「ちっす変次」
「変次じゃねぇ。恋次だ!」
「毎度毎度ご苦労さん」
「お前なあ…」
ここはとある高校。現在、朝の9:20分。廊下に立たされているのは、山摘ケイと阿散井恋次。
2人は学校に遅れてしまった。ちなみにこの2人は遅刻常習犯である。しかもなぜか、廊下にバケツを持って立たされている。今時、よくこんなくだらないことするなぁ、とケイは思う。
ちなみに、現在ケイが持っているバケツ、0個。恋次が現在持っているバケツ、4個。
「いっつもアリガトね、変次君」
「変次じゃねぇっつってんだろ!お前もいい加減に自分で持てよな」
「まあまあいいじゃん、気にするな少年」
「てめぇ…」
2人は現在高校一年生である。高校に入って初めて会った2人だが、こうやって毎回同じように立たされるうちに意気投合。カップルと間違えられてもおかしくない程の仲の良さ。
「変次ィ、暇だねー」
「俺は恋次だ。でもまぁ…暇だな」
「このまま学校抜けてどっか行こうよー。もちろん、変次の奢りで」
「だから変次じゃねぇ!お前のその減らず口叩けねぇようにしてやろうか」
「レディに出させるもんじゃないでしょーよ。だから、おーごーれっ!」
「無駄に可愛く言ったって無駄だ。気持ち悪いだけだ」
「なんだよーう。恋次、今日不機嫌だね」
「ったりめーだ」
「…また、朽木先輩と喧嘩、したんだ?」
「あぁ」
「結果は?」
「…俺の負け。今んトコ0勝156敗。」
「ぶはっ!!!負けすぎでしょ!!!」
ゲラゲラと笑うケイに対して、それも顔を真っ赤にしながら怒る恋次。その顔が、ケイにとってのツボだったようで、ケイはさっきよりも大声で笑い出した。
「あっあははははははははッ!!はははははッ!!あはは、あはははははは!!!」
「ばッ!!うるせぇ!!」
「だ、だって顔!!顔!!髪の毛と同化して…!!あっはははははははは!!!!」
「てめぇコラ黙れ!!!」
涙目で笑い出すケイを止めようとするが、両手にはバケツ。片手に2個ずつもっているため、動こうにも動けない。動いたら、バケツの臭くて汚い水が、ケイにかかってしまう。
それはまずいと、必死に堪える恋次。
そんな恋次の気持ちなど知るはずもないケイは、あまりの面白さに耐え切れず、そのまま地面に座り込んでいた。本当に女なのかと疑いたくなるほど、下品に笑っている。
「ひ――――ッ!!ひ――――ッ!!死んじゃう――――!!」
「だ―――か―――ら―――!!うるせぇんだよ!!!」
大声で怒鳴りあう2人。これでは自分のクラスだけじゃなく、他のクラスにも確実に迷惑である。
もちろん、そんな大声で喋っていて、先生が黙ったままなわけがない。自分たちの教室の扉がガラッと勢いよく開くと、黒髪の教師が眉間に皺を寄せて出てきた。
「お前等!授業の邪魔だ!」
「あ!修兵センセー!ちょ、聞いて!恋次が…恋次がね!!!あはははは!!」
「うっせぇんだよケイ!!てめぇそのゲラなんとかならねぇのかよ!!!」
「……も、お前ら欠席にするわ。お前ら二人、うるさいから帰れ」
呆れたように言うと、先生は二人を丸一日欠席にした。仕方ないので、恋次は自分とケイの分の荷物を持つと、いまだに笑いが収まらないケイを連れて、屋上へ向かった。
「お前のせいだからな」
恋次とケイは屋上にいた。思い出し笑いをしているのか、ケイは寝転がりながらにやにやしている。
「いいじゃん、授業サボれて」
「あのな、俺たちただでさえ単位危ないんだぜ?」
「知ってるよー」
「…はぁ」
ケイのあまりの危機感のなさに、恋次は呆れて溜め息を零す。今更どうこうしたって無駄なことは分かっているので、恋次もケイに習って寝転がる。
「ねぇ恋次」
「ん?」
「空、綺麗だねぇ」
「そうだな…」
ぼんやりと空を眺めてみれば、そこはとても穏やかに時間が流れていた。青い空にぷかぷかと浮かぶ雲は、風に乗ってふわふわと気ままに進んでいく。ちらりと隣を見れば、さっきまでとは別人のように穏やかな表情で、じーっと空を見つめていた。
あぁ畜生、可愛いな。
ぼんやりと恋次は思う。いつの間にか、それはとても自然な流れで抱いていた、ケイに対する恋心。この関係が心地良いということもあり、恋次はいまだに気持ちを打ち明けられないでいた。
しかし恋次も男だ。そろそろ、この関係に変化を持たせたい。
二人っきりで、珍しく穏やかな時間。きっとこういう話をするなら今しかないと思った恋次は、沈黙が流れる中、ゆっくり口を開いた。
「なぁケイ」
「なにー?」
「お前ってさぁ…その、好きな男とか…いんのか?」
ここで素直に、俺はお前が好きだ!
なんて言えるほどの根性がない恋次は、遠まわしにこうやって伝えることしか出来なかった。ただのヘタレである。へたれんじである。
「……は?」
そんな恋次のセリフを聞いた後、少しの間を空けてケイがマヌケな声を上げた。そして、少しだけ頬を赤らめる。
あぁ、これはいるな。
これならいないと答えてくれた方がまだマシだった、なんて思いながらも、言葉にはせず心の中にしまう。少しだけ切ない気持ちになりながら、それでもここでこの話を終えるのもおかしいので、恋次は会話を繋げていく。
「ほーぅ…そんな反応示すって事は…いるんだな、好きな男が」
「い、いないもん!」
「いや、お前分かりやすいから」
可愛らしいケイの反応に、恋次はククッっと声を殺して笑った。ケイはムッとした表情をして、照れ隠しをするかのように声を荒げた。
「だぁーもう!!笑うな恋次!!」
「だって…クク…分かりやすすぎで…ップ…ッ」
「あーもう!いますよいますよ!いますよーだ!!」
開き直ったように白状したケイは、拗ねてしまったのか、ぷいっとそっぽ向いてしまった。ここまできたらいっそ最後まで白状させてやろうと思った恋次は、ケイを追い詰めるかのように言う。
「で、お前が好きなのはドコのどいつだ?」
「い、言わないよそんなの!」
「言えよ。俺とお前の仲じゃねぇか」
「どんな仲よ!もう知らない!帰る!」
ケイは勢いよく立ち上がって、その場を後にしようとする。が、恋次はそんなケイの足首を行かせまいと掴んだ。そのせいで、ケイが派手に前へ転ぶ。
「きゃ!」
「おわ!!」
びったーん!という効果音が似合うかのような、見事なケイのこけっぷり。そのときにミニスカートの中のケイの可愛いパンツが見えてしまったので、恋次は思わず顔を赤らめる。ケイもはっとして、転んだ体勢を慌てて元に戻すと、顔を赤らめながら恋次を睨みつける。
「ばか!恋次のスケベ!さいってー!」
「あ、あれは不慮の事故だ!」
「恋次が足首掴むからでしょ!」
「お前が逃げようとするからだろ!」
「でもそのせいであたしがあんなに派手にこけたんじゃん!」
ケイがそう言うと、恋次も起き上がって申し訳なさそうに頭を掻いた。
「…確かに、それは悪かった」
「…」
「怪我は?」
「…膝すりむいた」
「見せてみろよ」
「いいよ、別に」
「いいから」
「っ、ちょっと!」
恋次はケイのすりむいた膝を無理矢理見る。とりあえず傷が残ると申し訳ないので、持っていた水で無理矢理傷を洗ってやった。
「っ、ちょ、沁みるっ!」
「悪いけど我慢しろよ」
洗い流した後、持ってたタオルで軽く拭いてやると、今度はケイが申し訳なさそうな顔をした。
「…タオル汚しちゃった」
「構わねぇよ別に、こかした俺が悪いし」
「恋次…」
「ま、見事なこけっぷりだったけどな」
ニヤリと笑ってそう言うと、ケイはまた不機嫌そうな顔をした。
「人のパンツみたやつに言われたくない!」
「そんな短いスカート履く方が悪い。見てくださいって言ってるようなもんだぜ、それ」
「うっさい!」
「…でもそういうの、まじ止めた方がいいぞ。好きな男がいるんなら尚更な」
「え?」
「だってもし両想いだったらどうするよ。好きな女のパンツ他の男に見られたら、そりゃ嫌な気分になるだろ」
「…」
「だからやめとけ。お前特に短すぎるんだから、もうちょっと長くしろよ」
「…恋次は、」
「ん?」
「恋次は、やっぱりもうちょっと長い方が、好き?」
「まぁ、個人的には」
「そっか…」
するとケイは少しだけ黙り込んで、その後恋次を見ながら言った。
「じゃあ私、もうちょっと長くする」
「ん?お、おう」
「恋次が好きな長さくらいにする」
「…は?」
ケイは真っ直ぐに、恋次を見ている。意味の分からないケイの発言に恋次は困惑するばかりだ。
「…どういう意味だよそれ」
「だからね、その…私、恋次が好きだから」
「…え?」
「だから、恋次が嫌じゃない長さにする」
ケイの発言に、恋次はしばらくぽかんとするばかりだった。
ケイが、俺を、好き?
それを処理するのに、しばらく時間を要した。
「だから、だからね、今すぐじゃなくていいから、恋次、返事考えといて」
じゃあ帰るね、と言ってその場を去ろうとするケイを、恋次は反射的に抱きしめた。
「っ、恋次!?」
「…情けねぇ」
「へ…?」
「先に言われるなんて、俺、情けねぇな」
恋次は腕の中にケイを収めたまま少しだけ深呼吸する。そしてケイの耳元で囁いた。
「俺も、お前が好きだぜ」
「…うっそん」
「マジマジ、大マジ」
恋次の言葉を聞いた途端、ケイの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。恋次はクククっとおかしそうに笑うと、ケイの頬にキスをした。
「じゃ、付き合うか」
「…その余裕、なんか腹立つ」
「好きなんだろ、じゃあ別にいいじゃねぇか」
「…そだね」
顔を赤らめたまま、幸せそうに、ケイは笑った。そんなケイの様はまるで、茹蛸並にバカっぽくて、真っ赤なバラのように美しかったとか(恋次談)。
赤くて甘い恋の色
(恋次)
(ん?)
(だいすき!)
(俺も)
2008.03.06
2011.09.19 修正