな」
「失礼だなぁ。あるよ。いつも心に思いやりがモットーだからね。まぁ、そういう時にさ、この指輪を見るとちゃんと夫婦なんだなって思って安心してた。嘘だけど」
「な、なんだよぉ。嘘かよ……」
「えへ。ごめん、嘘じゃない」
照れくさそうに笑う王馬を見て、美兎は自分たちはちゃんと同じ場所にいるのだと思った。それは心の在処の問題で、ちゃんと同じところにいて同じようなことを考えて、二人で選んだ指輪を支えにしている。
お守りのような類は持たないと決めていたはずなのにずっと持っていたのだと思うと、どこか恥ずかしかった。
「こうして家にいると思うんだ。帰る場所があって、ちゃんと迎えてくれるキミがいるって、すごく幸せなんだって」
「この天才美人発明家のオレ様といて不幸なわけーねーだろ?」
「はいはいそうですね。……オレはね、ずっと家族が欲しかったんだ」
ぽつりと呟いた彼の言葉に美兎は彼の出生に思いを馳せる。あまり語りたがらない昔話や、一度も話題に上がったことのない両親のこと。組織のメンバーは家族のように大事だけれど、本当の家族にはなれないと言っていたこと。匿名で孤児院に寄付をしていること。婚姻届けを出す時に、こんな紙切れ一枚で家族になれるの?としつこく聞いてきた彼の不安げな表情。自分だけが彼に与えられる幸福を持っているのだと思った。
「だからあんまり心配かけたくなくて、色々秘密にしてきた。でも逆に不安にさせちゃってたよね。ごめん」
「いや、それは仕方ないっていうか」
「まぁそれがオレなんだけどねー。嘘も秘密もないまま生きるなんて超つまんないじゃん」
ケラケラと笑うその姿が愛しい。そんな生き方をしている目の前の人を追って生きていたいと思う。美兎は呆れたように笑い、静かに頷いた。彼女の目を見据えて王馬は優しく微笑む。
「でもね、ずっと欲しかったものをキミにもらったんだなって思う。これは嘘じゃないよ?」
「ああ」
「だから、オレもキミが欲しがってたものをあげる」
「……もう十分貰ってるけどな」
「それはそれは」
おどけたようなポーズを取る王馬だったが、真剣な顔をして話し始める。
「向こうで商談をしてきたっていうのは本当。色々仕入れたいものもあったし」
「もう無理に話さなくてもいいって」
「えー。聞いて損はないからさ。それ以外にもう一つやってきたことがあるんだ。というか、この一年はそれに費やしてきた」
全体像が見えない王馬の話に、美兎は不機嫌そうに頷いた。
「総統って全体を一つにまとめて、管理する役目なんだよね。管理者とか指導者みたいな」
「それぐらいは知ってるっつーの。馬鹿にしてんのか」
「まぁまぁ。で、オレは世界の管理人さんなんだよね」
「は?アニメでも見たのかよ?おい、二十五にもなって現実と非現実の区別がつかないなんて笑えねーぞ」
「いやいやいや。本当なんだって。オレの電話一本で世界が動くの。本当だよ?今やってみせようか?」
美兎は頭を抱えて、しばらく考え込んでいたが続きを促した。
「マフィアとか、裏組織とか、きちんと管理してあげないと喧嘩ばっかりするからさ。オレが話をつけて平和を保ってるの。こういうのは実際現地に出向いて言い分を聞いてあげないといけないから、情報収集もかねて定期的に海外に行ったりしてたんだけど」
総統というよりもクラスの委員長のようだ。悪い奴らと言うのはそんなに喧嘩ばかりする上に、こんな少年のような男の話一つで納得するのだろうかと美兎は首を傾げる。しかし、去年とある宗教団体を母体とした犯罪組織を中心に日本も含めた世界各地で抗争が起こり、ニュースや新聞がほとんどそれで埋め尽くされていたことを思い出す。今年に入って、事態は収束に向かっているというニュースを見た切りぱったりと聞かなくなった。宗教団体はどうしたのか、収束に向かっているとはどこからの情報なのか、気にも留めていなかったがそこに王馬が絡んでいたのかもしれないと思うとゾッとする話だ。
「でも、流石にそんなことばっかりやってたら疲れちゃうし。命がいくつあっても足りないわけ。だからこの一年間でオレがあんまり頑張らなくてもいいように、管理体制を整えてきたの。仕事を振り分けたりしてね。勿論ちゃんと信用できるやつらに」
美兎は混乱しながらも処理を仕切れない情報をどうにか脳内でまとめて、かろうじて絞り出した質問を投げかける。
「そいつらが裏切ったりすることはないのか」
「裏切りねー。ないとは言い切れないよね。でも……ペットの躾は徹底的にする性質だからさ」
あどけない顔で笑う王馬とその悪意さえ感じる言葉のギャップに眩暈が起きそうだった。それなりに、悪いことはしているのだろうとは思っていたが、王馬が言うように真実とは尊くもないしむしろ残酷であるのかもしれない。しかし人を殺したという嘘よりもよっぽどマシなものだったことに安心をしていた。
「びっくりした?まぁこの話自体嘘かもしれないしねー。でも、しばらく……かなり長い間は日本にいられるから」
突拍子もない話に上手くついていけず、渋い顔をして王馬を見つめている美兎の手を再び握って王馬は言った。
「だから、子供を作ろう」
「へ?!」
「ああ。授かりものだから、作ろうって言うのは変なんだろうけど……」
「いや、その、急すぎてついていけねーんだよ」
「え?話聞いてた?だからー、日本にいられるから子供作ろうねって言ったの。オレがここにいたら美兎が妊娠しても助けてあげられるでしょ?あれ?そういうことじゃない?」
「えっと、その、じゃあこの一年間はそのために?」
「だからそう言ってんじゃん!!」
頬を膨らませる王馬に、美兎は結婚してから抱いていた気持ちが走馬灯のようにゆっくりと自分の中を駆け抜けていくのが分かった。子供のこと。離れがちなこと。特にずっと一緒にいたいと望むことは彼の才能ややりたい事を潰してしまうのではないかと思って、秘密にしてきた。
「ずっと、その、子供作ろうっていうのやんわり断られてたから嫌なんだと思ってた……」
「あー、あぁ、そういう風に思ってたのか。ごめん。いや、もし計画が上手くいかなかったら美兎をがっかりさせると思って黙ってたの。それに、親になるとか、ずっとよくわからなくて……」
申し訳なさげに俯きながら話す彼の姿に、それは本心なのだろうと美兎は思った。
「まぁそんな話をしていたら、部下がこれをくれたわけ」
ヘザージェムスと呼んでいた宝石のついた十字架を指す。
「これを作ってる街の出身らしくてさ。これは効くからって押し付けられた。だからオレも同じの持ってるよ。本当お節介が過ぎるよねー」
「効くからってなんだよ」
「ふふ。わかんない。まぁ、でも、大丈夫ですよって言われたんだよね」
その言葉を聞いた美兎は立ち上がり、王馬の近くまで寄って手を広げる。彼はそこに飛び込んだ。柔らかな胸に顔を埋め、しあわせだなぁなんて思っていることを美兎は知らない。
「大丈夫」
美兎は強く抱きしめる。王馬もそれに応えるように、強く抱きしめ返してくる。大丈夫、それは先ほどのオムレツを作る時にも言った言葉だ。何回も失敗するかもしれないし、失敗しなくなっても怖いのかもしれない。料理に限らず、人生は大体そんなものだ。でもいつだって恐怖の先に何かがある。例えば何物にも代えがたい愛とか。しばらく抱き合っていた二人は離れ、顔を見合わせて笑い合う。
「キミが欲しいものは全部あげたいんだ」
「……全部貰ってやるから感謝しろよ」
テレビからは可愛らしい告白が聞こえてくる。番組ももう終盤らしい。あの時、出会っていなければもしかしたらこんな気持ちにはなれなかったかもしれないとそれぞれが思った。神様の類を信じない二人だけれども、もしもいるならば今日ばかりは感謝してやると心の中で祈るような気持ちになる。
「ね、だから今日から頑張ろうね」
頑張るという遠回しな言葉だったが美兎は顔を赤くして王馬を突き飛ばした。
「ふ、風呂入るだろ?!追い炊きしてくる!!」
「追い炊き」
「そう!!追い炊きならオレ様に任せろ!!」
わけのわからないことを言いながらバタバタと風呂場へと駆けていく美兎を見て、王馬は微笑んだ。
幸せはここにある。今、その中心で生きている。やっと手に入れた幸せを絶対に手放したりしないと王馬は一人思った。

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