絶対幸福宣言@
ツイッターのお題箱
「結婚後の王入」より
紅鮭後、結婚して三年経った王馬と入間の話

性描写はBのみ


ずっと欲しかったものがある。それは一生手に入れられないかもしれなくて、それでもいいと思っていた。けれど今それはオレの手の中にある。左手の薬指に光っている。扉を開ければ、待っていてくれる。探していたものをそうしてどんどん手に入れて、時々嘘なんじゃないかと思うけれど、きちんと正しく真実だ。
これをくれた人に応えてあげたいと思いながら、必死で走り続けてきた。きっと今度こそ与えてあげられる。そう信じて、オレは今日まで生きてきたのだから。

**
タクシーの運転手が軽く会釈をして車を出発させるのを見送り、行きよりも重くなったスーツケースを引いて王馬は玄関へと向かう。時計を確認すると時刻は八時を回ったところだった。都心からは少し離れたところにあるこの家は、三年前に結婚した際に建てたものだ。一見すると二階建ての可愛らしい外装の家だが、発明家として多忙を極める彼女のために地下に完全防音の作業スペースを設けてある。複雑な電子機器やら丸鋸やドリルのついた怪しげな機械が溢れている部屋があるなどと初見では思いつかないだろう。見た目と中身にギャップがありすぎるところはどことなく彼女を思い起こさせた。スーパーや医療機関もさほど遠くなく、空港へのアクセスもスムーズ。海外に行くことが多い王馬にとっても条件のいい立地だった。何よりも自分と彼女だけの空間、というだけでこの家が愛しかった。
王馬はこの二ヶ月、仕事(ということに世間ではなっている)の関係でヨーロッパに滞在していた。二ヶ月ぶりに見る自宅は特に変わりなくどこかほっとした気持ちで鍵を開ける。その音を聞きつけた彼女がパタパタとスリッパを鳴らして玄関へと向かってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま、美兎」
名前を呼ばれた美兎がとびきりの笑顔を浮かべて手を広げる。スーツケースから手を離し、王馬はそこに飛び込んだ。自分が今上等なスーツを着ていることなどお構いなしに彼女を抱きしめる。ふわふわとしたルームウェア越しの柔らかな肌の感触や、いつも使っているボディーソープの花のような香りに帰ってきたのだと実感する。彼女のおなかの辺りに顔を埋めながら、その香りを吸い込んだ。
「あー、美兎の匂いだぁ」
「元気だった?」
その問いに王馬は彼女から離れてわざと眉根を下げて落ち込んだような顔を作る。
「実は向こうで下手打ってマフィアの抗争に巻き込まれちゃって。いやー、さすがに死ぬかと思ったよ。マシンガンぶっ放されてさぁ」
「嘘だろ」
「バレた?」
「本当にそんなことがあったら言わねーからな」
「にしし。さっすが、オレのことよく分かってるねー」
そんな会話の応酬を、離れていた間の隙間を埋めるように互いに噛みしめる。わずか二ヶ月、されど二ヶ月。そして美兎が恥ずかしそうに王馬の袖をつかみ口をとがらせた。
「……ただいまのキスは?」
「あとで。手洗いうがい忘れずに。ついでに着替えてくるから」
美兎が好んで見ている幼児番組で流れる、手洗いを促す風変わりな曲を口ずさみながら玄関へ上がる。王馬がスーツを着ることは珍しく、普段は隠しがちな「総統」の片鱗を見たようで美兎は緊張していた。単に普段とのギャップを感じ、ついときめいてしまったことも確かだ。美兎はもう少しだけその姿を見ていたいと思ったのだが何も言わなかった。

王馬がリビングへと戻ると、美兎はソファにもたれかかってテレビを見ていた。バラエティ番組が流れているが、その喧騒で気を紛らわせているようでどこかそわそわとした雰囲気を漂わせている。王馬はその可愛らしさに口端を上げ、美兎に擦り寄って腕を絡ませた。美兎はびくりと体を震わせたがすぐに王馬に寄り添う。
「これ面白い?」
「え?!面白い……気がする」
「へぇ。それにしては心ここにあらずじゃない?」
黙りこくってしまった美兎の顔を見上げると赤く染まっていて、王馬は早く彼女の希望を満たしてあげようと低い声で囁いた。
「キス、したいんでしょ?」
「……したい」
ただいまと小さく呟いて美兎の顔を引き寄せて唇を重ねる。何度も交わしたはずなのに、まるで初めてするような性急さを持って柔らかくてあたたかいその場所を求める。美兎の喉の奥からくぐもった声が聞こえ、口を離してやれば唾液が垂れて唇を濡らした。ぬるついたそこを食べるように王馬は軽いキスを繰り返し、より深いキスを要求する彼女に応えて舌を差し入れる。互いに舌を絡ませ、溢れてくる唾液を味わうように口内を舐め合った。時折王馬が優しく舌を吸い上げると美兎は背中を反らせて反応した。この気持ちよさにもっと溺れていきたいと美兎が王馬の腕を引き、ソファに倒れ込む。その途端だった。小さく、ぐぅという音が聞こえ続けざまにそれよりも大きな音が王馬の下腹部から聞こえてきた。怪訝な顔で見つめる美兎の視線から逃れるように王馬は顔をそむけた。
「今のって」
「え?キミじゃないの?」
「嘘つけ。オメーだろ」
「あはは。……おなかすいちゃった」
美兎は王馬を突き飛ばし、荒い息を整えながら睨み付ける。完全に「そういう気分」だったのを妨害されて気が立っている。しかしそれは王馬も同様だった。空気が読めない腹の虫に心の中で舌打ちをするが、どうせ長い夜になるのだからと食欲を満たすのを優先することにした。ごめんね?とあまり申し訳なさそうに言う王馬に、美兎は舌打ちをしてしばらく文句を言っていたがその内に肩を震わせてくつくつと笑い始める。
「ふっ……ふふ……だ、だっせー!!これからおっぱじめようって時になんだよそれ?!だからテメーはいつまで経っても童貞くせーんだよ!!」
「仕方ないじゃん。あと童貞くさくはないと思うんだけど」
「どうせデザートにオレ様を食いたいとか言うんだろ?!テメーの魂胆はお見通しなんだよ!!ひゃーっひゃっひゃっひゃ!!」
「はぁ?!そんな恥ずかしい事言うわけないじゃん!!」
「な、なんだよぉ。言わねーのかよ……」
「え、言ってほしいの?キミって結構そういうところあるよね。思考が少女漫画っぽいっていうか」
「うるせーな!!つーか、何が食いてーんだよ。作ってやるから」
ソファから立ち上がりダイニングへと向かう美兎の耳にオムライス食べたいという要望が聞こえ、ひらひらと手を振って応えた。エプロンをつけ、冷蔵庫から人参や鶏肉などの材料を取り出していく。王馬と結婚して以来、オムライスの中身はバターライスと決まっていた。野菜嫌いで偏食的な生活を送っていた王馬のことを心配し、美兎はあの手この手で好き嫌いをなくさせるよう努力をしたのだが、トマトだけはいつまで経っても食べられないらしく必然的にバターライスを作るようになっていた。
「荷物整理してくるね」
王馬はそう言って二階の自室へと上がっていった。足音が遠ざかるのを聞きながら美兎は手を止めて小さくため息をつく。安堵が八割、期待を削がれたことに対する歯がゆさが二割。とはいえ無事に帰宅してくれただけでも十分だった。もう何年も一緒にいるというのに、「総統」という立場が美兎にはよく分からなかった。教えてもらったのは「DICE」という組織名と時折ニュースで流れる、まるで子供のいたずらのような犯罪行為に及んでいるということだけ。今や日本でも指折りの探偵として名を上げている最原にも調査を依頼したことがあるが、詳しいことは分からずじまいだった。しかし一緒に暮らしていればどれだけ王馬が隠そうとしても、彼が裏世界の重要なポストを担っている人物であることは伝わってくる。今回のヨーロッパへの旅も、次の計画に向けて仕入れたいものがあるだけだと言っていたが恐らく嘘なのだろう。マフィアの抗争に巻き込まれたという話もあながち冗談ではないのかもしれないと思うと、胸が痛んだ。
特にここ一年の王馬は海外に行くことが多く、美兎自身も様々なプロジェクトに携わるようになったこともあり一緒に過ごす時間は決して多いとは言えなかった。彼が毎回きちんと美兎好みの土産を買って来てくれることは嬉しかったが、それらが増える度に見て見ぬふりをしていた踏み込めない部分も増えていくようで寂しかった。頭上のライトが反射して薬指の指輪が光る。知らないことがあっても、離れている時間が長くとも、自分たちは夫婦なのだと教えてくれるそれは美兎の支えだった。
「色々考えてても仕方ねーよな」
そう呟いて調理を再開する。元々料理は嫌いではない方だったが、作る相手がいるだけで料理に込める気持ちも違ってくる。美兎はまず小鍋で細かく切ったベーコンとほうれん草を炒め始めた。そこに牛乳と生クリームを入れ、調味料にはコンソメや胡椒を使いクリームソースを作る。王馬がケチャップの味が強いデミグラスソースを好まないからと作ったところ、以来二人の間では定番のソースになった。バターライスの具は塩胡椒で味付けをした人参、玉ねぎ、鶏肉。ご飯は小柄な割によく食べる彼に合わせて多めに、バターは思い切って少しお高いものを使った。大きな白い皿にバターライスを盛り付けて、小さな声でよしと呟く。しかしここからが彼女の腕の見せ所。大丈夫、と呪文を唱えるように言って、卵を三つボウルに割り手早くかき混ぜる。フライパンにバターを入れて、すっかり熱くなったら卵を注ぎ込む。ふつふつと焼けてくる卵を追われるように菜箸でかき混ぜながらタイミングを見計らい、全体が半熟になったところで慌ててフライ返しに持ち替えて端に寄せ形を整える。バターライスの上に乗せたところで美兎は深く息を吐いた。王馬が好む、オムレツを切るタイプのそれは美兎が何度も失敗を重ねて作れるようになったものだ。上手く作れるようになってもいつも成功するか不安で、作る前に必ず大丈夫と言い聞かせている。タイミングよく階段を降りてくる音がして、美兎はソースを温め始めた。
「あー。おなかすいた」
「ケケッ。オレ様がわざわざ作ってやったんだから味わって食えよな」
嬉しそうに座った王馬の前にスプーンと皿を置く。ふんわりとバターが香って、夕飯を済ませた美兎も喉を鳴らした。彼が感嘆の声を上げながらスプーンを入れると、とろりとオムレツが開いていく。黄金色のふわふわとした幸福がバターライスを覆った。そこに先ほどのソースをかけて、王馬家の定番オムライスが完成した。王馬は手を合わせていただきます、と祈るような真剣さで言う。いつだってそうだ。食事に対して王馬はどこか神妙な気持ちでいるのだと美兎は知っていた。
「食べさせて」
甘えた声でそう言われて美兎は面食らった。
「テメーいくつだよ」
「五歳」
「ふざけんな。二十五歳だろうが」
たはー、バレたかーと笑う王馬に美兎は舌打ちをしながらもめいっぱい盛ったスプーンを口へ運ぶ。口いっぱいに頬張ってリスのようになっている王馬を見て美兎は微笑んだ。それは昔、二人が昔過ごした才囚学園で東条に注意されたことがあった。それ以来外ではやらないように気をつけているようだが、二人でいる時は美兎は特に何も言わないことにしている。ごくん、と飲み込んでおいしいと言う王馬のふにゃりとした笑み。続けざまにすごい、天才的、ずっとこれが食べたかったとどこか嘘っぽさを感じさせる褒め言葉のオンパレード。
「めんどくせーから自分で食えよ」
「んー」
そかし、スプーンを渡せばガツガツと食べ始める彼の姿だけで美兎の心はいっぱいになった。知識豊富で口達者な彼が美兎の手料理を前にすると子供のようになってしまうことが嬉しかった。
「オレ様が作ったんだから美味いに決まってんだろ」
「こんなにおいしいご飯が食べられるオレは幸せ者だなー」
「だろ?!つーわけで明日はオレ様の髪の毛入りの料理を食ってみねーか?」
「それは無理」
しょげ返る美兎を見て王馬はふと浮かんだ疑問をぶつける。
「あのさー、寝ながら料理する機械みたいなのはないわけ?」
「あるに決まってんだろ」
「なんで使わないの?」
「はぁ?!それは……手料理の方が愛情がこもってそうだし」
その回答に王馬は思わず頬が緩みそうになる。この人はそういう人だ。利便性を求めているくせに、肝心なところで愛情とか情熱だとか目に見えないものを優先させる。そんなところが愛しくてたまらなくて、いかに自分が愛されているか実感するのだけれども王馬はそれを簡単に表に出そうとはしない。
「えっ。ダメ?機械の方がいい?」
「いや、そんなことないよ。すごく嬉しい。ただ、恥ずかしい人だなぁと思って」
「な、なにが?!」
「そういうことを臆面もなくオレに言ってしまえる素直さとか」
隠しきれずににやにやと笑う王馬から逃げるように美兎は立ち上がり、慌ててテレビのチャンネルを変えた。切り替わった途端に聞き覚えのある声が聞こえ、見れば自分たちがかつて出演していたあの番組が流れている。
「うげー。モノクマ」
「紅鮭じゃん。うわ、まだ才囚学園でやってんだ」
昔と違いきっちりと編集されているようで後輩に当たる超高校級たちの赤裸々なエピソードがコメディチックなナレーションと共に映されている。先ほどのことを誤魔化すように美兎は早口で思い出話を始める。
「な、懐かしいなー。カジノとか通ったな?!おい?!」
「何をそんなに焦ってるわけ?キミはスロットに細工しようとして全額没収になってたよね」
「テメーも賭け麻雀やり始めて百田から巻き上げてたのバレてただろ」
「そうだっけ?……きっと、オレと美兎のあんなことやそんなことも放送されちゃってたんだろうね。恥ずかしー」
「そう、あんなことやそんなことも……ってあの時は何もなかっただろ?!手とか、繋ぐくらいで」
「いやーツッコミ役も板についてきたね。でも突っ込まれ役は……ふふ……」
「なんだよぉ?!夜の突っ込まれ役はどうなんだよ?!」
「ちょっと人が食べてる時に下ネタ言わないでよ!!本当最悪。品性を疑うよね」
反論しようとしたが、面倒になった美兎はそのまま流しへと向かい洗い物を始める。流水音に混じって聞こえるテレビの音、微かに香るバター、そして背後に感じる王馬の気配で日常が戻ってきたのだと実感した。泡だらけになった食器を流す中、ごちそうさまでしたという声が聞こえ王馬が皿を流しの中に置く。
「ありがとう。すっごくおいしかった」
「ありがと……。そうだ、アイスあるけど」
「今日はいいや。オレはこっちが食べたいし」
そう言いながらエプロンを引っ張る彼を美兎は肘でどつく。不服そうな声を上げてよろけるもどこか楽しそうだ。
「なんでよ。言ってほしいんじゃなかったの?」
「うるせーな。忘れろよ。ヘラヘラしてんじゃねーぞこの腐れ脳みそが!!」
「恥ずかしがっちゃってー。ほらほら、早くお願いしなよ。食べてくださいって」
「立場変わってんじゃねーか!!」
「わー。流石に気づかれたかー」
ケラケラと笑いながら王馬は布巾を濡らしテーブルを拭く。気兼ねせずに軽口を叩ける存在が近くにいることで王馬もまた日常への帰還を実感していた。
「あ、お土産あるよ」
「ひゃっはー!!勿論オレ様が気に入るようなモンだろうな?!」
そうだといいなぁと言いながら再び自室へ上がり足早に戻ってくる。分厚い本と紺色の大きな袋、真っ白な箱を手にしていた。
「食品とかは明日届くと思うから。あ、これ頼まれてた学会誌ね。本当勉強熱心だよねー。えらーい」
「は?天才のオレ様が勉強なんかするわけねーだろ?知り合いの論文が載ってるから馬鹿にしてやろうと思っただけだ」 
そう言って美兎は分厚い、英語のタイトルが書かれている本を受け取る。パラパラとめくって机に置く。
「ケッ。どうせくだらねー、分かり切ってることしか書いてねーんだ。大体発明は理論じゃねぇ。オレ様みてーな天才的な発想が重要なんだよ」
そうは言っても美兎が定期的に国内外問わず学会誌や論文誌を取り寄せては読んでいることを王馬は知っていた。懇意にしている飯田橋博士から、読んでいた方が後学の為になると言われたことをきちんと守っているらしかった。
「あとこれは化粧品」
大きな袋から次々に可愛らしいパッケージの化粧品が並べられる。美兎が所望したものもあれば、王馬が選んできたものもあった。続けて目の前に置かれたのは三冊の絵本だった。美兎は絵本が好きだ。特に仕掛け絵本や可愛らしい絵柄のものを好み、思考の休息や眠れない夜の愛読書として重宝していた。
「これで最後」
白い小さな箱を押しやられる。開くと中央に宝石が埋め込まれた銀色の十字架のペンダントだった。紫、赤、オレンジ、ターコイズブルーなどの濃厚な色彩が不規則に並び、美しい模様を作り出している。結婚式を挙げた教会のステンドグラスを思い起こさせるデザインだった。
「ペンダント?」
「それはねー。ヘザージェムスって言って、植物の茎とかを加工して作ってあるの。綺麗だよね。向こうでは魔除けとして扱われてるんだって」
「……ありがとう」
魔除けという聞きなれない響きを美兎は妙に感じた。王馬はあまり信心深い方ではなく、お守りの類を持っていたことはない。美兎も同様だった。王馬の気まぐれだと自分に言い聞かせつつも胸騒ぎを覚える。
これらは全て違う国で買ったものだろう。この二ヶ月彼がどの国を巡り、何をしてきたのかはっきりと知りたかった。それは勿論観光ではなく、彼の本来の目的を指す。
「なぁ」
「ん?」
「向こうはどうだった」
「楽しかったよ。街並みも綺麗だし、お城とかもあるしね。写真見る?」
「そういうことじゃなくて」
「何?」
「テメーが向こうで何をしてたかって話だ」
「だから前も言ったけど商談みたいなもの。あとは観光」
「そういうのは聞き飽きたんだよ」
「……キミはそれを知ってどうするの」
王馬がたたえていた屈託のない笑みが消える。テレビの喧騒の中をくぐって、王馬の冷淡な声がやけにはっきりと聞こえた。今まで見たことのないその様子に美兎は思わず生唾を飲み込む。
「どうするって……。夫婦だろ?オレ様には知る権利があるはずだぜ」
「夫婦だからってなんでもかんでも介入していいわけじゃないよね。オレだってキミの仕事に関しては口出ししてないはずだけど」
「それはそうだけど。その、心配なんだよ」
「心配、ね。前もオレのパソコンをハッキングしようとしたよね?あの時にちゃんと躾けてあげたはずなのにまだ分からないのかな」
「テメーが抱えてるものをオレ様も背負ったらいけねーのかよ?!」
「あのさぁ」
王馬の声が一段と低くなり、美兎を捉える紫色の瞳が鈍く光る。踏み込もうとする度にのらりくらりと避けてきた彼はもうどこにもいない。王馬小吉の「本質の一つ」に相対した美兎はその迫力に気圧され小さく悲鳴を上げた。
「背負うって何?そうやって人のプライバシーに侵入して無理やり奪っていくのがキミなりの背負うってことなの?オレはそんなの求めてない。ていうか迷惑なんだよ。今までみたいに見て見ぬふりしててくればいいわけ」
「それは……ずっとテメーのことを知らないままでいろってことなのかよ」
「まぁそういうことになるかなー。そもそも他人のことを完璧に理解するのは不可能だしね」
「でも分かりたいし知りたい。大体、もっと知ってほしいって言ってたのはテメーじゃねーか。なんで、なんでそんなに隠し事ばっかり――」
「人を殺した」
美兎が息を飲む。まるで用意された台詞のようにすんなりと吐露されたその言葉を美兎はすぐには処理できなかった。王馬は数秒の間の後に嘲るような目つきで睨み付けて、呆れたような口調で話し始めた。
「もう一回言えば分かる?オレは向こうで人を殺してきた。ここにだっていつ追っ手が来るかわからない」
「嘘だろ」
「どう?キミが散々知りたがってた真実を突き付けられた気分は?」
「くだらねー嘘ついてんじゃねーよ!!オレ様をからかうのもいい加減にしろ!!」
「みんなはさぁ、真実をさも尊いもののように扱うけれどそれがどれだけ残酷で、誰かを傷つける凶器になり得るかもしれないなんて考えもしないんだよね」
残酷なまでの正論を振りかざす王馬に美兎は二の句が続けられない。互いに無言になり、先ほどまでの甘い空気は最初から存在しなかったかのように消え去ってしまっていた。テレビからモノクマの特徴的な声が聞こえ、あの時のようなどこか非現実的な空気さえ漂っている。沈黙を破ったのは王馬だった。
「……キミを巻き込みたくない」
「テメーと結婚した時点で十分巻き込まれてるんだよ」
「はは、確かに。……ごめんね」
王馬は悲しそうな笑みを浮かべる。その先の言葉を美兎は予想して、顔を決して見られないようにと俯いた。
「キミだけ逃げろ」
「いやだ」
「聞き分けの悪い子だなぁ。神様なんて信じないオレがなんでそれを買ってきたと思う?キミが無事に逃げ延びれるようにだよ。遠く離れても、オレが死んじゃっても、キミのことを守ってくれるようにって。願掛けっていうかさ」
「一緒に行く」
「へぇ。足手まといになることは確実なのに。そんなにオレの足を引っ張りたいんだ?」
震える声で懸命に王馬を繋ぎとめる言葉を紡ぎ出す美兎に対し王馬は平坦で無感情に近い口調。深いため息をつきながら紺色の袋から取り出したのは拳銃だった。立ち上がり、美兎の頭に銃口を突き付ける。迷いなくトリガーに手をかけて静かに呟いた。
「悪いけど、死んでもらうよ」
ゆっくりとトリガーを引く。乾いた銃声が響き渡る。動かなくなった美兎を眺めて王馬は相変わらず無感情に、楽しかったよと言葉を漏らした。

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