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どうして?
貴方と私は 何故こんなに近くに居るの?
近くに居れば 貴方はきっと失望するはずなのに

貴方は 私の大事な人
その人を 壊してしまった私は
一体貴方の 何なの?



 ● ●



私は、隊首室に向かう為、長い廊下を歩いた。この辺りに来たのも二年ぶりだったので、周囲の人は私を珍しそうに見る。陰険そうな子、そういう言葉もひそひそと聞こえてきた。

まあみんな私なんて知りもしないと思う。三番隊になってからは、まさか此処に来るなんて思ってなかったから。

周囲の人間は、相変わらずな顔ぶれから、見たこともない顔ぶれまでいろいろだ。懐かしさ、それと同時に悲しさがこみ上げる。

あぁ、私は本当にこの場所へ帰ってきてしまったんだ、と。

そうこうして歩いているうちに、気付けばそこは隊首室の前。私はぐっと目を瞑って、その扉を軽く叩く。

「神風君か。入っておいで」
「…失礼します…」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だ。さぁ、此処へ」

東仙隊長は私を自分の傍まで招く。だが、私の足は動かなかった。動けなかった、と言い換えてもいいだろう。何故ならば、東仙隊長の隣に居たのは…


「…しゅ……」


言いかけて、やめた。私の大好きだった、その名前を。

修兵は不思議そうに私を見る。もちろん東仙隊長も、私を不思議そうに見ていた。私はハッとなり、そのまま自分の口を押さえる。どうしよう、私は思わず下を向いてしまった。

足音に気付き、下に向けていた視線を、少しだけ上げる。何かにさえぎられたように視界は暗い。さらに上を見ると、心配そうに私を見ている修兵の姿。

心臓が、跳ねた。

「おい、どうした?」
「あ、何でもありません…」

私は再び目線を降ろした。きっと修兵は不思議そうに私を見つめているのだろう。

「お前、どっか悪いのか?」

修兵は私の額に、掌をそっと当てた。大きく、あの頃よりも強そうな手。でもあの頃のような暖かさは、微塵も感じられなかった。


―――私なんかに、触れちゃ、ダメ。


私からしてみれば、修兵はとても綺麗な存在。でも修兵からしてみれば、私は穢れていて、最低で、そして残酷で…

だって、私は、

綺麗な修兵が、私に触れている。嫌だ、触れられたくない。このままでは、修兵までもが穢れてしまう。


―――修兵には、触れられたく、ない。


狂ってしまったかのように、思考回路はめちゃくちゃだった。一瞬いろんな感情が溢れてしまった私は、反射的に修兵から思い切り遠ざかる。ポカンと私を見つめる修兵と東仙隊長。それが余計に不審な行動だと気付くと、私はハッっとなってそのまま硬直した。

嫌な空気が辺りを包む。二人も険しい表情で私を見たまま。私は、そんな二人と視線を合わすことも怖くなって、そのまま俯く。

「あーっと…俺…何か気に障るような事、しちまったか?」

修兵は気まずそうに言った。別に気に障られるような事はしていない。逆だ、私が修兵の気に障ったはずだ。修兵が謝るなんておかしいことなのに、そんな気まずそうな彼を見て、ふと思ったことがある。

貴方の何もかもが変わったわけではないんだ、と。その誰に対してでも優しく出来る気持ちは、まだ貴方の中に残っていた。それにとても安心した。

でもその貴方の少しの優しさが、私の中を支配しようとする。いくら変わっていないといっても、今の私にとってその優しさは与えられてはいけないもの。お願いだから、私に優しくしないでほしい。

「いえ、別に気に障る様な事は…一切されておりません…むしろ私の方が…」
「そうか?じゃあいいんだけどな」

修兵は困ったように苦笑する。

どうして?何故貴方は私の前で笑顔を作る事が出来るの?笑顔を作ろうとするの?

作らないで
私に安心感を持たせないで
絶望だけを頂戴

私に必要なのは、深い絶望と深い悲しみと深い恐怖だけでいい

「……ぃ…オイって!!」
「あ、は、はい!」
「お前…大丈夫か?」
「あ…平気です…」

いつの間にか、修兵の顔は私の近くにあった。心臓が大きく飛び跳ねる。好きだとか愛しいだとか、そんな感情さえ乗り越えた、ただの恐怖。

「ほんとに平気か?」
「本当です…」

怯えるように私は言ったのを、どうやら修兵は察したらしい。そっと私から離れる。その時、東仙隊長が言った。

「檜佐木、神風君をあまり困らせるな」
「あ、はい、すいません…」
「きっと、いきなりこの隊に配属された不安からだろう」
「そうですよね…」
「彼女は随分と三番隊が気に入っていたらしいからね。恐怖心もあるだろうから」
「そうですか…悪ィな、出すぎた真似ばっかした」
「あ、いえ、そんな…」
「俺、向こうの部屋行ってるから。いいですよね隊長?」
「あぁ、用があれば呼ぶよ。済まないね」
「いえ、じゃあな新入り」

東仙隊長がそう言うと、修兵は隣の部屋に行ってしまった。

「神風君、こっちに」
「あ、はい…」

東仙隊長は、私に自分の傍まで来るように言う。修兵もいなくなったので、私は素直に従い東仙隊長の元へ行く。

「明日から仕事だが、分からない事があれば何でも言ってくれ」
「はい…」
「不安も多いだろうが、ゆっくり改善していってくれ」
「分かりました」
「今日はそのまま自室に向かうといい」
「自室、ですか?」
「あぁ、九番隊の近くに用意しておいたよ」
「わざわざすみません…」
「いや、構わないよ。三番隊でも自室を設けていたんだろう?」
「はい、一応は…」
「それと同じだと思えばいいさ」

笑顔で言われては、断る事など出来ない。私にはただお礼を言う事しか出来なかった。

「あぁ、そうだ。自室の場所は分からないだろう?」
「えぇ、まぁ…」
「檜佐木に案内させるから、彼に着いて行くといい」
「…檜佐木副隊長に…ですか…!?」
「何か問題でも?」
「あ、いえ、何も…ただ、その…」

言いよどんで、必死に詰まっていない脳みそを働かせて言葉を探す。不快に思われないように、変に感付かれないように、そんなことばかり考えて行動するようになってしまった。そうして生きていくのが窮屈だと、あれほど感じていたにも関わらず、あっさりと人は自身の思考を塗り替える。事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものである。

「そのようなことに、わざわざ副隊長殿を働かせるわけには……」
「あぁ、それなら気にすることはない。そんなことを気にするような男ではないからね」
「……そう、ですか」

そう言われてしまうと、もう何も言い返せなかった。まして、修兵がそんなことで気を悪くするような人でもないことは、誰よりも良く知っている。

結局、東仙隊長の予定通り、修兵が私を連れていく運びとなり、東仙隊長は修兵を呼び付けた。まさか、修兵と二人っきりになる日がこうして再び訪れるだなんて。そんな事になるだなんて思ってもいなかった私は、震える手を握り締めただその場に立っている事しか出来なかった。

こんなに早く、運命の歯車は回るものなの?

こんなに早く、私の恐怖は訪れるものなの?



行き場を失った私の心は、何処に置いて行けばいいの?
(どこへもいけない、置いてけぼり)


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