武蔵と小次郎

彼しかいないと思った。


この世の神々が一同に守護地を留守にする季節、血と炎に包まれて黒と赤しか目に入らない戦が、僕の中の大事なものを粉々に砕いてしまった。燻った木片を焦げた具足で踏み潰して、淀んだ色をした曇天を見上げてああ、と掠れて声にならない呟きを漏らして、そうして鈍器で殴られたみたいに痛む脳内に残された彼のあの青い後ろ姿を追う為に僕は無様にいきる事を決めた。
顔を隠して、いきる為にどんな事でもやって、血と汗にまみれて、斬って、斬って、斬って、寝る間も惜しんで斬り続けて、



僕は追い付いた。
君の背中が見える。
やっと見つけた、戦況などどうであったっていい。ただ君に、君に会いたい、違う、



「殺して」



僕の赤黒くへばりついた思考の中でただひとつ、すっきりとした澄んだ青空のような色。天から降り注ぐ光みたいにキラキラと輝いてる、綺麗な青。
ねえ、苦しいんだ。どうしようもなく痛いよ。身体だけいきていて、心はもうしんでるんだ。君なら僕を綺麗に斬ってくれるよね、そうでしょ、だって君は僕の唯一なんだ、だから、お願い、



僕を「救って」










ーーー










「お前、今でも死にたいって思ってるのかよ」

行灯の炎が妖しく揺らめく中、先に布団に潜り込んだ僕に向けて武蔵がふと思い付いたかのような口ぶりで呟いた。
眠たい目をしばたかせて、武蔵の方を向く。さらさらと熱心に書をしたためている武蔵の横顔をぼんやり眺めて、「どうだと思う?」とわざとらしくたずねると、武蔵は「お前の意見を聞いてんだよ」とため息をひとつ吐き出した。
想像通りの返しをする武蔵をくすくすと笑って、僕は仮面の無い剥き出しの頬になんとなく触れる。武蔵とふたりきりの時は、隠す必要が無いからこうして"若様"を晒している。正直その事実こそが質問に対する最もな答えになっていると思うのだが、折角の機会なのでと微笑を崩さないまま起き上がり包むようにそっと武骨な身体を抱き締めた。


「僕は君に救われたんだ」

武蔵の心の中みたいに暖かいぬくもりを感じながら、緩やかに、でも確実に脈を打つ鼓動の音を身体で感じて、様々なあたたかい感情を噛み締めながら僕はそう囁いた。
短い言葉に込めた万感の想いを汲んでくれたらしい。武蔵は多くは語らず、寄せた身体を優しく抱き締め返してくれた。それがなにより嬉しくて、長らく機能していなかった涙腺が緩むのも構わず額を肩口に押し付けて小さく嗚咽した。



君しかいないんだと確信したんだ。
だからずっと捕まえていて。僕も君を離さないよ。ずっと。

ふたりで「生きよう」







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最初は独白だけにしようとしましたがバッドエンド濃厚な上に救われなさすぎてやめました
やっぱりこじこじは救われてくれないと(モブの心が潰れるので)困る

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