03
あなたのいない時間が

寂しくなかったのは、




片恋の空:03




「ほーぅ、なるほどな」

恋次は一角さんにあたしが他の隊員たちに言われていたことの内容を、多分、全部話した。あたしは恋次に言われて、大人しくソファーで横になっていたし、口を挟もうと思っても恋次に黙ってろって言われるばっかりで、結局大人しく寝転んでいただけだった。

「まぁつまりあれだろ、とりあえず緋雪ひとりに無理はさせんなってことだろ」

一角さんがあっさりとまとめる。恋次はまぁそういうことっす、だなんて言って返した。

「でも十一番隊ってのは元々戦闘集団なんだ、書類ばっかりやってるってのおかしな話じゃねぇか」
「まぁそうなんスけど」

恋次はぽりぽりと頭をかく。

「妹がこんな風に言われたり苦労したりしてるってのは個人的にちょっと気にかかるっていうかなんていうか…」

恋次の言葉を聞いて、また気持ちが重くなる。あたしは恋次がかけてくれた毛布を少しだけ深く被る。寂しさで歪んでしまったこんな顔、恋次には見せられない。

「…なぁ緋雪」
「っ、はい、斑目三席っ」

潜り込んだ矢先、突然一角さんに呼ばれたのであたしは思わず飛び起きる。すると一角さんは顔をしかめて言った。

「…とりあえず、まずはその斑目三席って呼び方、なんとかしろ」
「なんとかしろと申されましても…」

言いよどんでみるが、一角さんは睨むようにあたしを見つめるばかりだった。その視線に耐え切れなくなって、あたしは小さな声で呟いた。

「…じゃあ、一角、さん」

ぼそっと言ってみたが、ちゃんと一角さんには聞こえていたらしく、一角さんは大きく目を見開くと、突然わたわたと焦り始めた。

「よよ、よ、よし!じゃ、じゃあそれでいい!」
「は、はぁ」

一角さんはゴホンッ!と一度咳をすると、あたしを真っ直ぐ見つめながら言った。

「緋雪、お前明日この書類しなくていいから」
「へ?」
「鍛練しに来い。いいな」
「え、でも…」
「うるせぇ!いいから来いよ!」
「はっ、はいっ!」

思わず背筋がしゃんとなる。十一番隊の人はよく叫んだり怒鳴ったりするからびっくりしてしまう。あたしの返事を聞いて一角さんは満足したらしく、そのまま鍛練しに戻ってしまった。残されたあたしは不安げに恋次の顔を見つめる。恋次は笑ってあたしに近付くと、あたしの頭をぽんぽんと撫でる。妹、という言葉があたしの中を湧き上がるようによぎり、寂しくなる。

「…ってことになっちまったから、今日はゆっくり休んで明日鍛練しに行けよ」
「だけど、あたし全然馴染めてないから、行ったところで参加させてもらえないよ」
「鍛練所に行っちまえばもう問題ねぇよ。一角さんだっているし」
「…あーあ、きっとボッコボコにされるんだろうなあ」

あたしは不安げに溜め息をはくと、恋次に軽く頭を小突かれた。不服そうに恋次を睨んでみると、死にゃしねぇから大丈夫だ、って笑顔で言われてしまった。こうやって言われたら、もう何も言い返せない。その日あたしは帰宅して、明日の不安を拭いきれないまま眠りについたのだった。




そして翌日。あたしは言われた通り鍛練所にきたものの、その扉をくぐる勇気がでずに、入り口でどぎまぎしていた。そんなあたしの背中に、ちょうど聞きなれ始めた声が突き刺さった。

「おう!来たか!」
「あ、斑目三席…じゃなくて、一角さん、おはようございます」

ペコリと頭を下げれば、一角さんは「固い」と言ってあたしの頭を小突いた。昨日からなんだかよく小突かれるなあと思いながら、鈍い痛みに不満を感じつつもあたしは顔を上げた。

「っしゃー!はじめんぞ!」

そう言って一角さんは扉を乱暴に開けた。迷うことなくずかずかとその中に足を踏み入れる一角さん。あたしは慌ててその後を追った。見渡してみるけれど、恋次の姿はない。どうやらまだ来ていないみたいだ。

そのまま視線を鍛練所の中に泳がせてみると、みんな物珍しそうにあたしを見つめている。うううっとあたしは怖くなる。

「よし、やるぞ!緋雪!」
「へぁ!?」

突然一角さんは言った。まさかあっと思う間もなくこんな展開になるだなんて思っていなかったあたしは、思わずパニックになった。一角さんはそんなあたしのことなんてお構いなく、木刀をあたしに投げつけた。慌ててそれを受け取ると、一角さんは満足そうにニヤリと笑って、自分も木刀を構えた。もうここまできたら逃げられないので、あたしも覚悟を決めて木刀を構える。

「よし!いくぜ緋雪!」
「ううう…もうっ、やけくそですよ!こっちは!」

あたしがそう叫んだと同時に、一角さんは勢いよくこちらに向かってきた。素早く一角さんの木刀が振り下ろされたが、その第一打撃を上手く受け止める。そして目一杯の力で一角さんを押し返し、あたしも攻撃を繰り出した。

まさかあたしが押し返すだなんて思っていなかったのだろう、一角さんはよろけておどろいたように目を見開いている。体勢が崩れた隙を狙って、あたしはがら空きの一角さんの胴を目掛けて木刀を振るう。

しかしさすがは三席、よろけて崩れてしまった体勢だったというのに、難なくあたしの攻撃を受け止めると、一瞬であたしのふところまで飛び込んできた。そして繰り出された新たな攻撃。あたしはその攻撃を何とか受け止める。

受け止めることには成功したが、一角さんに比べれば随分小柄なあたしの体は簡単に吹き飛んだ。吹き飛んだ勢いを利用して、空中で体勢を整えながらうまく着地するあたし。そのまましっかりと一角さんを見据えて、すぐに木刀を構える。すると一角さんは少し関心したように構えを崩した。

「お前、思ったよりやるな」
「…どうも」
「じゃあ…もうちょっと本気でいくぜ!」

一角さんはそう叫ぶと、さっきよりもずっと勢いを増した攻撃を繰り広げてくる。速度も威力も重みも、さっきとは比べ物にならない。

「…っ!」

あたしはなんとかその一撃を食い止めるが、二撃目の攻撃を防ぐのが、ほんの僅かに遅れてしまった。一角さんの木刀がうまくあたしの横っ腹に入る。

「かは…っ!」

見事なほど綺麗に決まった一角さんの一撃。受け止め切れなかったあたしは、そのまま片膝をついてうずくまってしまった。

「ハッ」

一角さんが鼻で笑うのが聞こえた。

「おい、次は誰だー」

一角さんがそう言ったのを聞いた瞬間、あたしの中で何かが切れた。

「…ちょっと、待って」
「あン?」

あたしは立ち上がると、もう一度木刀を構える。そして真っ直ぐに一角さんを睨みつけた。

「…勝手に終わった気にならないで」
「へぇ、まだ立てんのか」
「当たり前です。あたし、結構しつこいんで」

あたしがそう言って笑うと、一角さんも見なおしたように眉を吊り上げる。

「さぁ続きをしましょう一角さん、吹っ飛ばされたお返しして差し上げます」
「ハッ!減らず口を叩くじゃねぇか!いいぜ、かかってこいよ!」
「言われなくてもっ!」

あたしは迷うことなく一角さんに向かっていった。さっきのように不安がある攻撃なんかじゃない、戦うことだけに集中したあたしの攻撃。一角さんも、まるで違う攻撃の重さに驚きを隠せなかったらしい。

「へぇ…やるじゃねぇか…!」
「そりゃどうもっ!」
「じゃあこれならどうだァ!」

あたしの一撃をうまくかわした一角さんの攻撃があたしに送られる。その攻撃をすり抜けたあたしは、再び一角さんに一撃を浴びせる。

次のあたしの一撃はよけ切れなかったらしく、一角さんはその攻撃を受け止めた。そして一角さんの体が少しぶれる。その一角さんめがけて、あたしは再び木刀を振り下ろすが、一角さんはそれをまたしても受け止めた。

「くくく…っ、お前、予想をはるかに超えてるぜ!おもしれぇ!」
「楽しそうで…なによりです…よっ!」

お互い木刀を弾きあう。間合いを開け、じっとにらみ合えば、一角さんはニヤリと笑っていた。とても楽しそうだ。あぁ、これが十一番隊の在り方か、とあたしは納得する。そしてなんだか、あたしまで笑えてきた。

「…テメェこそ楽しそうじゃねぇか、緋雪」
「そうですね、やっと十一番隊の在り方が分かってきたみたいです」
「言うじゃねぇか」
「書類ばっかりやってた鬱憤、こう見えて溜まってるんですよ、あたし」
「ハッ!そりゃいいぜ!晴らしていけよ!!」

一角さんはそういうと、あたしに向かってきた。あたしもそれに合わせて一角さんに向かっていく。

そしてあたしたちは、その後しばらく打ち合った。


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