短編 | ナノ

先生×ぼっち生徒

昔は本当に仲の良い家族で、休日のたびに朝から晩まで遊びに出掛け、常に笑顔の絶えない幸せな家庭だった。家族と過ごす時間が僕にとって一番楽しい時間。
そんな楽しい時間が、僕が小学生に上がった頃から崩れ始めた。

母さんが、外に男を作った。

父さんはそのことに気付いているのに見て見ぬ振りをした。ただ家には居たくないのか、元々出張が多い父さんだったけど、さらに家に帰って来なくなった。
母さんは毎日夜になると綺麗な格好をして外へ出た。最初は毎日出掛ける理由がわからず「お母さん行かないで。僕、1人じゃ寂しい」と伝えていたが、ある日「ごめんね。今から会う人の方が昌紀(まさき)よりも大事なの」と言われた。
ショックで何も言えなかった。
母さんにとって、僕や父さんが一番だと思っていたのに、母さんには僕達よりも大事な人がいる。
気付けば母さんはもう出掛けており、僕はへたり込み泣いていた。
なんでどうしてとわからないまま泣き続け、父さんに電話を掛けるが、コール音が鳴るだけで電話に出てくれない。
悲しくって苦しくってなんで泣いているのか自分でもわからなくなるぐらいずっとずっと泣き続けた。
誰かに泣いて縋りたいのに、縋れる相手はどこにもいない。

僕もやっと母さんには僕達よりも大事なとても好きな人が居るということに気付き、母さんが出掛けることを止めなくなった。
母さんは母親としての仕事だと思っているのか、必ずご飯だけは作って出掛けてくれた。
『せっかく母さんが作ってくれたんだから』と、1人冷たいご飯を食べていたが、いつからか母さんが作ってくれたご飯に僕は手をつけなくなった。昔まで美味しかった母さんの手料理は今では全然美味しくない。
料理に手をつけなくなった僕に、母さんは代わりにお金を置いていくようになった。
外で買ったご飯も全然美味しくない。
多分僕は、みんなで一緒に食べるご飯の美味しさを知っているから、1人で食べるご飯を美味しく感じないんだと思う。
何を食べても美味しくない。全然美味しくない。


我が家が仮面夫婦になったことに周りも薄々気付き始めた。
大人達は表立ってそのことについては何も言わないが、僕を見て何かコソコソと言っている。
そしてそんな大人達から話を聞いている子どもは堂々と僕へと言ってきた。
『お前の母さん外に男がいるんだってな』『父親は何も言えない腰抜け』『誰からも愛されてない子』
友達だった奴は何も言うことなく、遠巻きで僕を見ているだけだった。
学校でも居場所が無くなり、僕は孤立した。
家でも学校でも僕に声を掛けてくれる人はいない。僕を救ってくれる人はどこにもいない。
辛い。苦しい。

進路を考えなきゃいけなくなり、さすがに両親も何か言ってくれるんじゃないかと期待したが、「好きにしなさい」とだけ言われた。
冷たく言われたその言葉に、両親は僕に何も興味ないことがいやでもわかってしまった。
愛されてないことはわかっていたが、やはりその事実は辛く悲しい。
仕方なく自分1人でこの先のことについて色々と考えたが、中卒で何もない僕を働かせてくれるところなんてどこにもないだろうと無難に高校へと進学した。ただ、なるべく僕のことを知る人がいない高校を選んだ。






高校に入ったからといって大きく何か変わることはなく、相変わらず家では一人ぼっちだし、学校でも一人ぼっちだった。
そろそろ入学してから1ヶ月程経つので、クラスメート達は何個かのグループに固まり、仲良くご飯を食べているが、こうやって屋上で1人ポツンとご飯を食べているのは僕ぐらいかもしれない。
だけど別にそれでいいかな、と。
小中の頃はずっと1人で過ごしてきたから、今更友達の作り方なんてわからないし、今のところ友達がほしいとも思っていない。
こうやってのんびりゆったり1人で過ごすことにもう慣れた。

「なーに、しけたツラしてんだよ」
「椎名(しいな)先生?」
突然声を掛けられ振り向くとよれたスーツの男が立っていた。確か僕のクラスの副担で、英語が担当の先生。
せっかくカッコいい顔なのに服装がダラシないって同じクラスの女子が言っていた。

「そうです椎名先生です。こんにちは」
「?こんにちは」
「前田(まえだ)くんはいつもここでご飯食べてんの?へー、結構ここ眺めいいなー」
先生は僕の隣に座り、持ってきていたカップラーメンを啜り始めた。
なんなんだこの人は?と見ているとこちらの視線に気付いた先生は「いやあのな、俺がここに来たのには理由があって、実は俺の補助してほしいんだよ」と言った。プリント集めや必要物品の用意など、副担としての役割を僕に手伝ってほしいらしい。

「それ僕いります?他のクラスは副担が1人でやってるんですよね?」
「そー言うなって、手伝ってくれたら他の生徒には内緒でジュースぐらいは奢ってやるから」
そんなので釣られる程子どもじゃないが、なんとなく先生に頼られるのは嫌じゃなかった。むしろなんだか嬉しい。

「わかりました。僕の出来る範囲でいいならお手伝いしますよ」
「ありがとなー。いい子いい子」
先生はニコッと笑い、僕の頭を撫でてくれた。久し振りの人との触れ合いに急に恥ずかしくなり、撫でられたことがすごく嬉しかったのに、「やめてください」とその手を頭から退けた。



それから先生には昼休みのたびに準備室へと呼ばれ、一緒にご飯食べながら用事を済ませた。
小テストの丸付けや資料の準備、配り物の印刷など地味なものがほとんどだったが、先生と話しながらする作業は楽しかった。
そして毎回僕の定位置を空け、僕の好きなコーヒー牛乳は準備して待っていてくれるのはすごく嬉しかった。僕の居場所がここにはある。
先生はよく僕のことを褒めてくれるのも照れくさいけれど嬉しい。それに頭を撫でてくれるのもすごく嬉しい。
気付けばご飯も美味しいと感じるようになった。前までは美味しくなかったが生きる為に仕方なく食べていご飯だったけど、今は先生と食べるお昼ご飯がすごく美味しい。
特に「お前は細過ぎるからもっと食え」と先生が分けてくれるご飯はとてもとても美味しかった。




放課後、さっきまでの移動教室に筆箱を忘れていたことに気付き取りに行くと、その途中階段の下の方から声が聞こえた。
邪魔しないように音を立てずに階段を登っていたが「椎名先生」という声に思わず歩みが止まった。
階段を降りて様子を伺うと、背中を向けた先生と先生越しにネクタイの色を見る限り1個上の女の先輩が2人きりでいた。
雰囲気からして告白だなとわかってしまった。
女の先輩と向き合う先生の顔はこちらからじゃ見えないが、2人の姿にツキンと胸が痛くなった。

「椎名先生のこと、好きです。付き合ってください」
シーンとしていた空間の中に響き渡る先輩の告白。その告白を聞き、僕の胸はズキズキと痛くなる。
先生、先生、、
やだ、やだよ先生。絶対その先輩に答えないで。いいよなんて言わないで。

「気持ちは嬉しいけど、ごめん」
先生の断る声が聞こえ、胸の痛みがスーッと消えていった。よかった。先生断ってくれた。
ホッとしてその場から離れようとしていたが、先生達から目を離そうとした瞬間、先輩が先生に近付き、先生と重なった。

「え?」
思わず声が出てしまった。今、キスした?
僕の声に2人は僕の存在に気付き、先輩は慌ててその場から立ち去った。
先生は驚いた顔で僕を見ていたが、今度はばつが悪そうな表情を浮かべた。

「あー……、今の見てた?」
「先生、あの先輩と今キスした?……やだ、やだよ」
何故か僕の目からは涙が出ていた。
先生のおかげで辛さも苦しみもなくなった。ご飯だってすごく美味しくなった。
先生はひとりぼっちの僕の話し相手になってくれた。
いつもいい加減でダラシない先生だけど、こんな僕にも優しくしてくれる良い先生だ。僕の先生だ。
僕だけの先生に触らないで!
告白の時以上に胸が痛い。

「先生、早く洗おう」
先生に近付き、制服の袖で先生の唇を拭った。
強い力で拭ったせいで「イテェ!」と言い、先生に腕を掴まれた。

「お前どうした?何ずっと泣いてんだよ」
とりあえず行くぞと言い、準備室へと向かった。
準備室についてすぐ「先生、唇今すぐ洗って」と伝えると渋々洗ってくれた。

「ほら洗ったぞ。で?なんで泣いてんだよ」
椅子に座り、腕組みをして聞いてくる先生に僕は涙を拭った。
さっきのでもう自分の気持ちを自覚してしまった。

「先生好き。僕だけを見ててよ先生」
僕の告白を予想していたのか、先生は「わかった」と言い、手を広げた。

「じゃあ、俺の膝に乗ってちゅーして。消毒」
驚いた顔もせず言う先生に僕が驚く。なんでそんなことを突然?
だけどそんなこと今はどうでもよく、手を広げて待ち構える先生に僕は吸い込まれるように近付き、恐る恐る先生の膝に乗った。

本当にキスしてもいいんだろうか?
消毒としてあの先輩の上書きをしてもいいんだろうか?
目の前にある先生の顔にドキドキしてしまう。

「お前だけを見て欲しいんだろ?ちゅーできたらお前だけを見ててやるし、恋人にもしてやる」
「本当?嬉しい」
恥ずかしさもあったけれどそれ以上にその言葉が嬉しく、先生の首に腕を回し自分からキスをした。

「先生好き」









こんなはずじゃなかった。
ただ教室にひとりぼっちのその生徒を他の生徒との輪に入れてあげられるようにサポートしろと言われ、やり方がわからなかったからとりあえず仲良くなった。
だけど思いの外可愛くて可愛くて、他の生徒と仲良くさせなきゃいけないはずなのに、誰ともこいつと仲良くさせたくなくなった。
誰にも、こいつを見せたくなくなった。
閉じ込めておきたくなった。

愛に飢えているだけだということも、そんな中優しくしてくれた大人が俺しか居なかっただけなのもわかっている。ズルい大人だというのも重々承知している。
だけど願っても無いチャンスを、どうしても俺は手放したくない。







補足

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