1 / 2 頁
本編途中、捏造
蝦夷共和国、五稜郭にて
「俺が誰より守りたいのはお前だ。俺は……、お前に惚れてるんだろう」
大鳥さんの計らいにより、土方陸軍奉行並の小姓付きとして彼の傍にいること許され、微力ながらも日々彼に寄り添う。
それは、私にとって身に余る程の幸せで…、それ以上の望みなんて考えたこともなかった。
ううん。
彼の傍にいることが私の全てで、それ以外の望みなんて何もない。
彼を支えたい。
その一心でしかなかった。
今、起きている全ては、夢物語なんじゃないだろうか?
土方さんが生きる意味を見出だし、それが私だと彼は言う。
新選組とは別の、新たな生きる目的。
普段、本音を明かさない土方さんが、深い部分の想いまで見せてくれている。
どうしよう。
この上ない喜びを、たった今…知ってしまった。
愛される幸せ。
互いを想い合う幸せ。
愛する人の命となれる幸せ。
本当に望んでもいいのだろうか?
私には不相応なんじゃないだろうか?
けど、理屈じゃない。
それは、彼の唇が教えてくれる。
「お前は、これからも俺の傍にいろ。逃げようとしても離さねぇから覚悟しとけ」
「…はい」
手放すなんて出来る筈もない。
私の方が、土方さんなしでは生きられないのだから。
湯水のように奥底から溢れ出す想いを上手く紡げず、それが涙となり…
力強い彼の腕の中で、私は暫く泣き続けた。
「お前は、まだ泣いてんのか?」
ベッドで私に覆い被さる土方さんが、呆れ顔で小さく笑いながら、親指で目元拭ってくれる。
「だって…止まらないんです。幸せすぎて、私…」
「ったく、今からそんなに泣いてどうすんだ」
あの後。
私たちは、そうすることが当然かのように、土方さんの部屋で互いを求め合おうとしていた。
「この程度の幸せで満足してんじゃねぇよ。まだ、これから先の何百分の一だろが」
「…ふ。そうですね」
“これから”
その言葉は更なる涙を誘う。
明日をも見通すことの難しい闇の中で、一際目映く光る希望。
常に死と隣り合わせの私たちには、淡い夢だと言わざるを得ないのかもしれない。
けれど、願わずにはいられない。
あなたとの明日を…
あなたとの未来を…
「土方さん」
「ん?」
「私…何があっても離れませんから。土方さんも、絶対に…離さないで下さいね?」
口約束でいい。
土方さんの生きる糧で在り続ける強さが欲しい。
今を懸命に生き抜く希望が欲しい。
「あぁ。言ったろ?逃げても離さねぇって。俺は…こうと決めた己の信念を曲げたりしねぇ。最後の最後まで貫き通すさ」
「良かった…」
確固たる決意を瞳に宿す凛とした面持ちはいつもの土方さんで、唇を三日月に曲げた柔らかな笑みに、いつしか涙は止まり、胸中には不思議と安堵が広がっていった。
「千鶴…」
薄暗い部屋の中、ひんやりとした冷たい両手が私の頬を包み込み、それが合図のようにゆっくり双眸を閉じると、唇に温かい感触が触れる。
浅く何度も何度も与えられる口付けは、次第に熱を持ち始め、互いの呼吸さえも乱していく。
「ん、土方、さ…」
息苦しさに比例して、胸の奥が苦しくて、切なくて…
駄目…また、涙が溢れそう。
忙しない私の涙腺は、幸せの余り壊れてしまったのかもしれない。
「……この、泣き虫が」
静かに枕へと伝い落ちる雫に気付いた土方さんは、そっと唇で受け止めてくれた。
これ程、愛おしさの込もった呆れ声なら、何度だって聴いていたい。
「土方さん…」
「泣いてる暇なんてねぇぞ?」
瞳を緩やかに細める表情が視界にぼやけると、親指で顎を押し下げられた唇に、するりと生温い感触が生じる。
「っ…んん」
生憎、こんな時どうすればいいのか必要な知識を持ち合わせていない未熟な私は、彼の舌に翻弄されるがまま。
それでも、彼の気持ちに応えようと、おずおず舌を動かしてみるものの、やはりその動きは自分でも落胆してしまう程に幼い。
(駄目…頭、回らない)
湿潤を纏った絡み合う音に、密着する熟れた熱。
余りの濃厚な行為に、もうどこで息継ぎをしていいのかさえ判らず、土方さんは、そんな私の戸惑いすらも全て呑み込んで、貪欲に口内を侵食していく。
「んっ、は…ふぅ、んん」
そんな甘く苦しい一時も、暫くの後、異変に気付いた土方さんによって、さらなる濃密な刻へ染まることとなる。
「死ぬ気か、お前は!?」
私を解放した土方さんは、呆れや怒りとも違う、何かとんでもない物を見るような驚きの表情で、私を見下ろしていた。
その張本人はと言えば、大きく息を吸い込み、生の本能的行為を繰り返す。
「ったく、息をしろ。息を」
「…す、すいません。何分、不慣れなもので。ご迷惑を…お掛けしました」
「……」
(お、怒って、る…?)
私が期待外れなくらい下手なせいで、不機嫌になってしまったのだろうか?
眼前に浮かぶ憮然とした表情から、本心は読み取れない。
「……初めてなのか?」
「へ?」
「だから、初めてか?と聞いてるんだ」
「は、はい!」
苛立ちが含まれたような棘のある声音に、思わず身体は萎縮してしまう。
「そうか…」
小さく応えると、それっきり土方さんは黙り込んでしまい、何だか針の筵にいるような、居た堪れない気分になってくる。
私は、その重い空気をどうにか打開したくて、気付けば必死に口を開いていた。
「あ、あの…すいません、私が至らないばかりに…」
「どうして、お前が謝る?」
「それは、その…私が、下手だから…、土方さんの気を削いでしまったのかと…」
「……」
男性を喜ばせる術を知らない私は、お詫びをするしかない。
私は彼の小姓だと言うのに、役にも立てていないのだから。
「…この、馬鹿」
「はい。返す言葉もありません」
「はぁー…。だから、そういう意味じゃねぇ」
ガシガシと乱暴に髪を掻きむしるその仕草からは、もどかしさが感じられた。
「上手いだとか、下手だとか…端からそんなことなんざ、求めてねぇんだよ。お前みてぇな色気もねぇガキが、床上手だなんて誰も思わねぇだろ」
「う…。何も言えません」
「俺は……ただ、嬉しかったんだよ」
「え…?」
語尾は聞き取れない程急激に萎み、窓からの月明かりに青白く照らされる土方さんの顔は、少し赤みが差してるように見える。
「何となく分かっちゃいたが…それでもお前が、誰の手も触れてねぇ純潔だと知って、柄にもなく浮かれてんだ」
「……」
「けど、そんなん格好悪くて表に出せる訳ねぇだろ。俺の女なら、ちったぁ察しやがれ」
そうだった。
ぶっきらぼうな態度は、本音を隠す為、身に付けた鎧。
その証拠に、本心を語る朱色は耳にまで達していて、彼は目も合わせようとしてくれない。
(私の好きな土方さんだ…)
一人で重荷を背負い込んで、憎まれ役にだって率先して徹する…常に自分を殺してしまう人。
だから、放っておけない。
だから、愛おしい。
「土方さん。色気の欠片もない不束者ですが、どうか宜しくお願いします」
「おい。改まって、何だそりゃ?」
「え…と、挨拶と言うか、私なりの心構えと言うか…」
「ふ…、そうか。いい度胸じゃねぇか。生憎、俺はその色気のねぇ不束者がいいらしいからな。今更、嫌だと喚かれても止められねぇぞ」
「…はい」
真っ直ぐに彼を見据え、ゆっくり縦に頷くと、瞼に優しい唇が舞い降りて、柔らかな黒髪がサラサラと頬を滑る。
(身も、心も…私の持っている全てを、彼に捧げたい…)
大きな身体にすっぽりと包まれながら、心酔するようにそんなことを願ってた。
戻