悲しみよ、こんにちは
ツイッターのお題箱より
「気づくのが今更でよかったと笑う王入」その1
自分ではない誰かと結婚をしてしまう入間を想う王馬の話

注意点:オリジナルキャラクターが登場します


それが恋だったと気が付いたのは彼女が伴侶となる男と誓いのキスを交わした瞬間だった。讃美歌と割れんばかりの拍手が響く美しい教会で、その光景を見ながらオレは十年来の恋を初めて自覚した。そして二度と忘れることがないであろう失恋も。叶うことのない、叶えるつもりもない恋の相手の名は入間美兎。かつて同じ学び舎で過ごした学友であり、唯一無二の親友でもある女の子だった。

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結婚の報告を受けたのは半年前。空気がひどく凍てついた十二月の半ばのことだ。
約束をしていたわけでもなく、突然行きつけの店に呼び出されたオレは何度目かになる失恋でもしたのかと手土産を持って馳せ参じた。しかしそんな心配もよそに入間ちゃんはオレの姿を見るや否や、結婚式の招待状を手渡して来たのだ。手土産が失恋手当ではなく結婚祝いに、用意していた慰めの言葉はにやついた顔に対する辛辣なつっこみへと様変わりしたものの幸福そうな彼女を目の前にオレも幸福だった。いや、今思えば、幸福だと言い聞かせていたんだろうね。
入間ちゃんのお相手は付き合って一年になる年上の会社員だった。以前参加した、企業の商品開発プロジェクトの責任者で、その性格上孤立しがちな彼女を事も無げに受け入れ、チームの一員に仕立て上げた凄腕のリーダーだったらしい。オレも一度会ったことがあるけれど、入間ちゃんにはもったいないくらいのいい人だった。彼女のどぎつい下ネタも、その短気な性格も受け入れるほどに懐は深く、彼女が無茶をしそうになれば𠮟りつけることができる如才なさを持ち合わせている。つまり、日々彼女をからかって過ごすオレとは全く真逆。端的に言えば非の打ち所がない人だった。
「まぁ、とりあえずおめでとう」
オレはそう言って運ばれてきたビールグラスを軽く突き合わせる。入間ちゃんは気持ち悪いくらいにまにましながら頷いた。今までにないくらい幸福オーラ全開の彼女にオレは苦笑する。しかしそんなオーラを振りまいてしまうのも仕方がないことなのだ。入間ちゃんは今まで五人と付き合って、二人に振られ、三人に逃亡されたという散々な恋愛遍歴の持ち主だったから。皆、その容姿とエキセントリックな才能に惹かれて告白したもののやはり過激な性格についていけずに入間ちゃんから去って行ったのだ。そして入間ちゃんは失恋する度にオレを呼びつけては散々っぱら酒を煽って、もう恋なんてしないと宣言した後にまた新しい恋をしてきた恋愛ジャンキー。入間ちゃんに対する同情心はあるものの、勿論逃げて行った男どもの気持ちは大いに分かる。友人として接していてもその性格に辟易しっぱなしなのだから、恋人にでもなったら四六時中頭を悩まされるに違いない。だからこそ、今の恋人が入間ちゃんの性格を受け入れてくれたことは奇跡に近いと言えるだろう
「一年で結婚かぁ」
「なんだよ。文句あんのか?あっても聞かねふーけどな」
「いやー。別に」
ビール半分で早くも酔っぱらってしまった入間ちゃんはくだを巻くような口調でオレに食って掛かってくる。オレはそれを受け流しながらメニューを眺める。今日は祝い酒だ。わざわざ呼びつけられたのだから全額奢ってもらわなければ。……なんていうのは嘘だけれど。
「なんだよ!!羨ましいのか!!まぁテメーみてーなツルショタはオレ様みてーな女と結婚なんてできねーだろうけどな!!」
「いーえ。オレはキミみたいなド変態豚便器を引き取ってくれるご主人様が現れて大いに嬉しいよ」
「ひぐぅっ!!」
注文をしようと呼んだ店員さんの怪訝な視線に気が付いて、オレは足先で入間ちゃんをつついた。
「プロポーズは向こうからされたの?」
「おう」
「そっか。てっきり入間ちゃんが包丁でも持って、結婚しないと死んでやるって迫ったのかと思った」
オレの冷徹な冗談に入間ちゃんは顔をしかめながら反論してくる。昔からそうやって必死に食らいついてくるところが楽しくて、大人になった今でもからかってしまう。あまり良くないことは理解しているのだけれど、やめられないのだ。
「馬鹿女じゃあるまいし、そんなことするかっつーの!!……でも、やっぱ早いかな」
打って変わって心配そうな表情を浮かべる彼女にオレは微笑みかける。
「まぁ、いいんじゃないの。中には半年くらいで決めちゃう人もいるみたいだし」
「……そうか。そうだよな」
オレの言葉に安心したのか入間ちゃんは頷いて、グラスに入ったビールを飲み干した。今日は恋人……入籍したのだから旦那さんが迎えに来てくれるんだろうか。いつもはオレが送っていくのだけれど、もう人妻である手前そんなことを続けるのは不安で仕方がない。間違いなんて起こるはずもないけれど、旦那さんに勘違いされないかが問題なのだ。 
「心配?」
「う、うーん……。実はそんなに」
恥ずかしそうに目を伏せて微笑み、彼女は映画のセリフもかくやという強烈な一言を放った。
「……だって、運命だから」
「うんめい」
オレはその発言を聞いた瞬間に心臓がきつく締め付けられるような痛みを覚えた。同時に、腹立たしいような悲しいような、あらゆる感情がない交ぜになったものが腹の底に宿っていた。彼女の言葉を無言で受け止めるオレに、入間ちゃんが更に続ける。
「プロポーズされた時に、運命だって言われたんだよ」
「……そっか。よかったじゃん」
それ以外に何て返したらいいのか、分からなかった。分かるのはその人が入間ちゃんを幸せにできるということ。入間ちゃんが幸せになれるということ。運命だよなんて、そんな歯の浮くようなセリフをさらりと言えてしまうような人と、それを求めている人が出会ったならば、それは間違いなく運命なんだろう。聞く限り入間ちゃんと旦那さんはまるで似てはいないけれど、磁石のS極とN極のように惹かれ合っているのだ。オレはそう確信していた。オレと入間ちゃんが出会って十年。ようやく、幸せになれるね。もうキミが失恋をして暴れ散らしている様子を見なくて済むんだと思うと、嬉しくてたまらないよ。でも相変わらず胸は痛くて、お腹の中はおかしくて、言うべきはずの言葉は何も出てこなかった。
結局それから、オレは入間ちゃんの惚気話を聞いて過ごした。どんなデートをしたとか、旦那さんがしてくれたこととか、共に暮らす楽しさをこんこんと説かれたりした。話している最中の彼女は無邪気な子供の用で、まるでずっと欲しかったおもちゃを手にしたような、そんな純粋な喜びをたたえていた。しばらくして延々と湧き出てくる惚気話を遮るように、オレは一つの疑問を投げかける。
「あのさー、結婚するならもう会ったりできなくなるよね」
「は?なんでだよ?」
「なんで、って。男と遊んでたら、旦那さんあんまりいい顔しないでしょ」
入間ちゃんが首を傾げる。オレはつい眉間に皺を寄せてしまっていた。
「んなことねーよ。王馬とだったら別にいいって言ってたし」
「え?」
「テメーなら、何も心配ないって言ってんだよ。まぁオレ様に手を出してーその気持ちは分かるぜ。こんないい女が目の前にいるのに何もできねーのはつれーよな!!」
「いや、別に。キミみたいな下品で低能な豚に手を出したいなんて思うほど落ちぶれてないよ」
「な、なんだよぉ!!」
どうやらオレは全幅の信頼を置かれているらしい。一度しか会ったことないのに。悪の総統なのに。もしかしたら、何か間違いが起こる可能性だって……そんなことはあり得ない。だって今までもなかったんだから。そんな独り言が頭の中に浮かんでは消える中、入間ちゃんが恥ずかしそうにこう言った。
「まぁ、オレ様も親友と会えなくなるのは嫌だしな」
親友。そう、オレたちは紛れもない親友だ。だからオレはその務めを全うするんだ。キミを全力で祝って、送り出して、もう二度とオレに泣きついてくるなよって蹴り飛ばしてやる。オレは脳内の思いと、相変わらずお腹の中で渦巻く複雑な思いを消し去るように笑った。

いつものように入間ちゃんを送っていくと、旦那さんが出迎えてくれた。がっしりとした体でふらついた彼女を抱きかかえる。入間ちゃんは恥ずかしげもなく彼に抱き着いた。彼は柔和な笑みを浮かべて、会釈をする。
「いつも、美兎をありがとうございます。寒かったですよね。……良かったら上がっていきませんか。」
「ううん。今日はもう帰るよ」
オレは背の高い彼を見上げながら話す。入間ちゃんくらい背の高い女の子だと、これくらいの身長の方が目線とか合わせやすいのかな。なんてことを考えながら。
「残念です」
「あ、結婚式は絶対行くから」
「ありがとうございます。嬉しいです。そのうちまた、一緒にご飯でも」
「うん。是非」
そう言って彼は再び会釈をして扉を閉じた。簡単なやり取りであるにも関わらずその誠実さが伝わってくる。背が高くて、賢くて、優しくて、誠実で、オレみたいな怪しい人間も信頼してくれるような人。ああ、きっと入間ちゃんを幸せにしてくれる。オレは扉に背を向けて、ぼんやりと考えた。十二月の冷たい空気から身を守るようにコートの襟を立てる。美兎。そう呼ぶことは一生ないのだと思うと無性に寂しくなって。一度も呼んだことがないくせに、まるで一つの思い出でも作るかのようにオレは口の中で彼女の名を呟いた。

**
その日は、六月にしては珍しく快晴で、空気は梅雨だということを忘れさせるくらい爽やかだった。神様なんて一度たりとも信じたことがないオレでさえ、感謝するほどの晴天。つまるところ絶好の結婚式日和なのだった。教会に着いてまぶしいステンドグラスを眺めながら座っていると、後から来た最原ちゃんが隣に座った。
「久しぶり。来てたんだね」
「えー。来ちゃいけないの?悪の総統は出禁ってわけ?」
「いや、忙しそうだから来れないのかと思ってた」
確かにオレは多忙を極めていた。DICEでの活動は勿論、裏世界の情勢を整える為に奔走する日々の中でどうにか休みを勝ち取ってここに来ている。でも忙しいのはオレだけじゃない。入間ちゃんの同級生、つまり元・超高校級と名のつく人たちは皆同様に忙しい合間を縫って出席しているはずだ。最原ちゃんによればクラスメイトは全員出席するみたいだし、他のクラスだった左右田ちゃんや花村ちゃんだって来てくれているところを見ると入間ちゃんの人徳もなかなかのものかもしれない。
「やだなー。入間ちゃんの晴れ姿くらい拝みに来るよ。もしかしたらドレス引っかけて転ぶなんてドジも踏んでくれるかもしれないしね。いやー楽しみだなー」
「……そっか」
何か言いたげな最原ちゃんの視線を跳ね返すようにオレは極上の微笑みを浮かべた。こんなおめでたい日に、最原ちゃんはどこか浮かない表情だ。もう、いくら最原ちゃんが薄暗くてこういうところに来ると気後れしちゃうような性格だとしても頑張って笑わなくちゃ。オレはそんな思いを込めて最原ちゃんの頬を掴む。
「いひゃい!!な、なにするんだよ!!」
「えー。なんか浮かない顔してるんだもん」
「え。そうだった?……いや、別になんでもないよ」
最原ちゃんは困ったように笑う。その含みのある言い方にオレは首を傾げた。
「そういえば、もう入間さんじゃないんだよね」
「え?あ、そっか。苗字変わったんだもんね」
入籍をしたにも関わらずオレが入間ちゃんと呼び続けているのはそっちの方が慣れているから。彼女も新しい名字で呼ばれるとくすぐったいらしく、今のままでいいと言ってくれていた。知り合いの中で、入間ちゃんと呼ぶのはオレだけだ。
「……王馬君はさ、彼女のことなんて呼ぶの」
「え?入間ちゃんだけど」
「もう、入間さんじゃないのに?」
「……な、なんで?ダメなのかな」
「いや。……ごめん」
相変わらず何か言いたげな最原ちゃんにオレは不安な気持ちを駆り立てられる。いけないことなのかな。だって、入間ちゃんはずっと入間ちゃんなのに。そんな不安な気持ちを抱えたままほどなくして神父が入ってきた。いつのまにか席は埋まっている。オルガンから厳かな音楽が流れ始め、挙式が始まろうとしていた。神父が何か喋っているけれどどうしてかそれが耳に入ってこない。白いタキシードに身を包んだ新郎が入ってくる。少しだけ照れくさそうに笑うあの人は本当に王子様のようにしか見えなかった。打たれ弱くて、賢いくせにどうしようもないほどに馬鹿で、美しい入間ちゃんを守ってくれる絶対無敵の、運命の王子様。
後方にある扉が開いて、新婦である入間ちゃんが入ってきた。振り向いたオレはその美しさに息を呑む。天使の羽を敷き詰めたような純白のドレスを纏ったその姿はお姫様そのものだ。お父さんと腕を組んで、一歩一歩進んでいく。それは美しい未来への歩みだった。薄いヴェールの下で、溢れんばかりの幸福そうな笑みを浮かべているのが分かる。オレは息ができなかった。みんなが微笑む中で、全然笑えなくて、どんどん苦しくなって、でもそれがどうしてだか分からなくて、ただただつらかった。新郎と並んだ入間ちゃんが、神父の言葉に続けて永遠の愛を誓いあう。神様なんて信じないって言ってキミが笑ったのはもう随分前の事だった気がする。二人の間で指輪が交換される。一緒に選びに行ったって嬉しそうに教えてくれたあの指輪だ。
神父の合図でその神秘のヴェールが外されて、照れくさそうに微笑んだ二人が唇を重ねた。
その瞬間にオレの中に静寂が生まれた。理解してしまった。こんなにも、苦しい理由を。
オレは確かに入間ちゃんが好きだったんだ。あの時、希望ヶ峰学園で共に過ごしたいた時から。十年間、ずっと。
キミをからかうのが楽しかった。キミがオレに怒るのが嬉しかった。オレの事を嫌いだという癖に、何かあった時にいつも頼ってくれることを誇りに思っていた。キミが失恋する度に少しだけ幸福を感じていたのは、オレがどこかで期待していたからだ。キミと過ごすときには時間が加速した。その昔、一日が四十八時間くらいあればいいのになんて言ったのは嘘なんかじゃなかった。もっと一緒にいたいと思った。いつだって心配で、守ってあげたくて、オレがキミの王子様であればいいと願っていたのに。
それが恋だなんて知らなかった。いや、気づかないふりをしていただけなのかもしれない。確固たる友情が崩れるのが怖かったんだ。築き上げたキミとの関係が変わるのが恐ろしかったんだ。
半年前、入間ちゃんが言った運命だからという言葉が脳裏をよぎる。オレは運命なんかじゃなかった。運命でありたかった。でも、今となっては何もかもが手遅れだ。
彼女と向かい合っているのがオレではないというその現実がただただオレの心を傷つける。そして永遠に消えることのない傷になることをオレは確信してしまっていた。
「王馬君」
最原ちゃんがそっと呟く。
「君こそ、笑ってあげなきゃ」
ハンカチをオレの目元に当ててくれる。情けない。笑って送り出せもしないオレには、キミの親友でいる資格なんてないんじゃないかとさえ思う。最原ちゃんはもしかしてずっと気が付いていたのかな。彼を見上げると、その視線の意味を理解したのか小さく頷いてくれた。さすが探偵だね。オレでさえわからなかった真実に気が付いてしまうんだもの。
「王馬君、泣いてるの?」
後ろにいた赤松ちゃんが肩を叩いてくる。
「そっか、仲良かったもんね。泣いちゃうくらい嬉しいよね」
ごめん。ごめんね。こんな人間で。一番大事な時に嘘がつけなくてごめんなさい。ちゃんと笑うから、幸せになるように願うから、お願い神様。どうかオレの事を許してください。信じていなかったはずの神様に祈りながら、オレは赤松ちゃんに笑いかける。
「まーね。あー、もう。入間ちゃんに泣かされるなんて一生の恥だよ!!」
ちゃんと笑えるし、いつも通りに話せる。この後披露宴でスピーチをしなきゃいけないんだ。オレの軽快なトークで絶対に泣かせてやるからな。口づけを終えた入間ちゃんが列席者を見回す。オレと目が合った瞬間に、不敵な笑みを浮かべてVサインを作った。オレは思わず苦笑する。その王子様を離すなよ。お前みたいなイカれた女を受け入れてくれるようなやつなんてそうそういないんだから。
再び拍手が鳴り響く。オレは今度こそ、笑って彼女に拍手を送ったのだった。

**
披露宴でのスピーチは盛況だった。十年間のエピソードを交えつつ、適度に笑わせ、適度に礼節を持って、そしてきちんと彼女を泣かせるように努めた。彼女は泣いて、そして笑ってくれた。彼女がオレの思いに気が付いていたかどうかは知らない。気づいていなかったんじゃないかな。鈍感だし。
披露宴が無事に終焉を迎え、新郎新婦や親族が列席者を見送ってくれる列にオレも並んでいた。彼女の前に立った時、その目元が赤く腫れていることに気が付く。オレが微笑むと、彼女はしかめっ面を見せた。
「……泣かせやがって」
「あんなので泣いちゃうなんてチョロすぎ。まぁキミは昔から涙腺弱かったしね」
「うるせー!!……ありがとな」
その言葉に、オレは頷く。お礼なんて言わないでくれ。だってオレたちは親友なのだから。大好きな友人の幸せを祈るのは当然の事だろう?オレはとびきりの笑顔を見せてこう言った。
「―――ちゃん、おめでとう」
今の彼女の苗字を呼ぶ。もう、入間ちゃんという呼び方とは決別することにするよ。ずっとそう呼んでいるとなんだか思い出に追い縋ってしまいそうだから。彼女は一瞬目を丸くしたけれど、すぐに美しい笑顔を見せてくれた。

突発的な二次会に行く人々の輪から外れて、オレは一人で歩く。なんとなく一人になりたい気分だった。ぼんやりと十年間の思い出を振り返る。思えば、どんな時でも彼女が一緒にいた。仕事で忙しい時でも彼女に会えば心が晴れやかになった。だから呼ばれれば会いに行ったし、慰めにも行った。思えば、確かに恋だったね。
でも気づいたのが今更で良かった。手遅れになってしまってからで良かった。諦めるしかない状況に追い込まれてしまって良かった。希望なんて抱けなくてよかった。だってそうでなくては、オレ達の関係はこんな風に上手くいってなかっただろう。早々に恋を自覚して、告白をして、万が一恋人関係になったとしても長くは続かなかったに違いない。オレは彼女の全てを受け入れるほどの度量はない。彼女もオレの嘘に柔軟に対応しきれるほど器用ではない。オレは運命だねなんてくさいセリフを言えるほどスマートではないし、彼女だってオレみたいな嘘つきに言われたら信用していないだろう。
オレたちは友人だから関係が成り立っていたんだ。肉体関係も含む親密な間柄だったら、二度と会えなくなってしまっていたかもしれない。彼女の五人の元恋人たちのように。
ふと空を見れば晴天で、太陽がオレを照らしている。あの時、招待状を受け取った日から凍り続けた心を溶かしてくれるような気がした。オレは微笑んで呟く。
「どうか、お幸せに」