【24:崩壊した都市カルボクラム】

ユーリとケイは魔核ドロボウの手がかりを探すため、バルボスの情報収集を行っていた。時々ケイが商店に気を取られてふらふらとしてしまうので、ユーリはケイの手を取って歩く。傍から見ると一見カップルのように見えるが、ユーリがケイを諫めていることがほとんどなので、どちらかといえば関係値は兄妹に近い。実情としてはケイの方が二つ上ではあるが、どの角度から見てもそういう風には見えはしない。しかし、当然ながらケイがそんなことを気にする様子は微塵もなかった。
そんなとき、ふと思い出したようにユーリが呟く。

「そういや、レイヴンとかいうおっさん、ラゴウの屋敷でどうしたかな」
「あー、そういやいたね、なかなかおもしろいおじさま」

この瞬間まで忘れてたけど、と続けて、ケタケタとケイは笑った。ラゴウの屋敷に潜入する際に出会った、胡散臭いグレーの髪をした男の顔を思い出しながらユーリは続ける。

「竜使いやら騎士団が乗り込んできて、あわくって逃げ出したか」
「上手く逃げれてたらいいねぇ、また会いたいし……って、あれ?」

そんな会話をしていると、ふと目の前に紫の服を着た褐色の肌の男―――レイヴンの姿が見えた。グレーの髪を潮風にゆらしながら、男はぼうっと海を見つめている。
ユーリとケイは無言で顔を見合わせてから、ゆっくりを男に近付いて背後から声をかけた。

「ハァイおじさま」

いつのまにかユーリと繋いでいた手を離したケイが、いつもの調子で声をかける。男はビクッと肩を震わせて、作り笑顔を張り付けながら振り向いた。

「ん……よ、よぉ、久しぶりだな」
「挨拶の前に言うことあるだろ」

冷ややかな目でそう言ったユーリに対し、申し訳なさを滲ませるわけでもなく、レイヴンは顎に手を添えてわざとらしく感がる様子を見せる。

「挨拶よりまず先にすること?うーん……」
「ま、騙した方よりも騙された方が忘れずにいるって言うもんな」
「俺って誤解されやすいんだよね」
「無意識で人に迷惑かける病気は医者行って治してもらってこい」
「そっちもさ、その口の悪さ、なんとかした方がいいよ?」

レイヴンとユーリの掛け合いに、ケイはケラケラと笑う。レイヴンに騙されたのはケイも同様だというのに、あまりレイヴンに対して怒りの感情は持ってないらしい。目の前でコントでも繰り広げられている気分になっているのか、随分上機嫌な様子だった。そんなケイの態度に、ユーリも思わず気が抜けてしまう。

「まぁまた会えてよかったよおじさま、無事で何より」
「いやぁ〜、そこの口の悪い兄ちゃんと違って優しいお嬢さんだねぇ、ケイ・ルナティークちゃん」
「どういたしまして、レイヴンおじさま」

ニコニコと答えるケイの手を取ったレイヴンは、その白い手の甲に口をつけようとしたのだが、それを不機嫌な様子で阻止したのはユーリだ。レイヴンの手を小気味の良い音を立てながら払いのけると、ケイを隠すように一歩前へ出る。

「あんまふらふらしてっと、また騎士団にとっ捕まるぞ」

ユーリの言葉を聞いたレイヴンは、わざとらしく肩をすくめて答えた。

「騎士団も俺相手にしてるほど暇じゃないって。さっき物騒なギルドの一団が北西に移動するのも見かけたしね。騎士団はああいうのほっとけないでしょ」

その発言にユーリとケイの表情にも険しさが浮かぶ。少し悩んだ様子でユーリは訊ねた

「……物騒か、それって、紅の絆傭兵団か?」
「さあ?どうかな」
「ていうかさ、おじさまはなんであの屋敷にいたの?」

ユーリの背後からひょっこり顔をのぞかせてケイが疑問を投げかけると、レイヴンは軽くウインクしながらケイを見た。

「ま、ちょっとしたお仕事。聖核(アパティア)って奴を探してたのよ」
「「聖核?」」

ユーリとケイの声が重なる。

「魔核のすごい版、だってさ。あそこにあるっぽいって聞いたんだけど、見込み違いだったみたい」
「ふーん……聖核、ね」

その言葉を確かめるようにユーリが呟くと、背後からユーリを呼ぶカロルの声が聞こえて三人は振り返る。フレンたちとの会話が済んだのであろうエステル、カロル、リタの三人がこちらへ向かって歩いていた。
リタはレイヴンの顔を見つけた途端ピタッと足を止めると、その顔をみるみるうちに鬼の形相に変貌させてわなわなと震えだした。げっ、と小さくレイヴンが零す。

「逃げたほうがいいかねえ、これ」
「ひとり好戦的なのがいるからな」

端的なユーリの回答を聞いたレイヴンは、何も言わずにユーリとケイに片手をふると、慌ててその場から逃げ出した。ケイは立ち去るレイヴンの背中にひらひらと手を振り返す。

「待て、こら!ぶっ飛ばす!」

リタは叫びながら逃げていくレイヴンの背中を追いかけた。潮風と共に駆けていくその背中を見送りながら、ケイは元気だなあと呑気に呟く。あとからカロルも走ってきたのだが、すでに息も絶え絶えでユーリとケイのそばに到着した途端に足を止めた。膝に両手をついて息を整えながら、丸い瞳でユーリを見上げる。

「はあ……はあ……。なんで逃がしちゃうんだよ!」
「誤解されやすいタイプなんだって」

小さなカロルの頭を優しくぽんぽんと叩きながらケイが答えると、カロルは意味が分からないといった表情でケイを見つめるばかりだ。
しばらくカロルが息を整えていると、悔しそうな顔をしたリタが戻ってきた。ギリギリと奥歯を噛むようにして、相変わらずの形相で呟く。

「……逃がしたわ。いつか捕まえてやる……」
「ほっとけ。あんなおっさん、まともに相手してたら疲れるだけだぞ」

息を荒くしながら腕を組むリタを窘めるようにユーリが言うと、遅れてエステルがやって来た。突然走ったこともあって、エステルも呼吸を乱している。そんなエステルを見かねたケイは、呆れたように眉を下げながら笑みを零すと、ユーリの服の袖をちょいちょいとつまんでその端正な顔を見上げる。緑と黒の瞳が重なりあって、ようやくケイは言葉を発した。

「ちょっと休憩させてあげましょ」

ケイはそう言うと、呼吸を乱すエステルの手を取って、すぐそばにあるベンチに腰掛けるよう誘導した。そんなケイにエステルは微笑みかけながら感謝を述べる。そんな二人の姿をみながら、ユーリもひそかに表情を綻ばせて、このまま穏やかに過ごしてくれよと心の中で呟いた。

「じゃ少しだけな。そしたら行くぞ」
「行くって、どこに行くの?」

カロルは驚いた様子でユーリの顔を見る。行先など決まっているとは思っていなかったらしい。カロルの問いにユーリは続けた。

「紅の絆傭兵団の後を追う。下町の魔核、返してもらわねえと」
「足取り、つかめたんです?」

息を整えながらエステルが訊ねると、ユーリは一度うなずいてから答えた。

「北西の方向に怪しいギルドの一団が向かったんだと。やつらかもしんねえ」
「北西っていうと……地震で滅んだ街くらいしかなかった気がするけどなあ」
「そんなところに何しに行ったんでしょう」
「さあね」

カロルとエステルが続けた言葉に対し、肩をすくめながらケイは答えた。その返答を聞いたリタは、腕を組みながら眉を顰めて睨むようにケイを見つめた。

「そんな曖昧なのでいいわけ?」
「だから、行って確かめんだろ」

疑うような声色で放たれたリタの言葉に答えたのはユーリだ。奪われた魔核を取り戻すための旅が、随分遠いところまで来てしまったものだなとふと思う。

「んじゃ、行きますか。怪しい一団追いかけに」

パチンと手を叩いてケイが言うと、エステルもうなずいて立ち上がった。そうして一行はトリム港を後にし、水道魔導器の魔核を求めて北西へと進むのだった。



北西に向かう道中で、カロルは地震で崩壊したという街について簡単に教えてくれた。その街はどうやら十年程前までどこかのギルドが拠点にしていたそうだが、どこのギルドだったかまでは分かっていない。また、街が崩れるほどの地震があったという話は、アスピオで過ごしていたリタは聞いたこともないというのだが、別大陸での話なので情報が行きわたっていなかっただけではないかとこの会話では結論付けられた。

襲い来る魔物をうまくあしらいながらしばらく歩くと、広大な森が広がる地域に辿り着いた。空にはどんよりとした鉛色の雲が広がり、雨が降りしきっている。一行はまた雨かとげんなりしたものの、足を止めるわけにはいかない。
日の差さない雨の森は視界が悪く、ぬかるんだ地面が行く手を阻む。そんな中でも戦闘を強いられる上、徐々に体温を奪う雨も相まって体力は削られていった。そんな状況下だ、いつケイの風邪がぶり返すかも分からない。ユーリは定期的にケイの顔色を伺いながら、彼女の無事をこっそりと願っていた。

そうして広大な森を抜けた先で、ユーリたちはようやく人気のない街へ辿り着いた。コケの生えた建物は崩れ、街中に雑草や木々が生い茂っている。住む人を失った街の中、聞こえてくるのは雨が打ち付ける音だけだ。陰鬱な気配と静けさがやけに不気味な雰囲気を醸し出している。

「こりゃ、完璧に廃墟だな」

街の入口でぐるりと周囲を見回したユーリが言った。そんなユーリを振り返って言葉を発したのはリタだった。

「こんなところに誰が来るっていうのよ」
「まだいい加減な情報、掴まされたかな……」
「そこで止まれ!」

ぼそりとユーリが呟くと、言い終わるや否や、突如頭上から少女の声が降り注いできて、一行は声の方を振り向いた。

「当地区は我ら『魔狩りの剣』により現在、完全封鎖中にある。これは無力な部外者に被害を及ぼさないための措置だ」

視線の先には、カロルよりも少し背の高い小柄な少女が崩れた建物の壁に立っていた。その体には不釣り合いな、大きな三日月型の刀を背負っている。左側で縛った髪は雨を含んでぐっしょりと濡れていた。

「ナン!」

少女を見つけたカロルは嬉しそうに声を上げる。ナン、と呼ばれたその少女はカロルを見つけると不快そうに顔をゆがめた。翡翠色の瞳は睨むようにカロルを見つめているが、そんなナンの様子は気にするでもなく、カロルは明るい声で続けた。

「よかった、やっと追いついたよ。首領やティソンも一緒?ボクがいなくて大丈夫だった?」
「なれなれしく話し掛けてこないで」

カロルの問いかけに対して、ナンはぴしゃりと冷めた声で言い放つ。カロルは驚いた顔でナンを見つめて言った。

「冷たいな。少しはぐれただけなのに」
「少しはぐれた?よくそんなウソが言える!逃げ出したくせに!」
「逃げ出してなんていないよ!」
「まだ言い訳するの?」
「言い訳じゃない!ちゃんとエッグベアを倒したんだよ!」
「それもウソね」

何やら始まった言い争いに、ケイは長くなりそうだなと察すると、誰にも気付かれることなくこっそりと街の中へと足を進める。ひとまず、この先に何があるかを確かめておこうと思い至ったのだ。そんなケイに気付く様子もない一行は、カロルとナンの言い争いをただ見つめていた。

会話の内容によると、どうやらカロルはいくつかのギルドを転々としていたらしいが、どこも逃げ出して追い出されてしまっていたらしい。それでナンに誘われて"もう逃げない"という約束の元、魔狩りの剣へ入ったものの、今回はぐれた際も逃げたと思われたらしい。思い返せば、ハルルの街でカロルは誰かを探していたようだった。それがナンだったのだろう。
過去の経緯をナンに暴露されてしまったカロルは誤魔化す様に叫んだものの、取り繕ってももう遅い。その場でカロルのクビを宣言したナンは、一刻も早く立ち去るようユーリたちに警告すると、カロルを置いてさっさと消えてしまった。

ナンが去った後、カロルは俯いて黙り込んでしまった。まだ幼い少年の顔を雨が伝う。何か声をかけようと思うエステルだったが、どう声をかけていいのかも分からず、暗い空気をまとうカロルをじっと見つめる事しか出来ない。そんな雰囲気を切り替えるように、いつものトーンで声を上げたのはユーリだ。

「それにしても、どうして魔狩りの剣とやらがここにいんだろうな」
「さあね」

そう答えて、リタはさっさと森に入ろうとする。慌ててリタを引き留めたのはエステルだ。

「リタ、待ってください。忠告忘れたんですか?命の保障をしないって……」
「でも、入っちゃダメとは言ってなかったでしょ。それに、さっさと先に行っちゃった奴もいるわよ」

リタの言葉にユーリとエステルは周囲を見渡す。どこを見てもケイの姿はない。ユーリは呆れたように溜息を吐いた。

「ったくあのバカ……」

ちょっと目を離すとすぐこれだ。病み上がりだという自覚も、ユーリに心配をかけている自覚も、ケイ本人には毛頭ないらしい。仕方ないので、ユーリも森の方へ足を進める。

「ケイも先に行っちまったし、紅の絆傭兵団の姿も見えないし、とにかく奥を調べてみようぜ」

その言葉を合図にエステルとリタも歩き出す。カロルが追いかけてくる気配がないのでユーリが振り返ると、カロルは不安げにユーリを見つめていた。クビだといわれてしまった以上、カロルの行く当てはもうない。捨て犬のような瞳で見つめられて、ユーリは小さく笑みを零す。仕方ないなと思いながら、ユーリはカロルに向かって声をかけた。

「危ないから入って来るなって心配してくれてたんだ。希望の光はあるんじゃねえの」

一人ぼっちになってしまった少年を放置していくほど、彼は心根の冷たい男ではない。ユーリの言葉にカロルはようやく安心した表情になると、慌てて自分より大きな背中を追いかけた。こうして一行は、禁じられた場所へ足を踏み入れたのだった。


荒廃した街を進んで奥へ向かう。地震で崩壊した街だと聞いてはいたが、建物の崩れ方や荒れ方を見ていると、どうも災害で崩壊したようには感じられない。道中、開けることの出来ない鍵のかかった建物や、起動できない転送魔導器(キネスブラスティア)があったので、ひとまず起動装置を探すことになった。

いつもなら行く手を阻む魔物の類は、すでに絶命した状態であちこちに横たわっていたので、わざわざ戦うこともなくスムーズに進むことが出来た。ここへ来るまでの間に森の中で体力を奪われた一行にとってはありがたいことだが、その亡骸には見知った銃弾の跡が見える。まず間違いなくケイの仕業だろう。
ついでに自身の発明品を試したかったらしく、よくわからないネバネバに覆われたものや黒焦げになったものまで、バリエーション豊かで物騒な『魔物だったもの』が転がっている。肝心のケイはひとりで随分奥へ進んでしまっているようで姿は見えなかった。

一般的にみても大きな街ではあったが、崩壊した瓦礫が道を塞ぎ、街の外と内側の境界線があやふやになっているところも多く、迂回して進まなければいけないところやたどり着けない場所も散見されたため、移動にはそれなりに時間を要した。ましてや雨で足元も悪く、メンバーは女子供が大半だ。戦えるメンバーが揃っていることは幸いだったが、それでも時間がかかるのも無理はない。

そんな街中を進んでいくと、鍵穴のない扉が地面に向かって建てつけられているのが見えた。開け方の分からないその扉をユーリが何気なく蹴りつけると、ギィ、と鈍い音を立てて扉が開く。覗き込んでみると、石畳の階段が明かりのない地下へと続いていた。
ユーリを先頭に暗闇が広がる階段を下りていくと、小さな空間が広がっていた。長い間使われた形跡はなく、湿気た空気が重たく充満している。鼻を刺すカビのにおいに、エステルは思わず眉を顰めた。お城住まいの身ではまず感じる事はない不快なにおいだ、顔をしかめるのは無理もない。

「あれ?これ何の装置?」

日も差し込まないじめじめとした小さな空間をきょろきょろと見回していたカロルが、何かを見つけてその片隅に駆け寄った。そこにはカロルの身長ほどの高さのある古びた魔導器のようなものがぽつりと置かれている。どうやら転送魔導器の起動スイッチのようだ。起動させようとリタが調べてみたものの、カピカピと奇妙な音が鳴るばかりで動く気配はない。

「何も起こりませんね」
「エアルが足りないのよ」

首をかしげてそう言ったエステルに対して答えたのはリタだ。エアル不足で動かすことが出来ないらしいが、これを起動しなければ転送魔導器は使えない。ユーリはしばらく考えて、ふと思いついたことを口にしてみる。

「……シャイコス遺跡でもらった、あのリングでなんとかなんねぇか」
「ソーサラーリングね。わかんないけど……でも、試してみる価値くらいはあるかもね」

リタは考え込むように顎に手を添えながら言った。ユーリは起動スイッチの前でソーサラーリングを構えると、そこへため込んだエアルを充填する。噴射されたエアルの塊を受けた起動スイッチは、ガタガタと音を立てながらたちまち稼働を始めた。それを見て、エステルはほっとしたように息を吐く。

「これで上の転送魔導器も使えるかもしれませんね」
「あぁ、行ってみようぜ。ケイもいい加減その辺まで戻ってきてるだろうしな」

肩をすくめて呆れたようにユーリは言うと、地上へ向けて石畳の階段を上っていく。外の空気は雨を含んでしっとりしていたものの、こもった空間の重苦しくカビくさい空気よりはずっとましだった。深く息を吸い込めば、新鮮な空気が肺を満たして浄化していく。濡れた木々の匂いさえ心地いい。綺麗な酸素を思い切り堪能してから、ユーリは再び周囲を見回す。魔物の気配も、ケイの姿も見えはしない。自由過ぎるのも困ったものだ、とは思うが、今に始まったことでもないので結局先に諦めの感情が浮かぶ。そんなユーリの気持ちを見透かしたかのようにリタは言った。

「ところであんたの幼馴染、どこ行ったのよ」
「さてね、俺が知るわけねえだろ」
「ケイ、ひとりで大丈夫でしょうか……」

エステルはぽつりと呟くと、不安げな表情を浮かべながら両手を胸の前で握りしめた。しかし、祈ったところでやってくるケイではない。

「ま、そのうち合流できるさ。ひとまずさっきの転送魔導器を見に行こうぜ」

ユーリにそう催促されたエステルは、心配そうな表情を浮かべつつもユーリの後に続き転送魔導器があった場所へと引き返した。
転送魔導器は一見何の変化も見られなかったが、起動スイッチ同様にソーサラーリングでエアルを充填すると、雨の音ばかりが響く環境に似つかわしくない起動音を立てながら作動した。どうやら行きたい方向へ操作すると、ある程度の距離まで自分たちを運んでくれる魔導器らしい。ワープのようなものを期待していたユーリにとっては少し物足りないものではあったが、通れない場所を進むのには丁度いい。

ユーリを先頭にそれぞれ転送魔導器を利用して、瓦礫が重なって渡ることができなかった街のさらに奥へと足を踏み入れると、まだ形を有した建物がいくつも並ぶ場所に出た。生活の痕跡も見受けられるので、住居が並ぶ場所だったのだろう。あたりは静まり返っていて、魔物の気配もない。まだ真新しい魔物の死骸を見る限り、そこにはいい加減見慣れた弾痕が見て取れる。

ユーリたちの頭の中に、心当たりのあるミルクティーブラウンの髪を揺らす女の顔が浮かぶ。どうやってこんなところまで来たのか、と思っていると、ユーリたちの目の前にある廃墟の扉が突然開いた。慌てて武器を構える一行だったが、目の前に現れたのはまさにその『心当たりのある女』だった。

「あらユーリ」

やけに上機嫌な様子のケイは、ユーリの顔を見るとにっこりと笑った。その笑顔があまりにも美しくて、余計に腹立たしい。

「おいケイ、ひとりで勝手に―――」
「ねぇ見て!ほらこれ!」

文句を言おうとユーリが口を開きかけたが、ご機嫌なケイの興奮した声であっさりとかき消される。そしてユーリの目の前に突き付けたのは、見知らぬキノコや植物が大量に詰め込まれた袋だった。生後半年の赤子ほどの大きさはあるその袋は、今にもはち切れそうなくらいに膨れ上がっている。ケイはキラキラとした瞳でユーリを見上げながら、やたらと饒舌に語り始めた。

「見てよこれ!図鑑でしか見たことないものばっかり!これなんて珍しい毒キノコなのに、この家の中にめちゃくちゃ生えてたの!やっぱ湿地だからかな?これで毒の銃弾とか作ってみるのおもしろそうじゃない?それからこれ!このヘンテコな葉っぱ!すごく古い時代からあるものなんだけど、昔はこれで傷薬とか作ってたらしい!作ってアレンジ加えてみるのも楽しそうよね!あとこの木の実は湿地でしか見られないもので、甘酸っぱくておいしかったの〜!ドライフルーツにしたら保存もきくだろうし、旅にはうってつけ―――」
「わかった!わかったから落ち着け」

まるで夢見る少女のような瞳を浮かべて、早口で捲し上げるケイの肩をつかみながら落ち着ける。きょとんとした顔に浮かぶグリーンの瞳を見つめながら、ユーリは深く長い息を吐いた。目の当たりにした無邪気さに怒りも毒気も抜かれてしまって、もう文句を言う気すら起きない。軽く息を吸い込んでから、ユーリは諦めたように優しい声で言った。

「危ねえから、あんまりひとりでウロウロするなよ」
「え?あぁゴメンゴメン、楽しくってつい」
「で、ここへはどうやって来たんだ?」
「どうやってって……ぴょーんって飛び越えて」

あっけらかんと答えたケイに、一同は大きく息を吐いた。そういえば、ケイは二丁拳銃を構えて飛び回りながら戦うスタイルだったことを思い出す。わずかな足場をひょいひょいと飛び渡って、あっさりここへたどり着いたのだろう。ひとりで行動していたから出来たことだ。
ユーリは喉元まで出かかった叱責を飲み下す。危ないからとか心配だとか、そういう類の言葉をケイに言ったところでどうしようもない。『何でも屋』なんていう謎の職業で、それなりに裕福な生計を立てていたケイには、恐らく何を言ったとてほとんどが意味をなさないことを、ユーリはとっくに知っていた。それでも不安に駆られるのは、愛しているが故だ。

「ともかく、入れ違ってはぐれても困るんだから、単独行動は控えてくれよ」
「はーい」

上機嫌で答えたケイは、嬉しそうに袋を抱えながら右手を高らかに上げる。そんなケイを見て、リタは頭を抱えてしまった。文句も言わないユーリに変わり、口を開きかけたのはやっぱりリタだ。

「あんたねぇ、もうちょっと周りのことも考えて…」
「あ、そういえば」

そんなリタの言葉を遮ると、ケイはカロルに視線を寄越した。リタもこれには発言を諦めざるを得ない。

「さっきの女の子、ナン、って言ったっけ?この奥にいたわよ。多分魔狩りの剣の人たちと。合流しないの?」

ケイの言葉を聞いたカロルは、分かりやすく肩を落とした。今しがたクビを宣言されたところなのだから当然である。言葉も出ないカロルにケイは首をかしげるばかりだ。仕方ないので、結局ユーリが次の目的を口にする。

「どうせこの先も一本道だし、ついでに様子くらい見ていくか」

こうして一行はようやくケイを迎え入れ、街のさらに奥へと足を踏み入れるのだった。

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