短編2 | ナノ


▼ ハッピーバースデー

目が覚めるとすでに時計は11時を指していた。
よく寝たなと伸びをして起き上がったときに、ちょうどカレンダーが目に入った。
「あっ……」

9月23日。僕の誕生日だ。


誕生日と言っても今日で35歳を迎えるわけで、あまり嬉しいとも思えない。
それに残念ながら今日を迎えるまで自分自身すっかり誕生日を忘れていたし、誕生日を祝ってくれる友人や恋人もいない。
その上両親ですら息子の誕生日を忘れているらしく、なんとなく開いた携帯には連絡の1つも来ていなかった。
寂しい誕生日だなと思いながらも朝ごはん兼昼ごはんを作るべく台所へと向かい、冷蔵庫を漁った。



なんの変哲も無いただのサラリーマン。
週休2日で楽しみは特に無く、趣味もない。
強いて言えば映画やドラマを見るのは好きな方。
今年も何もせず誕生日が過ぎていくのかと満腹になった腹で考えたが、ただでさえ祝ってくれる人がいないのにそれは虚しすぎる。
誕生日である今日だけでいい。今日だけは一人でいたくない。
そう思い、出掛ける準備を整えた。


別に行きたいところはなかったが、とりあえず電車に乗り適当に空いていた席に座って周りを見渡した。
人が多過ぎず少な過ぎもしない車内。
みんな本やスマホなどを見ているため下を向いている。
静かな車内は電車が動いている音しか聞こえてこない。
いつもなら自分も皆と同じように下を向いているが、今日は何となく上を見たい気分になり上を見てみると、数駅先の駅前にあるショッピングモールの中吊り広告が目に入った。
確かあのショッピングモールには映画館があったよなと思い出し、目的が無かった行き先をショッピングモールへと決めた。


休日だということもあってショッピングモールがある駅もショッピングモール内も人で溢れていた。
ちょうどお昼時ということもあり、フードコートやレストラン街には人が多く、通るのに時間がかかったがそこを抜ければわりかし空いていた。
早速映画館へと向かい何を見ようかと眺めてみると、数ヶ月前から見たいなと思っていた映画がまだ上映中だった。
けれどもう終わりかけだからかちょうどいい時間のものがなく、早くても2時間後からだった。
どうしようかと悩んだが他の作品にそれほど魅力を感じず、結局2時間後だが見たいと思っていた映画を見ることにした。
ただどうやって始まるまでの2時間を潰そうかと考えたが、ここは有難いことにショッピングモールで、見るところはたくさんあった。


最初は服屋など見ていたが好みの服屋がなく、今度は雑貨屋を見て歩いた。
『そういえばこれ欲しかったんだよな』と思っていた品をいくつか見つけてしまい、気が付けば両手に数個ずつ紙袋を持っていた。
さすがに買い過ぎた。と思いつつ後20分に迫る映画を見ようと足を進めていると時計屋で自然と足が止まった。
ブランドに疎い僕でも名前を聞いたことがある時計屋で、店頭に飾られてあった透明なディスプレイの中にある時計に目が奪われた。
近付いて行きよく見るが黒のシックな時計はとても落ち着いた雰囲気があり『ほしい』とそう思った。
値段はやはりブランド物だけあっていつも僕が買う時計の値段よりも1ケタは多い。
一瞬迷ったが、今日は僕の誕生日なんだからたまには良いだろうと近くにいたスーツ姿の店員に声をかけた。

「すみません、これください」
「ありがとうございます。こちらはプレゼント用にお包みしますか?」
振り向いた店員はとてもイケメンで、こちら見てニコリと笑うので、思わず男相手なのにドキッとしてしまった。

「……お願いします」
「少々お待ちください。……彼女さんへのプレゼントですか?」
別に自分用だから包まなくてもいいのに、店員のイケメンさに驚いて何も考えずお願いしてしまったことで誰宛なのか質問されてしまった。

「え……っ?あ……、違います。自分へのプレゼントです」
「自分用?」
イケメン店員に不思議そうな顔をされたので慌てて、
「僕、今日誕生日なんです。祝ってくれる人もいないんでこうやって自分で自分にプレゼントしてるんです。寂しいですよね」と告げた。

「そうなんですか!お誕生日おめでとうございます」
話の流れで今日が自分の誕生日だということを伝えると、イケメン店員が僕の誕生日を祝ってくれた。
今年初めて祝ってくれた人がこんなイケメンだなんて、なんだか得した気分だ。

「あっ誕生日ついでで教えて欲しいんですが、この辺で美味しいディナーが食べられるお店ってないですか?」
『そうですね……』とイケメン店員は嫌な顔せずオススメのお店を教えてくれた。
その上、誕生日ならこのショッピングモール内にあるマッサージ屋で割引があることも教えてくれた。


映画は思っていたよりも面白く、満足のいくものだった。
映画後はイケメン店員が教えてくれたマッサージ屋へと向かい、日頃の疲れが綺麗さっぱりほぐされた。
ついでに教えてくれたマッサージ屋がこんなに良い場所だったならディナーのお店も期待できるなと向かうと、そのお店はショッピングモールから出て数分歩いたところにあるビルの最上階のレストランだった。

高級な店には相応しくないカジュアルな格好をしていたため、入るかどうか迷ったが覚悟を決めて入ると「向井(むかい)様ですよね?お待ちしておりました」と店員に声を掛けられ、窓近くの席へと案内された。
予約なんてしてなかったのに何故?と考えていると「こちら前菜です」と料理が次から次へと出てきた。
不審に思いながらも食事に手をつけると今まで食べたどの料理よりも一番美味しかった。
しかもこんな綺麗な夜景を見ながらディナーを食べられるなんてとても贅沢だ。
しばらくは食事と夜景を堪能していたが、こんな素敵な場所で一人なのはやはり寂しいなと考えていると、「こんばんは。こちらいいですか?」と先程の時計屋のイケメン店員が目の前の席に着いた。

「あっ……」
「勝手に色々やってしまい、すみませんでした。今日があなたの誕生日だと聞いたので少し用意させてもらいました」

お邪魔で無ければ私が今日あなたの誕生日を一緒に祝わせてもらってもいいですか?







補足

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