ここからはニューゲーム ツイッターお題箱より 「友人以上恋人未満な関係を引きずってたら片方に婚約の話が出て、 それを機にきちんと告白する王入」その2 王馬に婚約の話が出て、入間が告白する話 ねつ造DICEメンバーが出ます |
入間と王馬はもう何戦目かになる戦いに備えてそれぞれに入念な準備をしていた。入間は長い髪を結い、両肩をゆっくりと回す。王馬はわざとらしく指の関節を鳴らした。机に置かれた炭酸を飲み干した王馬が入間に目を向ける。 「じゃあ次で最後ね。オレが負けたら茶柱ちゃんのスカートをめくる」 「オレ様が負けたら春川のまな板胸を揉みしだく」 「お互いに命懸けだね。これは負けられないなー」 王馬の真剣な声と共に、二人は手元のコントローラーを握った。液晶画面には使い慣れたキャラクターが戦闘態勢のポーズを取っている。王馬の合図でボタンを押すと、背後に荒れ果てた神殿が表示された。オーディエンスは不在。最終決戦には相応しい会場だ。READYという文字が出現し、重厚なBGMと共に戦闘が始まった。二人がプレイしているのは少し前に発売された格闘ゲームだ。幼い頃から慣れ親しんだシリーズ作品で、対戦プレイに特化した今作は二人でプレイするにはうってつけだった。入間は中国拳法の使い手の美女を、王馬はなぜか首だけが異様に伸びるヨガの達人を好んで使い、両者の実力は拮抗している。大技を繰り出して相手を一気に追い詰める入間に対し、トリッキーな技で翻弄しながら徐々にダメージを与えていくスタイルの王馬は実に対照的だった。 無言で画面を凝視しながら器用にコントローラーを操っていく。しかし、入間の繰り出した攻撃が決まり王馬は画面の端に追いやられた。そのまま続けざまに攻撃を繰り返されて体力ゲージが減っていく。 「やべっ。ハメ技入った」 「い、いきなりハメ撮りの話してんじゃねーよ!!変態か!!」 「変態はお前だろ!!くっそ、こいつなんで首しか伸びねーんだよ」 「オラオラオラァ!!オレ様の完全勝利……あ、待って、それ反則だろ?!」 「ふはははは!!思い知ったかイマーラの恐ろしさを!!」 「イマラ……だから急にぶっこんでくるのやめろよぉ!!そうやってオレ様を油断させて勝とうって魂胆だろ?!」 「そういえばさー」 「あ?もう同じ手は通用しねーぞ!!」 「オレ婚約するかも」 王馬の思いがけない発言に入間はコントローラーを落とす。そのまま王馬の攻撃が連続で決まり、入間の体力ゲージはゼロを迎えた。王馬はガッツポーズを取り子供のようにはしゃいでいる。入間は呆然としたまま、彼の無邪気な姿を見た。 「っしゃー!!勝った!!じゃあ二戦目行こうか。まぁオレが勝つだろうけどねー」 「おい、待て。卑怯だろ」 「え?なんで?」 「婚約って。そんな嘘までついてオレ様を危険に晒したいのかよ。そういうプレイか?わ、悪くはないけどぉ」 「は?嘘じゃないけど。ほら、早くー。始まっちゃうよ」 催促する王馬をよそに、入間は素早くゲームハードの電源を長押しした。ブツン、という音と共に画面が真っ暗になり王馬は素っ頓狂な悲鳴を上げて入間に掴みかかる。 「え、なんで消したの?え?今自分が何したのか理解してる?もしかして勝てる気がしないから強硬手段に出たのかなー?反則行為で失格だよ!!」 「王馬、マジで言ってんのか」 「うん。入間ちゃんは月曜の朝一で春川ちゃんのおっぱいを触ってぶっ殺されることが確定したよ。おめでとう!!」 「ちげーよ!!本当に婚約すんのかって聞いてんだ!!」 入間は王馬の手を払いのけて睨み付ける。その気迫に王馬は一瞬たじろぐも、平然とした顔で肯定した。視界が揺れる。王馬の姿が歪み、まるでカメラのピントが合わないようにぼやけていく。眩暈かと思ったが自分の瞳が涙で潤んでいるだけだと気が付き、入間は慌てて袖で拭った。 「……いつ?」 「明確な日取りは決まってないけどオレが了承次第する予定だよ。まぁ、まだ迷ってるんだけど」 「なんでそんなことすんだよ」 「え、どうしてそんなに怒ってんの」 入間は困ったように眉根を下げる王馬をじっと見つめた。王馬は入間の不機嫌さの理由に探りを入れるように可愛らしく首を傾げる。自分の可愛らしさを自覚しているような王馬の動作には慣れたつもりだったが、この場面でされると流石に腹が立って仕方がない。しかし入間は視線をそらさずに顔をしかめた。不機嫌の理由は、自分の中でも不明瞭だった。しばらく視線を交えていたものの、王馬が先に折れて飽き飽きとした表情を作った。 「ねぇ。なんでそんな怖い顔してんのさー。前にも話したと思うけど、オレの実家ってなんかそれなりの名家らしいんだよねー。だから親が勝手に決めちゃったんだ」 王馬の言う通り、彼の実家は代々警察官僚や政治家を輩出してきた実績がある。勿論王馬もそれに従っていわゆるエリートコースを歩むことを期待されているのだった。希望ヶ峰学園入学以前は都内屈指の名門校である帝都大帝都高校に通い、エスカレーター式に帝都大を卒業し、華々しい未来を歩む予定だったのだという。一族の大半が同じような道を辿っているらしく、王馬は実家のことを「国家の犬製造工場」と揶揄している。しかし、身内に警察関係者がいる以上は自身が超高校級の総統としてスカウトされたことは隠し通さなければならない。わざわざ偽造書類まで用意し、家庭内では「超高校級の幸運」として扱われているという奇妙な構造が作り上げられていた。 「断らねーのか」 「そうだねぇ。……断ったら親に怒られるからめんどくさいんだよね。向こうの面子もあるだろうし」 「そんな理由で決めちまうのかよ」 「庶民の入間ちゃんには分かんないだろうけどさぁ、こういうことって往々にしてあるんだよ。政略結婚じゃないけど、お互いにメリットがあるから婚約するの。デメリットの方が大きくなった時点で解消。どう?合理的でしょ?」 「ご、合理的って……キーボみてーなこと言いやがって」 「あれ?入間ちゃんってそこに愛はあるのか?!とか言っちゃうタイプ?残念だけどオレは愛がなくても結婚くらいできるんだよねー」 入間の顔に影がさす。交際も結婚も愛を持ってこそできることだと信じていた。それを簡単に否定され、心臓が言葉の針で刺されたかのように痛む。王馬が実家の話を持ち出すことは滅多になかったが、いざこうして突き付けられると住む世界がまるで違うことを実感する。目の前にいるのに、分厚い壁によって隔絶されたかのような孤独感を入間は覚えた。加えて、不快感とも焦燥感ともつかない気持ちが自分を支配していくのが分かった。 「それに一回会ってみたけど、可愛いし、優しいし。オレのことめちゃくちゃ甘やかしてくれそうなお姉さんだったし……悪い話じゃないかなって」 「……そうか、良かったな。テメーみてーなツルショタにも貰い手がついて」 攻撃的な言葉をぶつけたい欲求を必死に抑え、王馬に笑いかける。王馬は不満そうに口を尖らせたがどこか嬉しそうだった。それが余計に、入間の心を痛めつけるのだった。 「うわー。ひどい言い草だなー。まぁ、でも、喜んでよ。友達でしょ?」 友達。物の本によれば「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人」と定義されるその関係を王馬と入間は二年半続けてきた。この場で友達がすべきことは一つしかない。王馬が望むのならば、それを受け入れて、祝辞の言葉のひとつでも述べてやらなければならない。ひとまず入間は、平静を装うことに努めた。 「ケッ。相手の女もかわいそうだな。テメーみてーな虚言癖につき合わされるなんてよ」 「本当にかわいそうだよね。もしオレが女の子だったらオレみたいな男は絶対に関わりたくないもん。……なんて嘘だけどね。オレは結構優しいんだよ?まぁ入間ちゃんみたいな豚便器には絶対優しくしてあげないけど」 「ひぐぅ……ッ」 「そんなことより続きやろうよー。さっきのは見逃してあげるからさ」 王馬は再びゲームの電源を入れようと手を伸ばしたが入間はそれを阻止した。それはほとんど無意識的なもので、怪訝な顔をする王馬に入間は何も言えず俯くことしかできない。王馬はつまらなそうな溜息をついて、立ち上がった。 「どこ行くんだよ」 「部屋に戻るよ。なんか白けちゃった」 「行くな!!」 背を向けた王馬の服の裾を掴み引き留めると、彼はうんざりとした顔で入間を見た。親しい入間に対して怒りや呆れを露わにする際、分かりやすいほどに表情を作るのは彼の癖だ。友情の証でもある。勿論入間はそれに翻弄されがちなのだが、今はどうしても彼と共にいたかった。そうでなければ王馬はもう二度と婚約の話などしないような気がしたからだった。不機嫌そうな雰囲気にも関わらず手を離そうとしない入間に、王馬は仕方ないなぁと呟く。 「分かったよ。シャワー浴びたら、また来るから」 扉が閉まった後、王馬の冷たい声がやけに頭の中で反響していた。入間も、その声と先ほどから膨れ上がり続ける自分の中に生まれた複雑な思いを洗い流そうとシャワールームへと入る。しかし結果としてその選択は失敗だった。さほど広いとはいえない個室に閉じこもり、思考を新たにしようにも王馬のことに集中してしまう。三〇分にも満たない時間だったが、入間の気持ちは複雑化していくだけだった。 シャワールームから出ると、王馬がソファに座りテレビを見ていた。鍵はかけていなかったから勝手に入ったのだろう。王馬は先ほどまでの怒りなど忘れたかのように、入間に笑いかけた。 「乾かしてあげるからこっちおいで」 その手にはドライヤーを持っている。入間は王馬からドライヤーを奪った。王馬が入間に優しくしないなどというのは嘘だった。親しくなればなるほど、優しくなり、距離は近くなった。いつだって、こうして入り込んで。友達だと言いながら彼の行為は恋人に望むようなことばかりで。自分の怒りの根源を理解してしまった入間の口から出た言葉は、王馬の行為を否定するものだった。 「……そういうこと、するなよ」 「え?」 「だからそうやってベタベタすんなって言ってんだよ!!こ、恋人でもなんでもねーんだから」 王馬がこれから迎えるかもしれない「知らない誰か」との未来を想像すると腹が立って仕方がなかった。友達としての務めを果たせそうにないことを、入間はひどく悔しく思う。 「……あのさ、しつこいようだけどなんでそんなに怒ってるの?」 「なんで、って」 「ねぇ、教えて?」 その言葉と共に王馬は入間の腕を強く掴み、ベッドへと引き倒した。入間の視界が反転して、天井が目に入る。床に、ドライヤーが落ちる鈍い音が響いた。腹部に重みを感じ、見れば王馬が自分の上に乗っている。入間はその大胆な行動に手を振り乱して抵抗した。 「な、な、なにしてんだよ!?もしかしてオレ様と……。そ、それは流石にダメだろ!!風呂上がりのオレ様に欲情しちまうのは当然だろうけど、婚約者の為に童貞は取っとけって!!一回脱童貞したらもう二度と童貞には戻れねーんだぞ?そう、オレ様が凡人には戻れねーようにな!!」 「人の話聞いてた?!なんで怒ってるのか教えてほしいんだけど」 騒ぎ立てる入間に王馬は呆れかえっている。そして入間に覆いかぶさるように顔を近づけ、困ったように笑った。 「……オレが婚約するの嫌なの?」 吐息がかかりそうな距離に心臓は締め付けられるも、入間はこれ以上感情を読み取られないように答える。 「い、嫌なんて言ってねーだろ」 「だってずっと怒ってるじゃん」 「だから、怒ってねーって」 「じゃあ悲しい?それとも苦しいの?」 「ちげーよ」 「じゃあなんで泣いてるの」 王馬の細い指先が入間の目尻に触れる。瞬きをすれば、冷たい雫が伝い落ちていく。感情を隠し通せるほどの器用さを彼女は持ち合わせていなかった。 「……触んな」 「やだ」 「……なんで」 「触りたいから」 子供のような素直さに入間は顔をしかめる。細まった瞳から再び涙が零れ落ちて、王馬がそれを拭った。熱い指先で触れられた場所に熱が移るように、目尻から頬へと熱さが宿っていく。既に入間ははっきりと、彼への好意を自覚してしまっていた。 「泣いてる理由を教えてくれたら、やめてあげる」 そういう風にずるい言い回しをするところさえも好きなのだった。友達として友好な関係を続けるために気付いていないふりをしてきたのに、一度自覚してしまえばとめどなく好きが溢れてくる。涙と同じように。 「……嫌だ」 「んー?」 「テメーが、誰かのものになるのなんて嫌だ」 震える声で伝えれば王馬は意地悪く微笑んだ。 「それはどういう意味なのかな。ちゃんと教えて?」 「……好きだから。どこにも行ってほしくない」 「それで?」 王馬の追及に息を飲む。ここで引き下がることはできないのだと入間は心の中で決意して、そっと口を開いた。 「オレ様を選べよ。そいつみてーに、優しくないし、テメーのことを甘やかしてやれねーかもしれないけど」 「そうだね。入間ちゃんは本当に傲慢で自分勝手な子だもんね」 「う、うぅ。でも……付き合ってほしい。ずっと一緒にいてほしい」 「そんなにオレのこと好き?」 「……好き。大好き」 その告白を聞いた王馬は一瞬満足そうな顔をした顔と思うと入間の耳元で囁いた。 「よくできました」 低く優しい声音に入間は肩を震わせる。王馬はゆっくりと身を起こして入間を見下ろした。その視線に入間はたじろいだものの、決して目を反らそうとはしなかった。 「縁談は断るよ」 「い、いいのかよ」 「告白したくせに。言ったよね。まだ迷ってるって」 「でも……愛がなくても結婚できるって言ったのはテメーだろ」 「うん。愛がなくても、付き合ったりできるよ。でも、それが可能っていうのと、それをしたいっていうのはまた別だよね。オレだってできれば愛する人と付き合いたいし、できることなら添い遂げたい」 王馬ははにかんで、入間がずっと待ち望んでいた言葉を告げた。 「オレも大好きだよ。入間ちゃん」 その言葉一つで、痛いほどに締め付けられていた心臓が解放される。脈打つ心臓が全身に血液を送り出しているのがはっきりと分かるほどに鼓動が速くなり、体の中心から熱が生まれていく。その熱で溶けてしまうのではないかと錯覚するほどに全身が熱くなり、入間はまるで制御できない体をどこか別人のもののようにも感じていた。何か喋ろうにも、口を開くだけで涙が零れ落ち、入間はそれを拭うだけで精いっぱいだった。悲しいよりも、苦しいよりも、圧倒的な速度で体中を駆け巡る「幸福」という感情。入間は、生まれて初めて「幸福」を感じたような気分だった。それくらい、今までに得たものとは比べ物にならないほどに満たされていた。 王馬が入間の腹部から退き、入間の体を起こすように手を引いた。 「うわー。入間ちゃん、人前で泣かない方がいいよ。すごいブスだから」 「はぁ?!」 ムードもへったくれもない言葉を繰り出しながら王馬はティッシュを手渡してくる。入間はそれをひったくるようにして受け取り、目尻にあてがった。 「……本当にいいのか。テメーの親のこととか、相手のこととか、どうなんだよ」 「そりゃー謝るしかないよね。あ、入間ちゃん代わりに謝ってよ!土下座して!得意でしょ?」 「得意じゃねーよ!!でも……」 しゃくりあげながら目を伏せる入間に、王馬は困ったように微笑んだ。 「オレが決めたことだから。オレがキミを選んだんだよ。だから……」 「ちゃんと、幸せになってよ。ううん。幸せにする。絶対、幸せにするよ」 そこには確かな決意があった。覚悟があった。入間は小さな体から放たれる、そのしっかりとした声に応えるように頷いた。絶対、というものはこの世にはないのかもしれないが、そんな奇跡をこの人ならば起こしてくれるような、そんな気がしたのだった。 ** 「で、それからどうしたんすか?」 「え?髪乾かしてあげてー。そのあとゲームしたけど」 平然とする王馬に、部下の一人が驚愕する。動きが止まった途端、画面内のゾンビたちが彼の手持ちキャラクターに群がり始めた。 「はぁ?!あんた馬鹿か!!キスの一つくらいするところでしょ……。あ、死にそう。総統助けてください」 「嫌だよ。勝手に死んでろ。キスかー。やっぱした方がよかったかな。でもなぁ、入間ちゃん初心だからなぁ」 「いやこれ協力プレイなんで。ちょっと!!回復くらいしてくれたっていいじゃないすか!!」 「でも、総統もずるいよねー。縁談なんてとっくに断ってんのにさ」 「それ思った。なんていうか、男気がないのよね」 後ろで眺めている女性陣を一瞥して王馬は眉間に皺を寄せる。彼女らの意見はもっともだと思いながらも、それでも入間の本心を引き出したい気持ちの方が大きかった。元々入間が自分に好意を抱いていることは分かっていたが、それは無意識的なものであることも理解していた。王馬は単に彼女に自覚させた結果を知りたかったのだった。 「失礼だな。ていうか断ったんじゃないし。兄貴に回しただけ。向こうだって、兄貴くらいちゃんとしてる人のほうがいいでしょ。おい、早く来いよ。何死んでんだよ!!」 「あんたなぁ!!……つーか入間さんかわいそー。総統につかまったらもうダメっすよ」 「何がダメなんだよ。仕方ねー、オレのターン!!ドロー!!死者蘇生!!」 「ダメでしょ。だって総統って、しつこいし、ずる賢いし、何より嘘つきだしー。一緒にいて大変だと思うなー。まぁあたしはそこが好きなんだけどー」 「そりゃオレは嘘つきだけどさー。でも……いや、なんでもない」 「えー。なんすかー」 「なんでもねーって」 「教えなさいよ」 「いーやーだー」 部下たちとの喧騒の中で王馬は考える。自分は純然たる嘘つきで、その事実も心根も一生揺るがない。しかし、彼女を幸せにすると宣言したことは本心であり、真実にして見せると。絶対なんてこの世にないのだとしても、そんな奇跡くらい起こしてみせると。 |