「…降ってきちゃったね」
「…そうだな」

十一歳になった渓と十六歳になった白子は、二人で買い物に来ていた。宙太郎が風邪をひき、空丸が看病をすることになったからだ。家を出るときから雲行きは怪しかったのだが、急げば大丈夫だろうということになり、傘は持たずに家を出たのが間違いだった。

町にはザーザーと見事な雨が降り注いでいる。渓は野菜の入った袋を小さな両腕に抱えながら、困ったように空を見上げた。傘を買って帰れるほどのお金は、残念ながら持ち合わせていない。

「白子、どうしよう?」
「とりあえず待つしかないな」

白子は渓が持っていた野菜の袋を片手で軽々と持ち上げると、渓と同じように空を見上げる。渓は抱えていた荷物がなくなったことに驚いたように目を丸くして、何度かぱちぱちと瞬きをする。それでようやく白子が持ってくれたのだということを認識すると、慌てて白子に両手を伸ばした。

「白子、渓お野菜もつよ!」
「いいよ、重いだろ」
「重いから渓が持ってあげるの!」

白子は眉を下げて少しだけ笑う。優しいのと無謀との区別がまだついていない渓は、本当に呆れるくらいに真っ直ぐだ。白子が曇家で居候を始めて一年、その真っ直ぐさに白子の心はあっという間に溶かされていた。

「女の子がこんな重いもの持っちゃ駄目だよ」
「でも、白子がつかれちゃう…」
「こういうときは、ありがとうでいいの」
「…ありがとう」

言いながらも、納得がいかない様子で渓は白子を見上げるばかりだ。白子はやれやれと肩を竦めてから、小さな渓の手のひらを握る。小さくて薄い手のひらは、少し力を入れれば簡単に潰れてしまいそうだな、と白子はいつも思っていた。手を握られた渓は、むっとしていた顔を崩して、思わずきょとんとしながら白子を見る。

「渓が荷物持ってたら、こうやって手繋げないだろ」
「…うん」

渓は白子の手を握り返しながら頷いた。小さくて小柄な上に力もない渓は、ちょっと人ごみに揉まれると簡単に波に飲まれて見失ってしまう。方向感覚も優れていないので、見失ったらまず捜索から始まって大変なのだ。そのため、天火や白子と出かけるときは、こうして必ず手を繋ぐのが日常になっていた。

「手繋ぎたくないなら渓が持ってもいいけど?」

からかうように白子が言えば、渓はぶんぶんと首を横に振る。そしてキリッとした表情で白子に答えた。

「いや!」

胸を張るところでもないだろう、と白子は思わずくすくすと笑う。渓はなぜ笑われているのかも分からなかったようで、気にする様子も見せず、暇そうに握った白子の手を揺らしながら空に視線を戻した。渓の長い睫毛が揺れる。

大きな黒い瞳は、いつも吸い込まれそうなくらいに純粋だ。白子はそんな小さな渓の横顔をちらりと伺った。人懐っこくて愛嬌があって、それに加えてこの容姿である。町の人々に娘にしたいくらいだと言われるのも頷けるな、と思いながら、白子は幼い姿に見とれた。

曇家に来て一年が経ってから、白子は最近自分がおかしいことに気付いてしまった。渓の姿をやけに探してしまうのだ。年の割には随分しっかりしているとは思うが、それでもまだまだ幼い子どもだ。天火が妹だと断言するのと同じように、いつの間にか自分もそう思うようになってしまったのだろう。目を離すのが心配なだけだ。そう思ってはいたのだが、なんとなく胸の奥にもやもやとしたものが残っていて、白子自身それが何なのかよく分かっていなかった。

「あ、止んできたよ!」

渓が笑みを零す。横顔だけでも分かるくらいの明るい笑顔に、白子の心がじんわりと温もりを増した。日々膨らんでいくこの温かい感情は何なのだろう、と思いながら、白子も空を見上げた。

「本当だ、完全に止んだら帰れそうだな」
「宙太郎だいじょうぶかなあ」
「空丸がちゃんと看てるから大丈夫だよ」
「うん、そうだね」

そして渓は少し間を空けて、小さく呟いた。

「…虹、でないかなあ」

太陽が見えなければ、雨上がりに虹は見れない。以前白子がそう説明してやったので、渓も分かってはいたのだろうが、それでもなんとなく期待してしまうのだろう。少しだけ寂しげな声を聞いて、白子は思わず言葉を発していた。

「見れるよ、晴れたら」
「はやく晴れないかなあ」

言いながら、渓は白子の腕に頭を預けた。黒い髪が揺れて、陽だまりの匂いがした。

もしも虹を見たら、彼女はもっと笑ってくれるだろうか。そう思って、白子はハッとした。渓の笑顔を望んでいるなんて、馬鹿げた話だ。いつか離れてしまうというのに。

「ねぇ白子」
「ん?」
「いつか一緒に、虹みれるといいね」
「…うん」
「晴れたら一緒に、お散歩もしようね」
「そうだな」

晴れる頃にはきっと、傍にいないけれど。
飲み込んだ言葉のかわりに、白子はせめて笑ってみせた。

「…雨、止んだね。帰ろうか」
「うん!」

水溜りを飛び越えてはしゃぐ渓の笑顔につられて、白子も笑った。繋がれた手のひらは、いつもよりずっと温かいような気がした。



二人雨の日、雨宿り。
(薄暗い日に優しい色が見えた)

2015.06.09

back



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -