6章-2 | ナノ



















だらりと下げられていたナルトの手がピクリと動く。
それに気づいた男はフンっと鼻で笑った。

「なんだ、生にすがりたくなったか?」
「……」
「無駄だ。貴様は今日死ぬし、誰も生きることなんぞ望んでいない。」

はっきりとナルトの脳裏にはシカマルとの別れ際が思い出されていた。
彼は生きてほしいと言ってくれるだろうか。
首をしめられ苦しむ中、漠然とそんなことを考えていた。

「貴様も本当に愚かだな。あんな子供の言う事を真に受けて。」
「……」
「お前は化け物でしかないというのに。」
「……」
「あの子供も馬鹿なものだ。こんな化け狐に会おうとするなんてな。」
「…ぅ。」

ナルトは閉じていた目を開き、首をしめる男の手をつかみ抵抗した。
瞳には悲しみと怒りが混在していた。

「…はっ!いっちょまえに怒ってるのか?狐のくせに!」
「お、れ…は…」

ナルトは初めて怒りという感情を得た。
さっきまでの胸のざわつきは今やはっきりとした感情としてナルトの中に存在した。
自分でさえ化け物なのだと思っていた。
そんな自分に対して普通の子供だ言い、言葉の通り普通の人間のように接してくれた。
一度ならず二度までも自分を助けてくれた。
そして、またな、と言ってくれた。
全てを鵜呑みにはしない。
それでも、その優しさを信じたいとナルトは思った。
そしてそれを汚すような男に、彼を貶す男にはっきりと怒りを覚えたのだ。











『ほら、これもだろ』


『手当してやっから俺ん家来いよ』


『こんなボロボロの奴スルーできるか』


『俺には…普通のガキにしか見えねぇよ』


『ナルト!』


『…俺はお前の事、名前しか知らねぇ。
そんで、俺の知らない“デカイ何か”が…お前にはあるんだろ』


『そんでも、俺には…ただの傷ついたガキにしか見えねぇよ』




『またな』





…また、会いたい。



自惚れでもいいから期待を



希望を持ちたい



まだ…













「おれ、は…」











「…生きたい…!」



「!」





真っすぐと男を見据えるナルトの瞳は曇りがなく、そこには意思がやどっていた。
ただ生きているだけの暗く沈んだ瞳ではない本当の色が映った。
生まれて初めて、自ら生を望むその意思が。
そしてその瞳からはどんな苦痛を味わおうとも流れなかった一筋の涙がこぼれた。

「…っ」
「お、れは、まだ…死な…ない」

先ほどまでと全く違うナルトに男は瞳をゆらがせた。
不気味な人形のように生気のなかった瞳は、今やはっきりと人の意思が伝わってくるからだ。
まるで普通の人間のように。

「…貴様は狐だ!化け狐だ!その体の中に恐ろしいほどの憎しみがつまっているんだ!」
「ぐっ…!」

男は何かをふりきるようにナルトの首をしめる。
手放しそうになる意識をナルトは必死につかみ抵抗した。

「貴様が里人を!俺の両親を奪ったんだ!」
「…はっ…お、れは…くっ」

男の存在を否定し続ける言葉も今のナルトには響かない。
生を望み、期待と希望を持ったナルトには。
こんな言葉よりも信じたい言葉があったから。


里のほとんどの者から化け物だと言われていた自分を


彼は人だといった


彼は俺をナルトと呼んだ


ならば俺は…


ナルトの心は決まった。















「おれ、は…何も、してない…」

「俺は、狐じゃない。」











「俺は…うずまきナルトだ!」


「!?」









男の腕をつかみいまだ苦しい喉をふりしぼってナルトは叫んだ。
男は目を見開き息をのんだ。
力がゆるまった隙を見逃さずナルトは男の手から逃れ距離をとった。
呆然とそれをみつめる男は何も言わない。
部屋にはナルトの荒い息遣いと外の雨音だけが鳴っていた。


























男はナルトをただ見つめていた。
自分の両親を死においやった九狐が封印された子供。
何もできなかった悔しさと殺された憎しみ、その全てを向けていた存在。
九尾を殺し、復讐するためだけに必死に修行し暗部にまでなった。
憎しみは背を押し、今では暗部を取り仕切る程の力を得た。
そして今日念願が叶うと思っていた。
だが…今目の前にいるのは…何者、なのか。
大切なものを目の前で奪っていったのは九尾。
だが、そこにいるのは只の子供。
自分と同じように、それ以上に全てを失った子供。
いや、失う前に得ることも許されなくなった子供。
男は体を繋ぐ糸が切れてしまったかのように崩れ落ちた。

「…なら…俺は何を…憎めばいいんだ…」
「…。」
「何のために、生きればいい…。」

先ほどまでの殺気が嘘のように男の存在は希薄になっていた。
徐々に呼吸が戻ってきたナルトは静かに男を見つめていた。

「お前は…何のために生きるんだ…」

男はナルトを見つめていた。
どこか虚ろで困惑した眼で。

「俺は…理由なんて、わからない。」
「…。」
「ただ、死にたくないと、生きたいと、思った…それだけ、だ。」

それはあまりにも当り前で純粋な願い。
人は生きていることが大前提として何かを求め願う。
その根本を、当り前過ぎて忘れてしまうような思いをナルトは今日得たのだ。
その純粋な瞳に男は何も言えなかった。

「俺を、九尾を、憎んで、いい…だが、俺は、死なない。」
「…。」

まだ幼く小さな体は、憎しみを受け入れると言う。
それでも断固として生を諦めないと言う。
その姿に男は憎しみよりも違った感情が芽生えてきていた。

「…今日は、もう去る。」
「…あぁ。」
「…… …」

男は小さな、本当にかすかな声で謝罪をのべ、消えた。



男が消えナルトは大きく息を吐いた。
いまだ軋む体を動かし、ベッドの上へと倒れたこむ。
たくさんの初めての感情や思いに、未だかつてない疲労感がまとわりついていた。
だがそれは只苦しいものでなく、どこか心満たすようなもので。
そしてその疲労感に包まれながらナルトは吸い込まれるように意識を手放した。





初めて感じた思いは


重く


切ない


だが同時に


どこか


あたたかかった













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