「まぁマシにはなってるけどまだまだだね」
「ぐ…っ」
「かろうじて蓮華を繋ぎとめてるって感じかな。いつ蓮華を取られてもおかしくないって事実は変わらないよ」
「ぐぐぐ…っ」
「ま、でもそれでも繋ぎとめられてるだけ成長したよ一角」
あれから二週間がたった。
俺は弓親と飲みにきて、ここ二週間のことを話しているのだが、相変わらず俺はダメダメらしい。弓親のいちいち厳しい言葉に憤慨しそうになりつつも、正論に口を挟めない。弓親はそんな俺に向かって小さな溜め息を零すと、一口酒をすすってから言った。
「…急に蓮華が女の子らしくなって焦ってるのは分かるけど、焦りすぎて空回りしすぎだよ一角」
「…」
そう、ここ二週間で、急に蓮華が女らしくなってきたのだ。どかどかと乱暴な歩き方も女の子特有の上品さが感じられるものになったし、ぼさぼさだった髪の毛も最近は綺麗に整えられている。前に弓親と蓮華と三人で飲みに行ったときは、女らしからぬ横暴な飲み方が改善されていて、えらく上品な飲み方に変わっていた。思わず弓親とふたりで見惚れてしまったくらいの気品があって、正直あれには惚れ直すしかなかった。
「すっかり女らしくなったね、蓮華。最近益々人気みたいだよ」
「…知ってるに決まってんだろ、そんなもん」
「そのくせ口の悪さも一角とのくだらない喧嘩も相変わらずなんだから、中身は何にも変わってないし」
「…」
はぁっと俺は息を吐き出す。そして、ある日夕暮れ空を縁側からぼんやりと眺めている蓮華の姿を思い出した。綺麗に整えられた短い毛が、僅かにふわりと風に靡いて、毛が長い女なんかよりも感じてしまった色気。何かを想い遠くを見つめる細められた瞳は、真っすぐに夕暮れ空を映していた。今までにない程ぐっときた感情を、俺は必死に押し殺したまま、蓮華を見つめることしか出来なかった。
「…でも、一角だって変わったじゃないか」
弓親の言葉で我に返る。
あの日の蓮華の姿を映した俺の目は、今目の前にいる弓親の姿を映し出した。
「こないだはちゃんと蓮華を四番隊に連れてったし、今日だって昼寝してた蓮華に布団かけてあげてたし」
「ま、まあな!」
そう言われて、急に気恥ずかしくなった。また蓮華に怪我をさせてしまったとき、思い切って四番隊に連れて行ったのだ。
…まぁ、それは弓親に言われたからっていう口実だったけど。
今日は今日で、縁側で気持ちよさそうにすやすや眠る蓮華に、そっと布団をかけてやった。目覚めた蓮華は弓親からそれを聞いたらしく、俺のところに駆け寄って来て満面の笑みで「ありがと一角!」なんて言うもんだから、照れ隠しにまた悪態をついちまったけど。
「それぞれ反省点はあるけど、でもそういう些細なことが出来るようになっただけ成長したよ、本当に」
「どうせあの鈍感女は気付いてすらねぇんだろうけどな」
「だろうね、蓮華はそういうことに疎いから。それに今は自分自身変わろうと必死で、周りのことなんて見えてないのさ、きっと」
「…変わる必要なんざねぇってのにな」
俺がそう言うと、ケタケタと弓親が笑った。
「元も子もないこと言うんじゃないよ一角」
「だってよ!」
笑われたことに対して気恥ずかしくなり、カッとして声を荒げる。
「分かってるさ、蓮華への競争率だって大幅に高まるからね、焦ってるんだろ?」
「う…っ」
でもすぐに真相を語られて大人しくなってしまった、俺。
「それにそんなこと言いつつも、どんどん綺麗になっていく蓮華にドキドキしてるくせに」
「!」
「強がるなよ、どうせ隠しきれてないんだから」
ニヤリと笑う弓親。どう足掻いても、こいつのこういうところには適わない。
「ところで一角、そろそろ蓮華に告白したらどうだい?」
「はぁ!?」
突然の提案。
もちろん困惑する、俺。
「ばっ、バカか!ンなこと出来るわけねぇだろ!」
「だって早めに手を打っとかなきゃ、いよいよ本気で蓮華を誰かに取られそうな気がするんだよね」
「あァ!?」
「特に檜佐木くん」
「!」
「知ってる?今日檜佐木くんと乱菊さんと三人で飲みに行ってるんだよ、あの子」
「!!!」
知らなかった。
蓮華が松本と飲みに行くのは知ってたが、まさかそこに檜佐木がいるなんて。思わぬ事実に、思わず固まってしまった。
「やっぱり知らなかったんだ」
「あ、当たり前だろ…」
「僕は聞いてたよ、蓮華から。乱菊さんと檜佐木さんと飲みに行くんだって」
「…」
「一角は乱菊さんと、ってしか聞いてなかったんだろう?どうせ」
どうして俺には言わなかったんだ?
やっぱり家族としてしか見てないから、自分の恋心を家族の俺に知られたくなかったから?
女々しい想いがぐるぐると巡り、頭の中が破裂しそうになる。そんな俺の思考を遮った、聞きなれた男の声。
「もっと前向きに捉えなよ一角」
「弓親…」
「僕には言えるけど一角には言えないんだ。その理由がなんであれ、男の影を一角に見せたくなかったんだよ蓮華は」
「…」
「つまり、蓮華は少なからず一角のことを意識してるってこと。仮に僕が蓮華に告白するよりも、一角が蓮華に告白した方が確実に勝算はあるってことだ」
「…なるほど」
「どうせ焦るんなら、空回りするより想いをぶつける方が手っ取り早くていいじゃないか」
確かにそうかもしれない。俺は頭を捻らせる。
「…でもいつ言うんだよ?」
「明日」
「はァ!?何言ってんだよお前!明日は三人で飲みに…!」
「だから、僕は行かない」
「は…」
「僕は行かないから、ふたりで行っておいで。お酒の力を借りたら少しは言いやすくなるんじゃない?」
「ば…っ!?」
妙な焦り声だけが俺の口から漏れる。弓親は相変わらずニコニコとしているあたり、自分の意見が当然まかり通るだろうと思っているに違いない。当の俺は今、こんなにも混乱しているというのに。
「大丈夫、真っすぐに想いを伝えれば、蓮華だって真っすぐに答えてくれるさ。そういう子だからね、あの子は」
「っ、勝手に話を進めるんじゃねぇ!」
俺はバンっと机を叩いた。弓親は動じることなく、相変わらずの笑顔だ。
「だって…おま、告白って…しかも!明日って!」
「こういうことは早いほうがいいよ。遅くなれば遅くなるほど言いづらくなって、もしかすると手遅れになるそれでもいいのか?」
「よく、ない、けど…」
「じゃあ明日だね。嫌でも決めなきゃ、いつまでたっても言えないままだよ一角。男らしい覚悟を見せてくれよ」
そう言われて少しだけ考え込む。もし、もしも蓮華が檜佐木に惚れていたとして、檜佐木も同様に蓮華を想っていたとしたら?
だとしたら、今日みたいに酒が入った状態で二人が一緒にいるのはかなりまずいし、こっちからしてみたら堪らないほど最悪の展開である。
いくらその場に松本がいよういまいと関係ない。アイツのことだ、仮に二人の想いが確かだったとして、それを知っているなら必ず二人の距離を近づけるように仕向けるはずだ。
そうなると蓮華は、確実に檜佐木のものになってしまう。
そんなことさせるわけにはいかない。蓮華は誰にも渡さないと己に誓ったのだ。家族という殻を意地でも破って、蓮華との新しい関係を始めなければこれ以上どうすることも出来ないのだ。俺は意を決し、迷いの無い目で弓親を見据えて言った。
「…弓親、俺は明日、蓮華に想いをぶつけるぜ!!」
「そうこなくっちゃ!」
俺たちはがっしりとお互いの手を組み合った。そしてすぐに明日の計画を立てる。
内容は至って簡単。
明日、まずは弓親が蓮華と接触出来るまで俺は蓮華との接触を避ける。二人で飲みに行くと伝える前にいつものような喧嘩なんてしたもんにゃ、飲みに行ったって告白なんて雰囲気になるはずもない。弓親が適当な理由をつけて明日の飲み会を断り、俺と二人で行くように意地仕向ける。
弓親にそこまでやってもらうのだから、後は俺が気合で目的を達成すればいいだけの話だ。目的はもちろん、蓮華に想いを告げること。上手くいくかいかないかは、まずそれを成し遂げてからの話なのだから。
「頼むぜ弓親」
「僕の方は大丈夫に決まってるだろ?問題は一角、君の方だよ」
「…そうだな」
「弱気だったら失敗するからね、絶対にダメだよ」
「わーってらぁ!」
そうして俺たちはそれぞれ帰路につき、俺は明日の夜のことで頭がいっぱいになるのだった。
翌日。
弓親が蓮華に接触するところを、こっそりと隠れて見守る。そして戻ってきた弓親が一言。
「さ、僕の方は余裕だったよ」
「よくやった!」
「あとは一角次第だからね」
「あぁ」
「もうこれ以上、僕を困らせないでくれよ」
「大丈夫だ」
そうは言ったものの、大丈夫なはずがない。なぜなら昨日は珍しく詰まっていないこの脳味噌でいろんなことを考えたものだから、まともに眠れていなかった。そのうえ普段ならありえないことに、この俺が珍しく緊張してしまっているのだ。そわそわと落ち着かない俺の様子に弓親は気付いていたのだろうが、そのことに関しては一切触れては来なかった。
「今頃蓮華も同じような気持ちだよ一角と」
「は?」
「僕に言いたいことあったみたいだけど、同じだったからやめた感じだね、あれは」
「何言ってんだお前…」
「僕と蓮華の話」
くすくすと悪戯っぽく笑う弓親の言葉の意味など分からないまま渋い顔で弓親を見つめていると、弓親が俺の胸をとんっと叩いた。
「今夜が勝負だぞ」
「…あぁ」
「いい報告を待ってるよ」
そう言って弓親は軽く手を振って行ってしまった。その後姿を見送って、俺は空を見上げる。綺麗な空だった。
「見てろよ檜佐木」
すっかり目の敵にしている檜佐木と、愛しい蓮華を思い浮かべる。あの二人がこのまま上手くいくなんて死んでも御免だ。雲ひとつない空に誓うように、俺は深く息を吸い込んだ。