02
もう少しだけ

昔話をしようか、




片恋の空:02




「ほんと、十一番隊の書類全然届いてないんだけど!?」
「すいません…」
「…あんた、女のくせに十一番隊にいるんでしょ?さっさと仕上げてきてよね。明日までに」
「あ、明日、ですか…」
「どうせ平隊員で、女だからろくに鍛練もさせてもらえてないんでしょ?じゃあ大人しく書類仕上げてきなさいよね」
「…分かりました。明日までに、ちゃんとお届けします」
「ほんと、頼むわよ」

あたしは恋次と同じ十一番隊に配属されたけれど、もともと人見知りだったし、怖い人たちだらけのこの隊になかなか馴染めなかった。戦うことが大好きな死神たちばっかりで、あたしがここに来るずっと前から書類についてのクレームは絶えなかったらしい。

怖い人たちに紛れている女のあたしは、みんなからかなり注目されてはいたけれど、コミニュケート能力も高くないし、ニブくてトロいのは相変わらずだった。なのでそんな注目もすぐに去っていき、あたしは孤立するようになっていた。孤立といっても、恋次はそんなあたしを心配してよく声をかけてくれたので、別に孤独さを感じたことはない。けれど、馴染めない自分が腹立たしくなって、嫌になっていく感覚は確かにあった。

他のみんなは基本的に仕事という仕事はちゃんとした任務くらいで、書類なんかの面倒な仕事は一切しなかった。あたしだってそんなにマメじゃないから、できるだけそういう仕事は避けたかったけれど、結局は誰かがやらないといけない仕事。仕方ないから、あたしは自然とそれを一人でこなすようになっていた。

もちろん、誰かに書き方を教わったわけじゃないので、最初はいろんな隊の方に何度もこっぴどく叱られた。時々恋次は手伝ってくれたけど、手伝ってくれたのは恋次だけだし、恋次だって鍛練の方が好きなタイプだったから、あたしは極力恋次に協力を求めなかった。

「…緋雪、今日もまた膨大な量だな…」
「あ、恋次、おはよう」
「お前何時からここにいるんだ?」
「えっとね…六時くらいかな?」
「昨日帰ったの何時だよ?」
「さぁ?」
「…どうせまた日付変わってから帰ったんだろ」
「う…」
「…ったく無茶しやがって…今日は俺も手伝ってやるよ」
「いいよいいよ!恋次は鍛練してきて」

恋次はここでは席官で、あたしはただの平隊員だ。こんな書類を恋次にさせるわけにはいかないと、いつも思ってた。手伝われるたびに申し訳なくなるのだ。

「でもこの量一人じゃ無理だろ…」
「大丈夫、そのために昨日は遅くまで残って、今日朝早くから来てるんだもん」
「けどよ…」
「ほんとに大丈夫だから、ね?」

笑顔で言えば、恋次は溜め息をつきつつも諦めてくれる。緋雪は変なところで頑固、って恋次とルキアに昔からよく言われたものだ。

「…どうしても無理になったらすぐ言えよ」
「うん、ありがとう恋次」
「俺はあっちで鍛練してるから、ぶっ倒れる前に呼べよな」
「だいじょーぶ!…ほんとありがと、気持ちだけで十分嬉しいから、あたし」
「…そうか」

恋次はあたしの頭をぽんぽんと何度か叩くと、そのまま行ってしまった。あたしはここ最近書類のしすぎでろくに眠っていなかった頭をフル回転させて、書類に向き合う。今日の山を越えれば、明日からは比べ物にならないほど楽が出来る…!そう思って、あたしは書類にだけ向き合った。

…本当は少し頭が重くて、くらくらしていたが、心配をかけたくなくて、恋次には黙っていた。

そしてひたすら書類にだけ向き合って早数時間。ようやく残りの書類は四分の一というところまできていた。とりあえず自分へのご褒美ということで、休憩をする。相変わらずみんな任務か鍛練に出ていてここには居ないので、お茶を淹れてひとりでほっこりと過ごす。ぼんやりと空を見上げれば、青い空に白い雲がふわふわと浮かんで気持ちよさそうだ。

あぁ、綺麗だなあ。

あたしがそう感じた瞬間に、突然酷い眠気と吐き気に襲われた。妙な気持ち悪さに瞼を閉じそうになるが、閉じたら本当に眠ってしまうので懸命に堪える。ここで寝たら、また他の隊の人に怒られちゃう……


あぁ、寝ちゃ、だめ、だ………


……

…………








そしてあたしが目を覚ますと、あたしはなぜかソファーの上に居た。夕暮れの赤が差し込んで部屋を包んでいる。ぼんやりとした頭でのろのろと起き上がると、寝起きだからとかそんなんじゃなく、とても頭が重たい。その上酷く寒気がした。ふと気付くと、あたしの体には仮眠用の毛布がかけられている。そこでだんだんと覚醒してきたあたしは、ようやく、気付いた。

「…っ、書類!!!」

勢いよく起き上がってみたけれど、頭が重すぎて、上手く立てない。あぁくそう、しまった。焦ってみるが、どうしようもない。

なんとかふらつく足取りで自分の席に向かうと、そこを見てあたしは呆然とした。やりかけの書類も仕上がっていた書類も、全部なくなっていたのだ。一体何があったのかさっぱり分からなくて混乱する。

そうだ、恋次だ!恋次がやってくれたんだ!

思いつく名前が脳をよぎったので、あたしは慌てて部屋を飛び出し鍛練場に向かおうとする。部屋を飛び出した瞬間、混乱していたあたしは人にぶつかった。

「きゃ…!」
「っと!」

小柄な分類にまとめられるであろうあたしは、目の前の人にぶつかった瞬間、後ろに弾かれて転びそうになった。そんなあたしの腕を掴み、あたしを転ばないようにしてくれた人物を見上げる。

「っ、ま、斑目三席…」
「お、おう、大丈夫か?」
「あ、はいあたしは大丈夫です…す、すいませんぶつかっちゃって……」

こ…怖い!!!
というのがそのときの素直な感想。まともに話したことなど一度だってないし、怖いし、あたしはこのとき混乱の絶頂にあった。一角さんはまっすぐに、じーっとあたしを見つめると、何度か上から下まであたしを眺めていた。それが怖くて、あたしは少し後ずさる。

「…あ、あの、ま、斑目三席…」
「あン?」
「あ、あたし、何かしましたか…?」
「は?」
「いや、その…そんなに見られると…なんていうか、ちょっと…」
「うぉ!?わ、悪ィ!」
「いえ…」

あたしが言うと、一角さんはあたしの手を離して少しだけ後退する。どことなく顔を赤らめて焦っている一角さんを見て、あたしの緊張がなぜだか少しほぐれた。この人、あんまり怖い人じゃない、かもしれない。

「…あ、あの、斑目三席」
「な、なんだ」
「その…恋次……あ、えっと、阿散井六席がどこにいらっしゃるかご存知ですか?」
「恋次?そういやさっき書類持って行くって言ってたな…」
「…そう、ですか」

あぁ、やっぱり…あたしは一気に気分が落ちる。そんなあたしを見てか、突然一角さんがわたわたとし始めた。

「え、ちょ、どうした!?」
「いえ、なんでもないです…」
「れ、恋次を探してるんだな?」
「え、あ、はい…」
「ちょ、ちょっとだけここで待ってろ!」
「え?」
「探してきてやる!」
「! い、いえ!結構です!」
「あぁ!?何でだよ!探してるんだろ!?」
「さ、探してはいますけど、ここで待ってれば会えるので、そんなに急いでは…「一角さん?」

一角さんと言い合っていると、そこへ聞きなれた声が聞こえた。弾かれたように振り向けば、そこには赤い髪をゆらゆらとさせながら恋次がこちらに歩いてきていた。

「れ、恋次!」
「あ!緋雪!お前…」
「あ、あの、書類ごめんなさい、あたしすっかり寝ちゃって…「こンの馬鹿!ぶっ倒れる前に呼べっつっただろ!!」

謝ろうとすると、突然恋次に怒鳴られた。あたしの肩がびくっと震える。

「だから無理すんなっつったのによ。お前ほんと言うこと聞きゃしねぇな」
「え、っと…あ、あたし、倒れてなんかないよ?寝ちゃってただけで…」
「あんなとこで、震えながら倒れてて、息荒くして、熱があって、それでも倒れてないって?」
「…え?寝てただけじゃないの?」
「……はぁ。…お前な、寝てたっつーか、意識失ってたんだよ」
「へ?」
「多分お前は寝ちまったつもりでいたんだろうけど、相当お前やばかったぞ」
「…ほんと?」
「こんな嘘ついてどーすんだよ」

恋次が呆れたように言う。そしてあたしの額にそっと手を置いた。それだけであたしの熱は急上昇する。

「…まだ熱いな、お前大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶ!だいじょうぶだから!」
「こんなに熱いのに大丈夫なわけねぇだろ」
「いや、これはっ、その…っ」
「おいお前ら」

恋次と喋っていると、すっかり存在を失くされた一角さんが不機嫌そうにあたしたちを睨んでいた。

「俺を無視していちゃいちゃしてんじゃねーよ」
「いちゃ…!?」
「別にそんなんじゃないですよ、こいつが俺の言うこと無視してたからちょっと叱っただけです」

一角さんの言葉にあたしはとてつもなく反応してしまったのに、恋次はさらっと返す。そんな恋次を見て寂しくなったことは、隠しておこう。

「…ふーん?」

一角さんが意味深にあたしをじーっと見つめる。また怖くなって、あたしは後ずさりして恋次の少し後ろに隠れてしまった。

「…おい緋雪、何隠れてんだよ」
「いや、これはその、条件反射というか…」
「すいません一角さん、コイツかなり人見知りで」

恋次は仕方なく、といった感じで一角さんに言う。一角さんは相変わらずじーっとあたしを見つめたままだ。あたしに視線を向けたまま、一角さんは言った。

「恋次の知り合いか?」
「一応ガキの頃からの。妹みたいなもんです」
「…」

恋次の言葉で胸が痛くなる。そんなの昔から分かってるけど、こうはっきりと言葉にされると、なんだかつらい。

「…妹、ね。おい、お前名前は?」
「え?」
「名前!」
「あ、はい!神風緋雪といいます!」

勢いに押されて、あたしはびしっと気をつけして答えた。すると一角さんは満足そうに頷いて、顔を赤くしながら、言った。

「よし!きょ、今日から俺も…緋雪…って、呼ぶからな!」
「はいっ!」
「で、…緋雪、は今日一日何してたんだ?」
「えっとですね…」

さすがにサボって寝てました、というのは三席の前でいえなくて、あたしは申し訳なくなった。結局恋次に書類は任せてしまうし、あたしは寝ちゃってなにもしてないし、もう散々だ。

「書類ですよ、こいつ、毎日隊員全員分の書類一人でこなしてたんです」
「恋次!?」

あたしが言いよどんでいると、恋次が隣で言った。

「誰もやらねぇからっつって全部一人で仕上げてたんです。そのせいで毎日夜中まで一人で残業、朝一に誰よりも早く出勤…」
「ちょっと恋次…」
「そのせいで今日は体調崩してぶっ倒れたんで、俺が変わりにそれやって他の隊に持っていってたんですよ」

恋次はそれだけ言うと、複雑そうな顔であたしに向き直る。

「しかしお前、毎回あんな風に言われてたのか?」
「え?」
「さっさと書類持ってこいだのなんだの、同じ平隊員のやつらに、上から目線で偉そうに」
「あの、それは……ほら、他の隊の人も、あたしが遅いから痺れ切らしちゃって…」
「つまり、言われてたんだな?」

うまく嘘がつけないのは、あたしのいいところでもあり悪いところでもあったりする。ここまで真っ直ぐに問われれば、あたしはもう素直に頷くことしか出来ない。また恋次の呆れた溜め息が聞こえる。そんな声が聞きたいわけじゃないのにな。あたしの心がまた暗くなる。

「なんで言わなかったんだよ」
「別に言う必要なんてなかったし…」
「でもそんな風に言われてるの、どうせお前だけだったんだろ」
「それはほら、あたしが書類するのが遅いからで…」
「今までどれだけ書類遅れたって文句言わなかった連中だぞ、あいつら。そのくせにお前だけには偉そうに言うんだぜ?腹立たなかったのかよ」
「…でも、そんなこと聞くってことは、恋次も言われたんだよね?」
「アホか。あいつら、一瞬俺のことお前だと勘違いして言って来やがったんだよ。俺にはものすごい勢いで謝ってきたけどな」
「ちょっと待てお前ら、だから俺を置いて話を進めるんじゃねぇ!」

再び痺れを切らした一角さんが言う。

「…それ、詳しい話聞かせろ」

一角さんがそう言えば、恋次は素直に話をし始める。あたしはもうこの場にいたくなくって、だけどどうしようもなくって、くらくらとする頭で空を見た。赤が、少しずつ深まっていた。


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