記録、実験六日目。

予定よりも急速に実験が進んでいる。
被検体『渓』が明暗を認識出来るようになった後、通常の三倍の量の大蛇細胞を投下し続けた結果、急激な細胞の増殖により被検体の体温は四十度近くまで上昇したままで一向に熱が下がる気配がない。急遽血液検査をしたところ、大蛇の細胞は問題なく体に馴染んでいるようで、高熱はその副作用であることが判明。

しかし、連日の高熱で被検体の生命が危惧されたため、今回の実験で細胞の投与を一旦中断。交代制で被検体の様子をこのまま確認し、熱が低下次第実験を進める。


十三、太田の願い


渓は六日目の実験からずっと実験室の寝台の上にいた。呼吸は荒く、時々苦しげな呻き声さえ上げるものの、一向に目を覚ます気配はない。太田は渓の傍に腰掛けて付きっ切りで渓の熱を計り続け、大蛇細胞が暴走しないように確認を続けているのだが、大蛇細胞はすんなりと馴染んでいるため下手に解熱剤も解毒剤も投与できないでいるのだ。ただ見守る事しか出来ない現状に深く溜め息をつきながら、太田先生は渓の顔色を伺う。高熱で汗をかき続けているというのに、その顔は青白く、血色を失っていた。いつもは愛らしく色付いている唇も、今では死人のような色に変わってしまっている。

外は静かな雨が振り続けていて、止む気配はない。夏の日の午後だというのに、実験室の中はなんだかやけに冷え切っていた。悲しみで凍りついた渓の心が泣いているようだと思いながら、太田は渓の額に滲む汗を拭って白く細い手首を軽く握る。命に関わる高熱だというのに、恐ろしいくらいに脈拍は安定しているのが不気味なほどだ。太田はそっと手首を離すと一服しようと立ち上がり、同じく渓の様子を見守っていた研究員に一声かけて実験室を出た。

実験室を出て左に伸びる薄暗く長い廊下を進むと階段があり、それを上った先の踊り場には大きな窓がある。実験室から一番近くで、軽く息抜きをするには丁度いい場所だ。太田がのんびりとした歩調でその踊り場に向かうと、そこには先客がいた。色素の薄い見慣れた髪の後姿は、開け放たれた窓の外へ真っ直ぐに視線を向けたまま姿勢を正して後ろ手を組み、ただ静かに男はそこに佇んでいた。太田は見慣れたその姿の隣に立つと、おもむろに煙管を取り出して火を付けて慣れた様子でそれを吸う。

「考え事か?」

薄い煙を吐き出してからそう尋ねてはみるものの、太田の視線もまた窓の向こうへ向けられていた。やけに機嫌の悪そうな空の色だ。

「渓の容態は?」

太田の質問に答える事はなく窓の外に視線を向けたままで、男も――蒼世もまた太田に尋ねた。太田は再び煙管をくゆらせてからゆっくりと答える。

「相変わらずの高熱続きじゃよ。熱は高いが死人のような顔をして、そのくせ脈は安定しておる。妙なもんじゃ」
「実験に影響は?」
「このまま高熱が続けば残り七日では無理じゃ。死んでしまっては元も子もないからな」

その返答に僅かに眉を寄せた蒼世だったが、すぐにいつもの涼やかな顔を取り戻してから太田を振り向いた。

「無理は承知の上ですが、死なせることなく残り一週間でどうにか実験を終わらせて頂きたい」

いつも通りで、それでいてやけに焦ったようなその声は、何かを隠しているようにも守っているようにも見える。太田も思わず面食らって、目を丸くすることしか出来ない。しばしの無言の後、表情を戻した太田は軽く息を吐いてから答えた

「何をそんなに焦っておる。急がねばならん理由でもあるのか?」

数回口に含んだだけの煙管の燃え残りを窓の外へと捨てた太田は、しばらく黙って蒼世からの言葉を待ってみたものの、蒼世は頑なにそれ以上の事を言葉にはしない。諦めて溜め息を吐いた太田の脳裏に浮かんだのは、すっかり明るさを失ってしまった渓の熱にうなされて苦しんでいる弱々しい姿だ。

彼女が背負わされた宿命は、孤独で小さな体が背負い込むには大きすぎる。その事を思えば思う程不憫に思えてならないというのに、これ以上無茶をさせて天火よりも遥かに厳しい内容の実験で苦しめる事を考えると、目の前の涼やかな顔の男に不満が湧き上がる。太田は不服そうに声を上げた。

「仮に後七日で実験が終えられなかったらどうなるというんじゃ。いくら渓が蛇の信者であろうと、これ以上体に負担がかかればあの子は死んでしまうぞ」
「…ならば、此方も仮の話をしましょう」

蒼世は憂いを帯びた瞳で、再び窓の外に目を向けた。

「七日後、このまま此処にいれば、渓が死んでしまうとしたら」
「なに…?」
「可能性の話です」
「一体、どういう…」
「太田先生」

蒼世はもう一度太田を視界に映しこむと、雨にかき消されそうなほど小さな声で言った。

「今から話す事を、誰にも口外しないと誓えますか」

太田は息を呑んだ。ずっしりと重い空気が蒼世の体に纏わりついていて、それがふわりと自分の方へ近付いて来たからだ。恐怖に近い感覚を味わいながらも何故か断りきることが出来なくて、太田は小さく、それでいてしっかりと頷いた。


 ● ●


その日の夜、渓の意識は緩やかに浮上した。随分長く気を失っていた気がする。寒気と気だるさが全身を包み込んでいて妙に体は重く、あちこち汗でべたべたとしていて気持ち悪い。その上ひどい空腹もあって、胃は気持ち悪さを訴えており、胃液しか出ないような軽い吐き気さえした。最悪の目覚めだ、と思いながら重い体を動かしてみようとするが、寝起きだということもあってか体は思うように動かない。指先を僅かに動かしたり、頭を左右に傾けたりすることで精一杯だ。目を開くことは許されていないので、相変わらず巻木綿の巻かれた瞼の向こう側がどうなっているのかも分からなくて、無性に不安が込み上げる。

「…誰か」

よく知りもしない場所で、暗闇の中一人ぼっちでいることが怖くて、渓は恐る恐る掠れた声を上げた。すると、聞きなれた優しい声が答えてくれた。

「起きたかの」
「…先生…」
「具合はどうじゃ?」
「少し…体が重くて…あと、お腹が空いてて…」
「大蛇の細胞を馴染ませるためにずっと体が働いておったせいじゃろう。待ってなさい、何か食事を持って来させよう」

渓の傍らに腰掛けていた太田は、目配せして部屋の中にいたもう一人の研究者の男に声を出さずに指示を出す。男はすぐに研究室を出て、渓の食事を取りに向かった。太田はその間に渓の額に手のひらを当てながら細い手首を軽く掴み、熱と脈拍の様子を調べる。熱はすっかり下がりきっているし、脈拍も相変わらず問題ない。薄暗い研究室の中でも分かるくらいに顔色も回復しているようで、ほっとして息を吐いた太田は、渓を寝かせたままで血液検査を行いながら声を掛ける。

「体に違和感はあるか?」
「いえ…体が重いのとお腹が空いている以外は、別に…」
「なら、食事をとって少し体を休めたら目の検査をしようかの。今のうちに部屋を明るくしておくぞ」
「はい…」

太田は立ち上がって部屋の明かりを少し強くする。渓は瞼の向こう側が明るくなったのを感じながら、とにかく早く食べ物を口にしたいと願っていた。ここ最近は細胞投与の量が増えた副作用による高熱でまともに食事も出来ていなかったのだ、空腹に襲われるのも仕方のないことだろう。

実験室で出される料理は基本的に冷え切っていて、お世辞にもおいしいと言えるような物ではなかったが、そんな料理さえ恋しくなる程に自身のお腹は空腹を訴え続けている。一刻も早く何か口にしなければ、本当に胃液を吐き出してしまいそうだ。

「起き上がれるか?」

席を立ったついでに太田はお茶を持って渓の傍に戻ると、小さな背中を支えながらゆっくりと渓の上体を起こすのを手伝う。始めは体の重みに手こずっていた渓だったが、上体を起こしきってしまえばそれも和らいだようで、手渡されたお茶をまだ気だるさの残る腕で受け取った。

渓はゆっくりとそのお茶に口をつける。緑茶の爽やかな味わいが口いっぱいに広がって、生温い液体が乾いた喉を潤していく。お茶を飲み干してから息を吐いた渓は少し満たされたようで、落ち着いた口調で太田に尋ねた。その声にも潤いが甦っている。

「先生、ここ、実験室ですか?」
「そうじゃ。四日目の実験が始まってからずっと高熱に魘されておったからの、儂らの目の届く範囲に居てもらった」
「じゃあ、今はもう、何日目…?」
「お主が此処へ来て七日目になるかの」
「そう、ですか…」

太田の返答にひどく衝撃を受けてしまった渓は、すっかり気分を落ち込ませて俯いてしまった。無理もない、高熱で寝込んでいたという三日間のことなど、全く記憶にはないのだから。

「落ち込むことはない。お主はここで過酷な実験と戦っておった。高熱も疲労もそのせいじゃよ」

太田はそう言い聞かせるものの、渓はなかなかその言葉を受け入れる気にはならなかった。自分の中からすっぽりと抜け落ちてしまった三日間、大蛇の細胞と戦った記憶も、苦しんだ記憶も、何一つ残ってはいないのだ。ただ目が覚めたらいつになく体が気だるく、動かせないほどに重かっただけのことで、その間にどれだけ恐ろしい実験が行われていたとしても、自分の体に異変が起こっていたとしても、それに気付くことは一生ない。

自分の体だというのに「何も知らない」ということ、それがどうしようもなく怖かった。

渓は気だるさ以外に自身の体に違和感はないかを探すが、空腹であること以外は何も思い当たることはない。結局その空腹のせいで違和感を探すことさえ億劫になり、誤魔化すように空になった湯のみを太田に着き返した。太田が黙ってそれを受け取ると、やけに重い空気が実験室の中に落ちる。そんな時、渓の食事を取りに行っていた研究員がふらりと戻って来て、相変わらず冷めきった食事をベッドの脇の机に並べたことで、重い空気は緩やかに晴れて行ったのだった。


いつぶりかも分からないまともな食事は渓の空腹を満たしていった。美味しいとは言い難い食事も、極度の空腹状態になるとやけに美味しく感じるものだと思い知らされる。あっという間に食事を平らげた渓は、少し気持ちも落ち着いたようで満足そうに息を吐いて両手を合わせた。

「ごちそうさまでした」
「よほど腹が減っていたようじゃな」
「はい、こんなにお腹が空いていたの、生まれて初めてです」

落ち着いたらしい渓の口調は柔らかく、まだ気だるそうな表情はしているものの顔色も悪くない。太田は視力検査の準備に取り掛かりながら、のんびりとした口調で渓に問いかけた。

「ところで渓、お主、目が見えるようになったら何をするんじゃ?」
「見えるようになったら…?」

その質問と同時に、脳裏に過ぎったのは当然柔らかな白髪の男だ。時期がくれば自らの中から失われてしまう、この世でたった一人の愛しい男のぼんやりとした姿に、思わず胸の奥がぎゅっと詰まった。

「何をするか、したいかは…まだ分かりません。けど、とても、嬉しいと思います」

それは紛れもない本心だ。しかし、同時に寂しさが胸を突く。

「ただ、それによって何か…きっととてつもなく大きな何かを、失ってしまうから…失ってしまった事さえも忘れるのかと思うと、ちょっと怖くて…」

渓の目には、すでに光が甦っている。だとすると、このまま実験が続けば間違いなく渓の視力は快方に向かうだろう。そうなれば約束通り、大蛇と蛇の信者、そして大蛇の眷属に関わる全ての記憶は消えてしまう。それを拒むことは許されていない。

渓は、彼のことをなるべく考えないようにしていた。いずれ記憶から完全に消えてしまう人だ、例え記憶を失った先の『賭け』を彼の部下らしき者と間接的に交わしていたとしても、渓自身がその約束を覚えていられる保証はない。ましてや、"自分"という存在を忘れてしまった女の元へ彼がのこのこ現れるという絶対的な保証もない。

本当は、忘れてしまうことよりもずっと、忘れられることの方が怖いのだ。大切な人であればあるほど、その絶望は大きい。それでも信じていたいのは、もう一度愛せる可能性を自分の中で見出しているからだ。心の奥底に眠る不安を押し殺してでも、信じていたい気持ちに変わりはない。

だが、悲しい事に考えれば考えるほど、こうして思考は深い闇の底に沈んでいく。出来るだけ前向きに色んな事を捉えていたいのはやまやまなのだが、不意に黒く塗りつぶされた未来が見えてしまうと、どうしても明るい想像は出来なくなってしまう。

渓は浮かび上がった彼の事を振り切るように一度頭を振ってから深呼吸をして、出来るだけ明るく努めようと無理な笑顔を貼り付けながら言った。

「ごめんなさい、暗いことばっかり云っちゃって。先生、今から視力を見るんですよね?」
「ん?ああ、そうじゃな…」

太田は言葉を濁すと、誤魔化すように咳込んでからいつも通り渓に向き合った。

「では、木綿を外すぞ」
「はい」

しわがれた手が渓の目元に伸び、幾重にも巻かれた巻木綿をゆっくりと解いていく。はらはらとそれが落ちていく度、隠された渓の目元が露になる。そうして緩やかに解かれた巻木綿の向こう側で、閉じられた渓の目が解放された。整えられた黒く長い睫毛は相変わらずお行儀良く伏せられたままだ。

「よいか渓、儂の合図でゆっくり目を開けるんじゃ」
「分かりました」

太田は部屋の明かりを少し弱めてから渓に合図を出す。いつもよりも薄暗くなった部屋の中で、渓はゆっくりと目を開いた。真っ先に渓が認識したのはやはり光で、まだ慣れない眩しさに目を細めながらも、徐々に明るさに慣れていく黒い瞳が静かに景色を映し出した。

そして完全に目を見開いた渓は、大きな目を見開いたままで固まってしまった。太田は伺うようにそっと声をかける。

「どうじゃ?前回と何か変わったことはあるか?」

太田の問いかけた方に向かって、渓は真っ直ぐに視線を揃えてから、きょろきょろと周囲を見渡した。それから再び太田に視線を戻すと、迷うことなく皺の寄った頬に指先を当てて、ぽつりと小さな声で言った。

「…見える」
「何?」
「先生の顔も、部屋の中も、全部、見えます」

思いもよらなかった渓の発言に驚いた太田は、慌てたように目の前の細い肩をがしっと掴んだ。

「ほ、本当か!?全部はっきりと見えておるんじゃな!?」
「あの、でも、色はなくて…全部良く見えてるけど、色は、分からないです…」

突然目が見えるようになったこともあるのだろう、渓も困惑しているようで、景色が見えるようになったことに対して感動を覚えている様子はない。視界はくっきりとしていて、絵のように平面のような世界が広がっているわけではなく、きちんと立体として物を認識する事は出来ていた。陰影もあり明るさと暗さを区別することも当然出来ているが、見えているのは白と黒で構成された質素な世界だ。色を感じない事に違和感はあった。

たどたどしくも懸命に説明する渓の言葉を太田は一語一句漏らすことなくきちんと聞き入れると、想像以上に渓は大蛇細胞と相性が良いことを改めて痛感した。これが大蛇の眷属の最高峰であり、その血を分けた『蛇の信者』という一族なのだろう。普通の人間であれば、ここまで急いだ実験を行えば自我を保つことはおろか、生きていられるかどうかも分からないし、仮にそれが天火だったとしても十年もの実験に耐えられるという保証はない。その実験を、渓はたった数日で耐え切ってしまったのだ。

蒼世から告げられた猶予は残り七日。しかし、このまま順調に実験が進めば七日もかからずに渓は視力を取り戻すだろう。

人あらざる者―――僅かに込み上げた渓に対する気持ちを押さえ込みながら、太田は言葉を選んで口を開いた。

「渓、お主、このまま実験を続けることに不満はないのか?」
「え?」
「記憶を―――あれに関わる全ての記憶を消されると聞いた」

何の記憶が消えるのか、誰の記憶が消えるのか。その名前を言葉にしなかったのは太田なりの優しさなのだろう。渓は少しだけ困ったように微笑みながらその質問に答えた。

「知ってたんですね」
「今日聞いたばかりじゃ、今までは知らなんだよ」
「…消えてしまうのは、失ってしまうのは怖いけれど…」

一旦言葉を区切って、渓は少し寂しそうに笑った。

「それしかないから」

渓の決意に、太田はそれ以上何も言えなくなった。渓の気持ちを思えばここで実験をやめるように勧める事も出来るのだが、渓自身が決意を固めて此処にいるのであれば今になってその決意を揺らがせてしまうことになる。太田は少し息を吐いて、真っ直ぐに渓を見た。

「そうか、ならもう何も云うまい。実験はきつくはないかの?」
「うーん…私ずっと眠ったままだから、寝起きが少し気だるいくらいかな。だから平気です」
「今まで通りの調子で実験を続けても問題なさそうか?体に負担が大きければ少しくらい負担を軽くする事は出来るぞ」
「ううん、大丈夫。早く終わった方が、みんなにとってもいいはずだから」

渓はそう言ってふわりと笑った。それから再びきょろきょろと辺りを見渡してから、見えるという事実を改めて実感する。しかし色を感じないのでやはり違和感はあるのだろう、見える事に感動を示す様子はなく、終始馴染みのない白黒の景色を眺めるばかりだ。

そんな渓を眺めながら、太田はぼんやり考える。渓にとって一番の幸せとは何か、それを叶えてやれる者は現れるのか。その全てを理解した上で、渓の記憶を消そうとしている蒼世は、今何を考えているのか。

渓という個体を囲っている世界は、今はそう優しいものでも、温かいものでもない。だからこそ、自分くらいはこの環境の下で願ってやろう。この先彼女の生きていく道が、せめて幸せであるように。

「渓よ」

太田が呼べば、渓は素直に太田を見つめた。大きく丸い漆黒の瞳は、徐々に世界を取り戻しつつある。

「今から薬を少しだけ投与して様子を見ようと思うが、構わんかの」
「はい、大丈夫です」
「きっと薬の副作用で眠気が来るじゃろう。無理せず素直に寝てしまいなさい。気分が悪くなったらすぐに云うんじゃぞ」

太田は再び巻木綿を渓の目元に巻きつけて、ゆっくりと寝台の上に寝かせ大蛇細胞を混ぜ込んだ薬を準備し始めた。

「先生」

穏やかな声が太田を呼んだ。太田が声を方を振り向くと、目を閉ざされた渓が柔らかく微笑んだ。

「ありがとう、心配してくれて」

その言葉に太田は薄っすらと笑った。光を失い、絶望の底に引きずりこまれてもなお、目の前の娘は変わらない優しさを確かに持っている。

大丈夫、彼女なら、幸せになれる。

確信はなかったが、そう思うことしか太田には出来なかった。幼い頃から天火と共に孫のように可愛がってきた一人の娘の幸せを思いながら、太田は罪悪感と共にゆっくりと薬を渓へと打ち込んだ。

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