03


精霊研究所の中に入れば、見慣れた顔ぶれが並んでいた。私は何度かここに来ている。しいなの数少ない友人として、ここでは受け入れてもらっているのだ。

「やぁケイ。今日はえらく綺麗な格好をしてるじゃないか」
「ありがとう」
「パーティーでもやってるのか?貴族は相変わらず華やかだね」

皮肉っぽく笑いながら言う受付の彼。そんな彼に、私は言った。

「ねぇ、レアバード、貸してくれない?」
「レアバード?どうして突然…」
「ゼロスとちょっと、夜の空中散歩」

秘密を教えるかのようにこそっと告げれば、受付の彼はニヤリと意地悪く笑った。

「ったく、ケイも隅に置けないな」
「貸してくれる?」
「明日には返せよ」
「ん、分かった」

返せる保証なんて、どこにもないけど。

ごめんね、と心の中で呟いた。彼らと仲がよく、信用されている私は、思ったよりもあっさりとレアバードを貸してもらえた。それはウイングパックに詰められており、もちろん持ち運びに困ることはない。

私はそれを持ってメルトキオの街の裏側に行った。夜になると、メルトキオは安全の為に封鎖されてしまうので、無闇に外には出られない。

しかしこの裏側の外壁が少し崩れてしまっていて、ここを何とかよじ登れば外に出られるのだ。

ここは人通りも少ないし、まして時間も時間である。昔はゼロスに助けてもらいながらここをよじ登ったり、地下水道を通ったりしていたなあ、なんてことを思い出せば、懐かしさのあまり泣きたくなった。涙を必死に堪えて、目の前の外壁に集中する。ゼロスがいたら難なくよじ登れたこの壁も、一人っきりだと結構つらい。それでも私は必死によじ登った。辛いところはストールを引っ掛けながら進む。ゼロスがくれたドレスも汚れてしまったけれど、それよりも今は、メルトキオを出るほうが先決。

何とか自力で上まで登りきると、そこで一息ついた。どうも上りにくかったのは、このヒールのせいか。お気に入りだったけれど、仕方ない。私はヒールの靴を脱ぐと、メルトキオの外に投げ捨てた。外壁の脇に、黒のサンダルが落っこちる音がした。

見上げれば先程より夜が深い。ストールは酷く破けてしまっていて使い物になりそうにもないので、ここに置いていくことにしよう。

あんまり長い時間ここで時間を食うわけにもいかないな。

後はゆっくり下りるだけなのだ。私は滑り落ちてしまわないように、崩れかけた外壁に手足をかけながら、何とかメルトキオ脱出に成功した。



脱出してすぐに、ウイングパックからレアバードを取り出した。

行き先はもう、決まっている。

私はレアバードに跨り、アクセルを全開にする。いつもゼロスの後ろにしがみついていたから運転自体は初めてだったけれど、なんとかなることを切に願う。



レアバードの運転は、思ったよりも簡単だった。しかし、着陸の仕方がいまいち分からない。まいったな、事故になるのだけはごめんだ。

私はゆっくりと下降していき、少しずつ少しずつスピードを落としていくことにした。

ここは目的地上空。眼下には、三本の大きく高い岩に囲まれた小さな島。うまく着陸できなかった日には、私はきっと死ぬんだろうな。

まあそれでもいいか、なんてぼんやりと思いながら、私はゆっくりと下降を進めた。

案の定、着陸の仕方は間違っていたらしく、変な降り方になってしまったようで。ガコン!と大きな音と共に地面に降り立ったレアバードの振動に耐え切れず、機体から投げ出されてしまった。私の体が地面に叩きつけられ、酷く痛んだ。けれど命に別状もなさそうだし、嫌な痛みもないあたり、打ち身程度で済んだらしい。

痛む体をよろよろと引き摺りながら、私は岩の中心部にたどり着いた。


ここは昔本で読んだことのある場所、異界の扉―――異界と世界を繋ぐとされている場所。


私はこのまま流されてしまいたかった。ゼロスの居ない場所がどんなところかは知らない。でも、優しいだけの記憶に飲まれて消えていくなら素敵なんだろうな、そう思ったから。

そこに寝転がって、夜空を見上げる。星が瞬いて、満月は薄い雲で隠れていた。綺麗だな、と純粋に思った。いつまでも純粋なままでいられたら、どんなに良かっただろう。

目を瞑った。こんなに綺麗な場所で眠るように死んでしまえたら、それはそれできっと素敵。こんなところにいるって知ったら、きっとゼロスは激怒するんだろうな。

…いや、今の彼なら、きっと怒りもしないかもしれない。

ぼんやりとそんなことを考えながら目を開けると、薄い雲に隠れていた満月が姿を表した。あぁ、本当に綺麗……そんなことを思っていた、その瞬間だった。


突然、眩い光が私を包んだ。あまりに急なことで、ただただ驚くことしか出来ない。ゆっくりと痛む体を持ち上げると、岩の中心に魔方陣のようなものが描かれ、その中に私がいる状態だった。

もしかして、本当に異界へ飛ばされる…?

まさか本当にこんなことが起こるだなんて思っていなかった私は、ただ呆然とその場に居座ることしか出来なかった。そんな私の背中に聞き慣れた声が響いた。


「ケイ!!!」


振り返れば、そこにはずっと愛し続けた、愛しい人。私から別れを告げた、誰よりも愛しい人。

紅い髪を靡かせながら私に駆け寄ってくる彼。

あぁ、まさか最後に、こんなところで会えるだなんて。神様は優しくて、そして意地悪だ。



「やっと名前、呼んでくれたね」



今にも私の腕を掴みそうな彼に向かって、私が笑ってそう言うと、彼の手が私を掴むことはなく―――


私の記憶が、途絶えた。

 

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