最遊記 | ナノ

荒れた大地に夜が降り積もって、ぼんやりと考えていたのは次の町のこととかこれからのこと。

そしてあなたのこと。

明後日には次の町に着くと八戒が言っていた。荒野での野宿も今日と明日でようやく終わる。こんなに荒れた大地じゃまともに火も起こせないので、夕飯は缶詰、明かりは頼りないランプの灯火だけ。

今見張りをしている三蔵のことをふと思い出す。

――眉間に皺さえ寄ってなければ、彼は最高に美人なのになあ。

なんて考えながら、テントの中を見渡した。今日テントで寝ているのは私と悟空と八戒。触角を生やしたアイツはじゃんけんで負けたから今は見回りでも行っているんだろう。悟空も八戒も日ごろの疲れを少しでも和らげようという本能が働いているのだろうか、まるで死んだようにぐっすりと眠っていた。私は二人を起こさないように、出来るだけ気配を消して、物音を立てずに自分用の毛布を体に巻きつける。そしてそっとテントから抜け出した。

「―――どこへ行く」

テントから出ると、ギロリと紫の瞳に捕われる。私は少し困ったように曖昧に笑ってみせた。

「なんかちょっと考え事してたら眠れなくて。遠くへは行かないから、少し離れてていい?」

三蔵が私に文句を言う前に、お願い、と両手を合わせれば、少ししてから諦めたような小さな舌打ちと溜息が聞こえてきた。

「……勝手にしろ」
「ごめんね、ありがと」

私はテントを後にして、みんながいる場所からそう遠くないところへ向かった。ギリギリ視界にテントが映る場所に、私は腰を下ろす。星の見えない空を眺めながら考えるいろんなこと。

次の町には何があるのか、明日は何匹の妖怪に襲われるのだろうか、旅はいつ終わるのか、あなたは私を愛しているのか―――

考えれば考えるほどうやむやになっていく。くたびれた私のブーツが今まで残してきたいくつもの足跡さえ、全て今この瞬間に風化して消えていくような気分になった。

寂しくて寂しくて、けれど誰に聞いても答えはなくて。

膝を抱えて瞼を閉じた。何も見たくない、考えたくない。私一人分の鼓動の音を聴きながら、それでもやっぱりあなたのことを思っていて。

「こーんなところに居やがったのか」
「!!」

振り返ればそこには、私が思い浮かべていた人が、今まさに煙草を揉み消して立っていた。

「…何してるの悟浄」
「お前が一人でテントから出て行ったから後付けてきた」
「真面目に見回りでもしてると思ってたのに」
「見回ってる途中でお前のこと見つけちまったんだから仕方ねーだろ」
「わー嘘くさい」
「…せっかく心配してきてやったのにそりゃねーぜ」

ショックで死んじゃいそー、なんて言いながら、悟浄は私の隣に腰掛けた。二人の距離の近さに、思わず心臓がトクンと跳ねる。いつまでも慣れない、この男とこの距離感。

「…何か悩み事でもあンの?」

普段滅多に聞かない悟浄の低くて真剣なトーン。ベッドの中でもこんな声出さないくせに、こんなときに出してくるなんて。この男は、本当にズルイ。

「…ま、いろいろとあるもんなのよ、女の子には」
「…生理痛ひどいとか?」
「殺すわよ」
「ジョーダンジョーダン」

睨みつけると悟浄はおかしそうにクツクツと喉の奥で笑った。そして星のない空を見上げてふと真面目な顔になる。あぁ、やっぱり綺麗だな、なんて素直に思ってしまう。

悟空は可愛いし、三蔵も八戒も綺麗な顔をしてるけど、私には悟浄の方がずっと素敵に見える。これが惚れた弱みというやつなんだろうか。でも真面目なときの悟浄は多分誰が見てもかっこいいと思うのだ。普段の彼は可愛い小猿ちゃんとの戯れが過ぎてしまうから、あまりそういう印象を受けないけれど。

「…なーに見惚れてンのよ」

私の視線に気付いていたらしい悟浄が、横目で私を見つめ返した。

「別に見惚れてないけど」
「嘘ばっかり」
「ほんとだってば!」

何もかも見透かされてるようで、おまけに私ばっかり必死なもんだから、何だか悔しくなって思わず声を荒げた。

「…ほんっと素直じゃねぇよなお前」
「だって本当だもん」

拗ねたようにそっぽを向く私。こんなことしたって無駄なのに、虚勢ばっかり一人前で嫌になる。すると隣からは小さな溜息。私は心がズキリと痛むのを感じた。

自分か素直じゃないのは分かってる。なのにまた強がる自分が大嫌いだ。結局は自業自得で、結局は意地っ張りで。そんな私に彼が想いを寄せているなんてことはありえない、いつも私から彼へ一方通行。だから求められれば拒めないし、拒んでいろんなものが崩れていくのが怖かったし、想いが通ったら仲間じゃいられなくなるし、もう考えれば考えるほどぐちゃぐちゃになる。

纏まらない想いが溢れて、ついに泣きそうになってしまった。悟浄はそんな私に気付いてか、いきなり私の顎を掴み無理やり自分の方へ顔を向けさせた。

「―――おい」
「…っ、」
「目、逸らすな」
「だって…」

今にも泣いてしまいそうなこんな顔、まともに見せれるもんか。悟浄から視線を逸らしたままぐっと涙を堪えていると、ふわりと大きな腕に抱きしめられた。華奢なくせにしっかり逞しい胸に顔を閉じ込められ、そこから放たれた煙草の匂いが鼻を掠める。

「っ…!悟、浄…」
「ったく、素直じゃねぇ女は可愛くないぜ?」
「……どうせ可愛くないもの」
「はいはい、かーいいかーいい」
「…ムカツク」

悟浄は少し笑って私の頭を優しく撫で、さらにあやす様に背中を叩いた。

「ほら、これなら泣き顔見えねェから」
「…」
「胸貸してやるから、泣いてスッキリしちまえ」

ほらね、やっぱりこの男は、ズルイ。

女ったらしでお調子者でナルシストで変態でバカで、そのくせ人一倍優しくて面倒見が良くてお節介で繊細で。出会った当初はあんなに嫌いだったこの男が、いつしかこんなに愛おしい存在になっていた。自分自身が惨めにさえ感じるくらい、この男に惚れていた。

どこまでも私を虜にする、ズルイひと。

私は悟浄の腕の中で泣いた。自分が嫌いで悟浄が好きで、それが悔しくて、せめて声を殺して、泣いた。



「……ありがと悟浄。もう、大丈夫」

ひとしきり泣いた後、なんだか妙に恥ずかしくなって悟浄の腕の中から逃れようとした。

――けれど悟浄は私を解放しようとはしなかった。

しっかりと私を抱きしめる腕は、さらに力強さを増すばかりで。困惑する私の頭上から、優しい声が降ってきた。

「…黎蘭」
「…なに?」
「俺のこと、嫌いか?」
「…はぇ?」

思わず素っ頓狂な声が唇から零れて、私は息苦しい腕の中で悟浄を見上げた。

「お前とさ、宿とかで同じ部屋ンなったとき、俺、お前のこと抱くだろ」
「…」
「お前も拒絶しやしねぇから、正直これはいけると思った」
「…?」
「でもお前、俺に対して日に日によそよそしい態度とりやがるし、もしかしたら断れねぇだけなのかもなーと思ってよ」

あまり話しの内容を理解は出来ていなかったが、とりあえず私との関係を言っているということは確かだ。

「嫌だったんなら悪かった、もうお前とは寝ない」
「!」

別に、悟浄に抱かれるのが嫌だったわけじゃない。繋がっていられるのが体だけで、心はそこにないという事実に対して悲観していただけ。このまま悟浄との繋がりが消えて行くほうが、よっぽど辛い。

「…そのかわり、もうちょっとこうさせててくれや」
「ごじょ…」
「しかしあれだぜ?お前も嫌なら嫌ってちゃんと拒否しろよ、他の男にも易々抱かれちまうぞ」
「あの…」
「…まあ他の男に易々抱かれたらまずそいつぶっ飛ばすけどな」
「〜〜〜〜悟浄!」

腕の中で声を荒げれば、悟浄は驚いたようにその腕の力を緩めた。私はというと、今にも泣きそうになりながら、俯いていた。

「黎蘭…?」
「…嫌じゃ、ないの」
「は?」
「悟浄に抱かれたくて、抱かれてるだけ」
「…黎蘭…」
「ただ心がそこにないのが、つらい、だけ」

何もかもが壊れていくような気がした。だけど、今更この言葉を取り消すなんて強さ、私にはない。だからこれでよかったのかもしれない。

「…悟浄が終わりにしたいなら、それでもいいよ。ごめん、私の独りよがりだから」
「黎蘭」
「じゃ、テントにもど…「人の話聞けよ馬鹿」

悟浄はもう一度、私を強く抱きしめた。腕の中は温かくて、そしていつになく優しい。

「…悟浄?」
「俺も独りよがりだと思ってたんだけどな」
「え?」
「まさか本気で、一人の女に惚れるとは思ってなかったからな」

何を、言って、

「…いつだって心ならあるんだ。今までずっと、傷付けてきちまって悪かった」
「悟、浄、」
「ただし今後は遠慮しねェからな。覚悟しとけよ」

そう言って悟浄は、笑いながら唇を塞いだ。さっき止んだはずの涙が、再びぽろぽろと頬を流れていく。遠回しで不器用な彼の想いは、やっと私に届いた。そして同じく遠回しで不器用だった私の想いも、彼に届いたのだ。

唇を離すと、なんだかおかしくなって、二人で笑いあった。



そんな二人を星空だけが見ていた。
(好きだよ悟浄)
(あぁ、俺も)


2011.10.09 修正

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