2月14日の難題
お題「バレンタイン」に向けて
紅鮭後 
バレンタイン当日、王馬が受け取ったチョコレートはとんでもないもので……


オレは目の前で頬を赤らめながら早く食べてと言う入間ちゃんと、机の上に置かれている3種類のチョコレートを交互に見比べながらふへへへという変な声を漏らした。
人から好意を持たれることも、何かをもらうのも嬉しい。それが好きな人なら余計に。でも、それでもどうしたって受け入れられないものもある。たとえば「髪の毛入りのチョコレート」とか。

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バレンタインデー当日にどうしてもチョコレートを渡したいという入間ちゃんの要望に応えて、オレは学校を終えるとすぐに彼女の自宅の最寄り駅まで会いに行った。自慢じゃないけど結構モテるからいろんな女の子からチョコレートを差し出されたのだけど勿論すべて断った。下駄箱に入っていた分は、名前がわかるものは全てお返ししたし、名前がわからないものは申し訳ないけどクラスメイトに渡してしまった。罪悪感で心が痛むけれども多分入間ちゃんはオレが誰かからチョコレートを受け取ったことを知ったら泣いてしまうだろうから。
駅で待っていた入間ちゃんは手作りだというチョコレートをくれた上に、誰もいないからと言って自宅に誘ってくれた。それはつまり、そういうことなのかしら とよからぬ妄想が湧き上がるのを押さえつけ、オレは彼女の自宅へと足を踏み入れた。彼女の家は広くて、だだっ広い客間には真っ白なソファとガラス製の小さなテーブルが置いてあった。彼女はオレをソファに座らせると、自分も隣に座った。
「ねえ、早く」
「え」
「早く食べて」
ここで何をとか聞いてしまうのは野暮なんだろうかと思いながら彼女の肩を掴んでいいの?と聞くと彼女は頷いて言った。
「チョコレート、食べて。一生懸命作ったから」
オレは勝手に期待してしまっていた自分が猛烈に恥ずかしくなって、慌ててさっきもらった紙袋から箱を取りだした。箱は3つあって、それを机に並べると入間ちゃんは小さな声で恥ずかしいと呟いた。そんなに凝ったものを作ってくれたのかと喜ばしい気持ちで1つめの箱を開けた途端、目を疑った。髪の毛が出ている。チョコレートから。そっと触るとそれは本物で、彼女がオレを驚かせようとしてこういうものを作ったのではないのだと分かった。
そして、今に至る。

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「あのさ、これは、髪の毛だよね」
「ああ。オレ様自身を・・・食べてほしくて」
そう言って微笑む入間ちゃんはとても可愛くて、それはオレだって喜んで食べてあげたいけれどどう頑張っても無理だ。まずビジュアルが厳しい。お店で売っていてもおかしくなさそうな見た目のチョコレートから髪の毛が出ている。アウトだ。オレはとりあえず1つ目のそれを後回しにすることにし、2つ目の箱を開けた。
ケーキのような見た目のそれには特に目立った不審物もなく、これなら食べられるかもしれないと手に取ろうとした瞬間入間ちゃんからおぞましい情報を与えられた。
「そっちは爪が入ってるから」
「爪?!じゃあ、こっちは・・・?」
「えっとね。血だよ。オレ様の全部を味わってほしくて・・・」
3つ目の箱は開けるまでもない。これは精神的拷問メニューのフルコースだ。正直なところ吐き気をもよおしたけれどもオレは笑顔を取り繕ってこの危機をどう切り抜けるか考え始めた。
「ねぇ、食べてくれないの?やっぱりオレ様のこと好きじゃないのか?」
愛でどうにかなるならとっくにこれらは胃の中だ。絶望的とも言える表情の彼女を見つめ、オレは目をつむった。息をするように出てくるはずの嘘も全然思いつかなくて、とりあえずあまりにもわかりやすい嘘を放ってみる。
「あのね。オレ今お腹いっぱいだから、家に持ち帰ってもいい?」
「そんなこと言って捨てるんだろ?そしていつかオレ様のことも捨てるんだろ?!」
その飛躍しすぎた思考が画期的で意味不明な発明を生み出すもとなのだとしたら、それは尊敬すべきことなのだろうねなんてことを考える。違うよと言っても、彼女はその大きな瞳に涙をためてオレを睨む。下睫毛についた涙が光って、綺麗だと思った。もういっそ覚悟を決めて食べてしまおうか、そうすればオレが何日か体調を崩すくらいで丸く収まるだろう。しかし体調を崩したオレを見て彼女は傷つくだろうかとあらゆるパターンの未来を想像し、オレの手はなかなか動かない。単純に身体がこのチョコレートを拒否しているのかもしれない。
「わかった。もういい。もうテメーには二度と作らねー」
粗暴で、でもとても寂しそうに言った彼女が箱を手に取った瞬間にオレの頭に1つの嘘が閃いた。
「待って。捨てるなんて言ってないでしょ?確かに、オレはそれを食べないけど、捨てたりなんてしない」
「なんだよそれ。くだらねー嘘をついてんじゃねーよこの脳ナシ痰カス野郎。帰れ」
「防腐処理して一生取っておく」
「は」
唖然とした入間ちゃんの顔は小動物を思い起こさせるような間抜けさがあって、オレは笑ってしまいそうになったけれど必死にこらえる。
「だって入間ちゃんから初めてもらったチョコレートだよ?もったいなくて食べられないよ」
「そ、それは・・・まぁ、オレ様の手作りをもらえるような男なんてテメーくらいしかいねーからな。貴重なことは間違いねーけど。でも、その、せっかく作ったんだし」
「うん。だからね。同じものを髪の毛とか入れないで作ってほしいんだ」
それを聞いた入間ちゃんはなんだよぉという悲痛な声を上げて俯いてしまった。そしてオレ様が食えねーってのかよぉと続けている。なんだかそれは酔っ払いの発言みたいだなぁと思いながら、オレは入間ちゃんの手を握った。
「入間ちゃんを食べてもいいけど、オレたちは人間だから、いつか体の中から出ていっちゃうんだよ」
決して綺麗な話ではないから、できるだけ遠回しに言ってみる。入間ちゃんはしばらく俯いていたけど急に顔を上げてオレの目を見つめて言った。
「・・・つまり?うんこ?」
「あー、そういうことだけどさぁ」
最低だ。この女は本当に最低だと思う。空気を読む力とか品性とかそういうものが欠けているのだ。どうやって生きてきたのかと疑問に思う。それでも惚れた弱みで、そんな部分だって許してしまう。オレは昔よりも随分寛大な人になってしまったなぁ。
「そうか、そうだよな。わかった。これからはもう何も入れない。だから、食べてくれる?」
頬を赤らめ、目を反らしながら言った入間ちゃんにオレは勿論だよと笑った。入間ちゃんもそれに応えるように笑い返してくれて、やっぱりキミは笑っていた方がいいよなんてキザな言葉を飲み込んだ。
「あのさ」
入間ちゃんはオレの手の甲を優しく撫でる。これは彼女がキスをねだる時の癖みたいなものだ。オレはそれを分かっていながらわざと尋ねる。
「んー?何ー?」
「その、食べてほしい。今度は本物のアタシを」
「・・・どうしてほしいの?」
「キスして」
よくできました、と言ってオレは彼女を抱き寄せてそっと唇を重ねた。その唇の柔らかさは何度体感しても慣れない。いつだって新鮮で、優しくて、そして愛しい。
唇を離すと入間ちゃんはオレに抱き着いてきて言った。
「全部食べていいよ」

**
くたくたになって入間ちゃんの家から出て、組織のアジトへと着くと部下の1人がにやにやと笑いながら出迎えてくれた。今年はチョコレートもらわなかったんですねーとなんて言うもんだから、今年からバレンタインデーなくなったの知らないの?なんて冗談を返す。
「まぁ、総統は尽くすタイプですもんねー」
「おや、尽くされる方が好きなんだけどなぁ」
「はいはい」
「あのさー。お前防腐処理の方法知らない?」
「なんすか急に」
「・・・ちょっと、食べられないチョコレートをもらったもんで」
バレンタインデーなくなったんじゃないんですかぁ?と笑う彼に入間ちゃんからもらったチョコレートを見せる。彼は驚愕しながらも、調べてきますよと言った。PCルームへと向かおうと扉を開けた彼が振り向いて言った。
「やっぱ尽くすタイプじゃないですか」

扉が閉まり、一人になった空間でそうだよーと呟く。
いくらでも尽くしてみせるよ。たとえどんな難題を出されても、キミを傷つけないように嘘で切り抜けてみせる。だからキミも、キミの生涯をかけてオレの愛に応えてね。・・・なんてね!