12

別の警官が慌しく犲の詰め所にやって来て、不機嫌そうな蒼世に緊急事態だと報告を入れたのは、机に置かれた大量の書類が、凄まじい勢いで半分にまでなったときだった。葉月と武田を向かわせた宿屋の倉庫に大量の火薬があったらしく、浪人の一人がそれに火をつけたと言った瞬間、蒼世は一気に血の気が引いた。頭の中で鮮明に描かれたのは、葉月が爆発に巻き込まれる瞬間だ。
もはや積み上げられた書類などこなしている暇はない。蒼世は上着と帽子を身につけて立ち上がると、刀を持って真っ先に詰め所を出て行った。当然、蒼世だけでなく他の隊員達も事の火急さに目を鋭くさせると、各々武器を持って蒼世に続いた。

警察署からそう遠くない町の中心部からは、轟々と煙が上がっており、焼け焦げたにおいがそこら中に充満していた。町人たちも騒ぎ立ててはいるものの、それぞれが警官隊や町火消と一緒になって消火活動を行っている状況だ。
蒼世が急いで目的の宿屋の前に来ると、宿屋は見るも無残な姿で燃え盛る炎に包まれていた。その宿屋の消火活動を率いていたのは武田で、葉月の姿はない。蒼世の背筋を嫌な予感が這いずる。

「武田」
「隊長!」
「山摘はどうした」

冷静さを保ってはいるものの、蒼世の目はいつになく焦りを帯びていて、武田も思わずたじろいだ。

「そ、それが…」

武田は事のあらましを蒼世に説明する。子供を助けるために葉月が炎の中に飛び込んだのはついさっき、蒼世達と入れ違いだったらしい。それでも蒼世は気が気でならない。眉を顰めて燃え盛る宿屋を見つめてから周囲を確認すると、浪人達が警官隊に縛り上げられていた。蒼世はそこに近付くと、一番意識のはっきりしている浪人の胸倉を掴みあげた。その目は驚く程冷え切っていて、浪人もその恐ろしさに思わず身を硬くする。

「これでお前達の仲間は全部か」
「な、なんやお前…」
「全部かと聞いている」

蒼世の物々しい雰囲気に圧倒され、浪人は小さく悲鳴を上げてから焦ったように吐き出した。

「あ、あと一人!あと一人まだあの中や!」
「何?」
「た、大量の火薬を仕込んで、それに火ィつけたやつや!あいつ、火薬は脅しや言うてた癖に、ほんまに火付けよった!生きとったら何しでかすか…」

その言葉に、蒼世は目を見開いたまま固まった。つまり、仮にその浪人が生きていた場合、今あの中にいる葉月が狙われてしまう可能性もある。蒼世は男の胸倉を荒っぽく解放すると、犲の帽子と隊服を脱ぎ捨てて、消火作業をしていた男に近付いた。

「水を」
「え?」
「水を寄越せ!」

男は蒼世の勢いに押されて、慌てて桶に入った水を蒼世に手渡した。蒼世はそれを頭から被ると、迷うことなく炎の中に飛び込んでいく。背中から鷹峯や武田が呼び止める声が聞こえていたが、蒼世の耳に届くはずなどなかった。

炎の中に飛び込んですぐ、蒼世は少し遠くに葉月の姿を見つけた。その細い腕には少女が大切そうに抱えられている。何事もなくて良かった、と息を吐いた蒼世がなんとか二人に近付こうとしたそのとき、葉月の体がぐらりと傾いた。その瞬間、蒼世の息が止まる。
緩やかに崩れ落ちていく葉月のすぐ傍に、浪人の男が立っていた。男は、爆発の影響のせいか右半身が焼け爛れており、左手で力なく刀を握っていた。その刀には、真新しい血がぬっとりと纏わりついている。浪人の男は崩れ落ちた葉月を見下ろすと、ふらふらと刀を持ち上げた。それと同時に、蒼世の頭に警鐘が鳴り響く。

そこからは、もう何も考えられなかった。
火と瓦礫の山を無理矢理突っ切って、安倍の宝刀を引き抜きながら無我夢中で葉月の元まで駆けつけた蒼世は、男が振り下ろした刀を弾き返すと、躊躇うことなく浪人の男を切り捨てた。男は蒼世が現れるなど予想もしていなかったので、驚くことも出来ないまま血を噴いて倒れていく。
蒼世はすぐに刀をしまうと、崩れ落ちた葉月の体を支え上げる。その肩からどくどくと血が流れ続けているのを見て、蒼世は思わず声を荒げた。

「葉月!葉月しっかりしろ!」
「蒼…世」
「意識を手放すな!いいな!」

葉月は小さく頷いた。蒼世は自身のシャツを破って簡易的に葉月の肩にそれを巻き付けると、葉月が大切そうに抱きしめていた少女ごとまとめて横抱きにした。
二人の体を守るように抱え込みながら、蒼世は必死に出口に向かう。炎が行く手を阻み、瓦礫に足をとられてなかなか前に進めないが、鎮火は少しずつ進んでいるようで、先程よりも火の勢いは軽減されていた。

そうして無事に二人を連れて宿から出てきた蒼世は、二人の体をそっと地面に下ろしながら、張り裂けんばかりの声で叫んだ。

「救護班を呼べ!至急病院の手配を!」

蒼世の声を聞いた警官は、慌てて救護班を呼びつけた。少女の母親も目に涙を浮かべて駆け寄る。
少女の方は瓦礫で足を切って血を流してはいたものの、骨に異常は見られなかった。ただ、煙を多く吸っているため意識はすでになく、一刻も早く病院へ行かなければならない状態だった。真っ先に少女が担がれて病院に運ばれ、母親は泣きながらそれに付き添っていった。
一方葉月は、肩に外傷はあるものの、煙を吸いすぎた気配はなく、なんとか意識も保っていた。ただ、肩から流れ出す血は全く止まらない。血を失いすぎたせいか顔は青白く、痛みと暑さで脂汗が滲んでいた。眉間にしわを寄せたままぐったりとしている姿の葉月を見ながら、蒼世は頬についた煤を拭ってやる。

「葉月…」

蒼世が苦しげに名前を呼ぶと、葉月は薄っすらを目を開けて、ぼんやりと蒼世の顔を眺めた。

「蒼世…」
「喋るな、すぐに治療させる」
「あの子は…?」
「先に運ばれた。お前もすぐに…」
「これくらい、平気だよ」

力なくそう言って笑った葉月が、無理をして気丈に振舞っていることくらい誰の目から見ても明らかだ。蒼世はそんな葉月の笑顔を見て、分かりやすく表情を歪めると強い口調で言った。

「ふざけるな」

言いながら葉月の額に触れる手のひらには、痛いくらいの優しさが滲んでいる。

「これの何が平気だ、いいから喋るな。今は自分の心配だけしていろ」

口調はきついにも関わらず、真っ直ぐに葉月を見つめる視線から、誰よりもその身を案じていることが伺える。葉月にもそれは伝わったようで、素直に一度頷いてから、葉月はゆっくりと目を閉じた。
そんな葉月の手を、蒼世は強く握って離さなかった。

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