あーあ。 しくじっちゃった。 「…」 「…」 冷や汗が背中を伝う。アタシは武田のくノ一で、猿飛佐助(ちなみに幼馴染)の部下。その佐助(つまり長)に「ちょっと上杉の偵察行ってきてくんない?」って言われたから、そりゃあ行かなきゃいけないわけだ。 で、行ったのよ、上杉の偵察に。 そしたらちょっとしくじって、上杉のくノ一に見つかってしまった。まぁ、認めたくはないんだけど、アタシと上杉のくノ一じゃ差がありすぎるわけだ。見事なほどやられちゃったから、尻尾巻いて逃げて帰ってきたわけだ。アタシって性格はこんな強気なんだけど、忍の腕は半人前なわけだ。 で、今に至るんだけども。 「……何をそんなに怒ってるんですか、長」 「別に怒ってないけど?」 「嘘つかないで下さい、笑顔がものっそ黒いです」 「ふーん?失敗したくせに、なんか余裕じゃない、蓮華」 「そんなことないですよ」 佐助はアタシを部屋に呼びつけて、さっきからずっと黒い笑みを浮かべている。こんな強気発言してるのは、アタシのこの素直じゃない意地っ張りな性格と、この恐怖を少しでも和らげたいからという虚勢。相変わらず、背中には冷や汗がだらだらと流れている。 「蓮華」 アタシを呼ぶその声が、すでに怖い。 「…はい」 「意地っ張りなのはいいけど、まず真っ先に言うことがあるでしょーが。これ、任務よ一応」 「…」 正論すぎて言い返せやしない。意地張ってないで、ここは素直に謝った方がいい……うん、きっと。 アタシは慣れない謝罪の言葉を、詰まっていない脳味噌で懸命に探す。 「………長」 「何?」 「任務をしくじってしまって…本当に申し訳ありませんでした」 深々と頭を下げて、ちらっと佐助の顔を見れば、まだ黒く微笑んでいる。そんなに大事な任務だっただろうか。だけど佐助がこんなに怒るっていうことは、それだけ大事な任務だったんだろう。 「何でこんなに怪我したの?蓮華」 「…油断していました」 「忍なのにね、誰にされたの?」 「…上杉のくノ一です」 「かすが?」 「はい…」 佐助はふーん、と薄い反応を示した。あぁもう絶対にいろいろといわれる…とアタシは確信する。顔も上げられなくて、ただただ佐助の言葉を待った。 「蓮華」 「っ、はいッ!」 緊張のあまり、声が裏返ってしまった。もう恥ずかしすぎるしいろいろ残念すぎる。そんな自分に嫌気が差していると、すっと佐助がアタシに手を差し伸べていた。 「こっちおいで」 「…は?」 「命令、こっちに来い」 「……分かりました」 おずおずと佐助に近寄る。あまりの気迫に、近寄ったら気迫だけで死ぬかもしれない、と一瞬本気で思った。とりあえず、怖くてまともに目も合わせられない。 「蓮華」 「…はい」 「さっさとこっちに来なよ。そんで、俺の目見て」 そう言われちゃアタシは歯向かえない。佐助より二回りほど小さいアタシは、恐る恐る上を見上げる。そして目が合うと、差し出された手を取った。 その瞬間、突然強く腕を引っ張られたかと思うと、世界が反転していた。 アタシの目の前には天井と佐助しか写っていなかったのだ。つまり、アタシは佐助に押し倒されている状態で、アタシはそれを理解するのに、時間がかかった。 「…は、え、ちょ、佐助!?」 「反応遅い。そんなだからしくじるんでしょーよ」 「そ、それとこれとは関係ないでしょ!離してよ」 「あるに決まってんだろ、反射神経の問題だ」 相変わらず佐助は黒笑いしてアタシを見下ろしている。この状況、いやな予感しかしない。 「ちょ、ど、どいて!」 「ダーメ。任務失敗した子にはお仕置しなきゃね」 「は!?ちょ…さす…………んむぅ…!?」 突然、接吻、された。 しかも生まれて初めての。 アタシは佐助に房術なんてしなくていいって言われてたから、こんな経験微塵もない。恥ずかしいし今の状況もわけ分かんないし顔もあっついし、一体どうなっているのだというのだろう。 惚れた男にこんなことされたら、それこそどう抵抗すればいいのか分からないじゃない。 そんなことを考えていたら、佐助がすでにアタシの口内に舌を侵入させていた。酸素が回らないから、頭がボーっとする。必死に抵抗したんだけど、力じゃ敵う相手じゃない。されるがままだった。 「ん…は……」 呼吸をするのも精一杯で、そろそろ意識飛んじゃうんじゃないかと思ったとき、やっと唇を離してくれた。お互いの唇に銀の糸が引かれている光景が、すでに恥ずかしすぎる。アタシは肩で息をしてるのに、目の前の想い人は余裕の表情でニッコリと笑っている。 「はぁ…は……な、何を……」 「お仕置」 「な、何でお仕置なんて…!」 「任務失敗したでしょ?それに偵察だけで怪我するようなお馬鹿だしね」 「ば…!?馬鹿じゃないもん!」 そう言って必死に抵抗する。が、やっぱり力が入らない。 「…あんまり痛くされたくなかったら、抵抗しないほうがいいよ、蓮華」 まるでアタシを試すかのような口ぶりは、いつになく楽しそうだ。それでも、アタシは抵抗した。 「…なんで抵抗するのさ?」 「だ、だって…」 今にも泣き出しそうなこんな顔、佐助に見せたくなくてアタシは横を向く。好きだからこそ、こんな抱かれ方は御免だ。 「……惚れた男にこんな抱かれ方されても、嬉しくない…」 小さな声でそういえば、佐助はきょとんと私を見つめて、そして笑った。 「まさか、愛がないとでも思ってたわけ?」 「そ、そりゃこんなことされたら誰だって…!」 「好きだからいじめたくなるのよ、男ってやつは」 佐助の言葉に、アタシは思わず顔を上げた。その拍子に、涙がぽろっと落ちる。佐助はそんなアタシを涙をペロッと舐め取った。 「…その顔、そそる」 「さす…」 「今日は珍しく素直だったから、特別に優しさ二倍増しで愛してやるよ」 そして再び、佐助はアタシに口付ける。さっきの奪うようなそれとは違って、本当に優しくて深いものだった。唇を離すと、佐助はぼそっと呟いた。 「…あんま心配かけさせんなよ」 「え…?」 「偵察行かせただけでこんなに怪我されたら、俺だって心持たないって」 「…」 思わぬ言葉に、アタシは何も言えなくなった。嬉しかったり、恥ずかしかったり、気持ちは複雑だけれど、あったかい。 「…佐助…」 「ん?」 「あの、アタシ、佐助のことが、」 言おうとすると、佐助はアタシの唇をまた塞ぐ。言わせない、そう伝えられている気分になった。 「…それは今からじっくり、いろいろ掘り下げながら聞き出してあげるって」 ニヤリと笑った佐助は、いつになく意地悪な顔をしていた。 おしおき (アタシは、何度も好きだって喘がされるんだろうな、と思って赤くなった) 2008.03.04 2011.11.19 修正 (1/3) |