頭が痛い。奥の方からズキズキと響くように痛みが波打つ。仕方がないので、ベッドに寝転がったままスマホを開いて連絡をした。今日は飲みに行けそうにない。それに、行ったところでどうせ私の奢りだ、お金が浮いたと思えばいい。体調不良だということを説明し、今日は行けないと送りつけてからぎゅっと目を閉じる。薬を取りに起き上がるのも億劫で、仕方がないから寝転がって痛みが引くのを待つことにした。 しばらくして、家のチャイムで意識を取り戻す。寝ていた、というより、気絶していたに近いのかもしれない。何度もうるさく鳴り響くベルに仕方なく上体を起こすが、まだ痛みは完全に引いてはいなかった。 「はいはい…」 痛む頭を押さえながら、のろのろと玄関に向かう。ろくに相手の確認もせず扉をあけたら、そこには見知った男が立っていた。 「よお」 「…………は?」 たっぷりの間の後、私の口から出てきたのはそれだけだ。コンビニの袋をぶら下げた男は、私の姿を見るなりげんなりした様子で答えた。 「うわーすっぴんでスウェットとか色気ねえの」 「なんでいるの…」 「しかもそれノーブラ?乳首見え」 「帰れ」 「ちょちょちょ、ストップストップ!」 扉を閉めようとしたら慌てて隙間から体を滑り込ませてきた。頭の痛みと早くベッドに戻りたい気持ちが膨れ上がって、いっそうイライラする。 「今日無理って連絡したでしょおそ松。マジで頭痛いから、帰って」 「バカ、だから来たんだよ」 「はあ?」 「ほら、いいから入れろ」 無理矢理扉を開けて、おそ松は玄関に上がり込んだ。もう止める気にもならなくて私は先にふらふらとベッドに戻る。 「鍵かけといてね」 「へいへい」 挨拶もなくずけずけと部屋に上がり込んできたおそ松は、私の後ろをきょろきょろとしながら着いてくる。そういえば、我が家に彼が上がり込むのは初めてだ。 1Kの部屋は服で溢れている。それなりに散らかっているが、今はそれを恥ずかしがる余裕はない。さっさとベッドに潜り込んで、頭から布団を被る。ああ頭が痛い。 「服くらいちゃんと片せよ、女だろ」 「うるさい帰れ」 いつになく返事が素っ気ないのは、本当に頭が痛くて喋る気力もわかないからだ。そんな私の返答に、冷たいわーと呑気に返しながら、おそ松はベッドの脇に腰を下ろした。そしてガサガサとコンビニの袋を漁って、そこから缶ビールとポテトチップスを取り出す。私はそれをちらりと見ながら、軽くため息をついた。 「…こぼさないでよ」 「善処しまーす」 絶対嘘だと分かっていながら文句を言う気力もなくて、私は再び息を吐いた。 「あ、お前のはこっち」 そう言いながらおそ松がコンビニ袋から取り出したのは、みかん味のゼリーだ。思わずきょとんとしてそれを見つめる。 「お前ズボラだし、どうせ何も食ってねえんだろ。これ食っとけ」 「…お金払わないけど」 「は!?ここで普通はありがとうじゃねえの!?俺なに、どんな印象!?」 「そんな印象」 おそ松は心外だといわんばかりに盛大なため息をはくと、寝転がったままの私の顔を覗きこんだ。 「さっきパチンコ打ってたらがっつり勝っちゃったから、この優しいおそ松さまがお前のためにわざわざ買って来てやったんだぞ。感謝しろよ」 言いながら、おそ松は再び袋から何かを取り出した。ポカリに水に、それからプリンとレトルトのお粥。がっつり勝ったという割にそんなに豪華なラインナップではないのだが、それを出すと袋の中身はからっぽになった。 「…ねえ」 「ん?」 「おそ松の、それだけ?」 彼が自分用にと大切そうに囲っているのは、缶ビールとポテトチップスだけだ。おそ松は笑って答えた。 「あんま腹へってなかったし」 嘘だ、とすぐに分かった。パチンコで勝ったことも、お腹が空いていないことも、きっと全部嘘だ。嘘をつくとき、彼は少し困ったような顔で笑う。だけどそれがなんだかくすぐったい。 「……ありがと」 なんだかうまく言えなくて、ぽつりと出てきた言葉はそれだけだった。おそ松は少し驚いたような顔をしてから、すぐに嬉しそうに笑う。 「そうそう、盛大に感謝しろよ。今度たらふく奢れよ」 「やだよ」 おそ松の提案をばっさりと切り捨てても、彼はへこたれる様子はない。 「なんか食うか?」 「今いらない。お腹空いてない」 「ふうん」 答えながら、私はやっと目を閉じる。痛みは相変わらずひどくて、自然と眉間にしわがよった。 「もう寝るからね、勝手に帰ってよ」 痛みのせいか、いつになく思考はパッとしない。冷めた態度を示していることは今度謝るとして、今はゆっくり眠っていたかった。 すると突然被っていた布団がめくられて、驚いたように目を開くと、おそ松が無遠慮にベッドに潜り込んできていた。 「ちょ、ちょっとバカ!おそ松!」 「帰るのだるいし、寒いし」 「ねえやめて…!」 「病人相手になんもしねえよ」 そんなことを言いながらベッドに侵入してきた目の前の男は、布団をご丁寧に私にかけてから、その腕の中にすっぽりと私をおさめて目を閉じた。 「ちょっと、ほんとに…」 「頭痛いんだろ、大人しく寝とけ」 寝ていられるか、と喚きたかったが、頭は痛いし、優しく髪をなでる大きな手のひらが心地よくて、私は思わず口ごもってしまう。結局言い返せなくて、しぶしぶ目を閉じた。 「…起きたら覚えてろこの変態」 「怖い怖い。その前に帰るわ」 悪態をつきつつも、帰る、という言葉に寂しさを覚えて、思わずおそ松のパーカーの裾をつまんでいた。おそ松はくすっと笑う。 「おやすみ、渓」 優しい声でそう言われて、私は素直に温もりの中で目を閉じた。 わずかにタバコの匂いが混じったビールの香りが唇に触れたのは、秘密にしといてあげよう。 とある休日の、 (恋人になる前の二人) 2016.02.08 (1/3) |