――――――もういいかい? まーだだよ。 ――――――もういいかい? もういいよ。 『蘭丸くん、かくれんぼしよう!』 『いいよ!』 今から9年も前のお話です。ふたりの子供が森で遊んでいました。少年と少女は、名を蘭丸と蓮華といいました。ふたりはとても仲良しで、いつも一緒に遊んでいました。この時、ふたりはまだ5歳でした。 『じゃあジャンケンね!さ〜いしょ〜はグー!』 『じゃーんけーん…』 『『ぽんっ!』』 『うわあ!蘭丸の負けだぁ!』 『じゃあ蘭丸くんが鬼ね!20秒数えたら追いかけてきてね!』 『うん!』 蘭丸は近くの木にもたれて顔を隠しました。蓮華はそれを見ると元気に走り去ってしまいました。蘭丸は数を数えます。 『い〜ち、に〜い、さ〜ん……』 そして、20秒数えました。 『じゅ〜うきゅう、にじゅう!』 蘭丸は聞きます。 『も〜いいか〜い?』 遠くで小さな声がしました。 『ま〜だだよッ!』 もう1度蘭丸は聞きます。 『も〜いいか〜い?』 また遠くで声がしました。 『もういいよ!』 蘭丸は顔をあげ、元気よく蓮華を探しに行きました。大好きな大好きな蓮華を。でも、どれだけ探しても蓮華は見つかりません。蘭丸は心配になってきました。 『蓮華〜…どこー?』 不安になり、蘭丸は聞いてみました。だけど返事は返ってきません。蘭丸はもう1度聞きました。 『ねぇ蓮華…どこ〜?』 それでも返事は返ってきません。蘭丸は溜め息をつきました。 『もう降参!蘭丸の負けだよ!蓮華、出て来てよ!』 それでも蓮華は出てきません。どこかで寝てるのかと思い、蘭丸はもう少し辺りを探しました。それでも蓮華は見つかりませんでした。蘭丸は、もう城に帰って行ったのだと思い、そのまま森を出て城へ帰って行きました。 城へ帰って、濃姫に今までの出来事を話すと城の中は大騒ぎになりました。蓮華は城にも帰って来ていなかったのです。兵士は何人かで森を探しましたが、結局蓮華は見つかりませんでした。そして蓮華が見つからないまま9年の月日が流れたのです。 ● ● 満月が綺麗な夜だった。 蘭丸は先日の初陣でたっぷりと功績を残し、信長や濃姫にはたんと褒められ、たくさん褒美を貰った。しかしまだ14歳だった蘭丸は、流石に戦疲れが出ていた。綺麗に敷かれた布団に潜りこみ、今日の戦の事を思い出して幸せそうに目を閉じる。 「えへへ…信長様に褒められちゃった…」 満月も綺麗だし、いい夢が見れますようにと願いながら、うとうとと眠りにつき始めた。そして蘭丸が深い眠りに着き始めた頃、シュッと黒い影が天井から舞い降りてきた。 そう、忍だ。 布で顔を覆っており、表情は見れない。その忍はゆっくりと己の短刀を引き抜いた。 「…武田の隠密にございます。森蘭丸…貴方様の首を頂に参りました」 小声でそう言うと蘭丸の首に刃をそっと当てた。 「……御免ッ…!」 そしてそのまま首を斬ろうとした瞬間、忍の上に蘭丸が覆いかぶさる形でその忍を押さえつけていた。忍は目を丸くして驚いている。 「残念でした」 「…ッ!」 蘭丸はニヤリと笑って気味が良さそうにそう言った。 「気配消すの上手いな。なかなか気付かなかったや」 「…忍の身でございます故……いつからお気付きに?」 「武田の隠密ってあたりから」 「それはそれは…」 「声色的に、女だろ?年もあんまり蘭丸と変わんないな」 「だから何だと言うのです?」 忍は臆する事無くあざけ笑うようにそう言った。 「こんな状況でよくそんな言い方できるよな」 「私には刀があります故、武器のない森様に臆する必要等ございませぬ」 すると忍はするりと蘭丸の腕をすり抜けた。蘭丸はつまらなさそうにそれを見る。 「では、私はこれで失礼致しまする。顔を拝見されては困りますので」 「逃げるのかよ」 「……………では…」 そう言って忍が去ろうとした瞬間蘭丸は素早く忍を押し倒した。 「蘭丸の寝首を獲りに来たヤツをそう簡単には返せないなあ」 「……殺すのですか?」 「殺してもいいけど、その前に名前だけ聞いといてやる。記念に覚えておいてあげるよ」 「…忍には名乗るような名等ございませぬ」 忍は一向に口を割ろうとしない。蘭丸はイライラしてきたので、忍の顔に巻き付いてあった布を剥がし出した。 「ッ!」 子どもとは言え、蘭丸も男。忍びはただでさえ華奢な体つきで、蘭丸よりも小柄だった。年も同じくらいで、女の忍。それが力で蘭丸に適うはずがない。そして蘭丸は強引に布を剥ぎ取った。 その忍の顔を見て、蘭丸の思考は一瞬停止する。 「…蓮華…」 思いついた言葉はそれだけ。 「…………」 蓮華は何も言わず、ただ蘭丸から視線を逸らしている。 「……蓮華、だよな?」 「…さぁ、誰でしょうねその蓮華というのは」 「蘭丸のこと…忘れてないよな?」 「森様とお会いしたのは本日が初めてでございます」 「っ、嘘つくな!」 蘭丸は蓮華の肩を揺する。 「何でお前…武田軍に居るんだよ……!?」 「武田に生まれ、武田に育ったからでございます」 「嘘つくなよ!俺といつも一緒に居ただろ!」 蘭丸は辛そうに蓮華を見つめる。逸らしていた視線を蓮華は蘭丸に向けた。蓮華もまた、辛そうな目をしている。そして蓮華は一粒だけ涙を流した。蘭丸はそれを驚いた表情で見つめる。ポツリと、蓮華は驚く事を呟いた。 「………蘭丸くん、私ね…本名を武田蓮華っていうんだ…」 蘭丸は何も言えなかった。 「私、赤子の時戦場で濃姫様に拾われたじゃない?その時、私傷だらけだったって…濃姫様言ってたよね?」 蓮華は、それはとても小さな声で話し出した。 「酷い話なんだけどね…信玄公が戦に行ってる最中に拉致されたみたいなんだ。その時に、運がいいのか悪いのか、馬から振り落とされちゃって」 そして何も知らぬまま成長し織田軍に身を置いていたという。 「あの日、蘭丸くんとかくれんぼしてたよね?森に隠れてたら急に誰かにさらわれて…それ、武田の忍だったの。今は私の長にあたる人。それから信玄公に今までの経緯を全部話された。小さかったから、あの時はよく分からなかったけど…ただ、毎日、帰りたい、帰りたいって…泣いてた。蘭丸くんに会いたいって、泣いてた……」 蘭丸はいいようのない悲しさに襲われた。まるで強く頭を殴られたような、そんな苦しみさえ感じた。そして武田には酷い怒りを湧き上がらせる。 「…帰ってこいよ……蓮華…」 「無理だよ…私はもう武田の忍。蘭丸くんを殺そうとした…貴方の敵…」 「もうそんな事どうでもいいよ…」 「さようなら蘭丸くん。次に会うときは戦場で」 そしてスルリと蘭丸から抜け出すと、片膝を突いた形で蘭丸に告げた。 「森蘭丸様、今回はこれにて失礼させていただきまする。次に戦場でお会いする日にはその御首、私が頂戴致しまする故…では……御免…!」 そして音もなく蓮華は、消えた。 蘭丸は、ただ、ただ、悲しさに、悔しさに、泣いた。 蓮華と再会したあの日から1年の月日が流れた。雲ひとつない渇いた秋の空。そんな空に合戦の声が響き、刃と刃がぶつかり合う音がする。それに銜えて耳を塞ぎたくなるほどの、鉄砲の発射音。 そんな秋の空の下で、再び彼らは出会った。 「久しぶり、蓮華」 「御久しゅうございます、森様」 「わざわざ会いに来てくれたの?」 「ご冗談を」 蓮華はクスリと上品に笑い、そして続けた。 「貴方様の御首、頂きに参りました」 それを聞いた蘭丸も笑った。 「じゃあ手加減なんていらないよな」 「勿論…こちらも手は抜きませぬ」 「ふーん…じゃあ殺り合う前に賭けしよう」 「賭け…とは?」 「もし蓮華が勝ったら蘭丸の首あげる。でももし蘭丸が勝ったら―――」 蘭丸はニヤリと笑った。 「蘭丸だけの忍になってよ、蓮華」 蘭丸がそう言うと、蓮華はまた笑った。 「おもしろい、その賭け…受けて立ちます」 「じゃあ…かかっておいでよ、武田の忍!」 「言われなくとも!」 そしてまた、刃のぶつかり合う音が1つ、大きく大きく鳴り響いた。 今宵は満月の綺麗な夜になりそうだ。 かくれんぼ (もういいかい?) (もう、いいよ。) 2008.03.04 2011.11.19 修正 (3/3) |