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「綺麗だ…」

「土方、さ…」



綺麗なのは貴方の方。

室内を青白く照らす皎々とした月明かりを浴びた土方さんは、まるで月の化身の如く気高く、その秀麗さに、私は引き込まれるようにして見惚れてしまう。


一糸纏わぬ私の肌に、艶やかな黒髪と熱い唇が眼下でゆらゆらと揺れ、交わる幻想的な色調が、神秘的とも言える光景を生み出していた。


それを、どこか遠くから傍観する自分。

夢か現(うつつ)か、未だに夢見心地で、現実として地に足が着いていない。


それでも私を繋ぎ止めるのは、目の前の情熱的な彼で、想いを乗せる口唇が、触れた場所から私の心に降り積もる。



「はぁ…ん」

「っ、千鶴…」


切迫感すら感じさせる掠れた声が私を強く求める。

それが、締め付けられるように切なくて、必死に彼の頭を掻き抱いた。



「土方っ、さ…ん」


埋めた先にある決して大きくはない膨らみを、彼が舌先で器用に愛撫する度、小刻みに体は震え、絡め取るようにして尖端を強く吸われれば、痺れが全身を駆け巡る。

ピチャピチャと、まるで水遊びでも愉しむような淫靡な音が鼓膜を侵し、五感の全てが土方さんを感受する。


「っ…ぁ…」


次第に力が抜けていく。
深く、深く、堕ちて…沈む。


迷いなんてない。

けれど、不安と期待、喜びに戸惑い…とにかく多種多様な感情がいっぺんに入り交じり、どうにかなってしまいそうな自分の中に、恐怖にも似た感覚が去来していた。

それらは、無意識のうちに体を強張らせ、抗うように蓋をさせてしまう。



「眉間に皺寄ってるぞ」

「え、あ…」


いつの間にか私を見据える土方さんの言葉にハッとして、思わず自分の額に手を当てる。


「どうせまた、いらねぇことでも考えてんだろ?」

「いえ、あの…」

「……俺が、怖いか?」


真っ直ぐ尋ねるその瞳は、微かに憂いを滲ませ揺れているような気がして、私は慌て首を振る。


「あの、その…違うんです」


どうしてこんな気持ちになるのか、自分でもよく分からない。

貴方に全てを捧げたいと願う気持ちは本物なのに…



「余計なこと考えてねぇで、全部俺に預けろ」

「……」

「お前はお前だ。何も変わりゃしねぇよ」


まるで心内を見透かしたかのような顔。

しなやかな指先が、ほどかれた髪を柔らかく梳く。


「どんなお前も、俺は好きだよ」


その指先も、私に向けられる眼差しも、余りにも優しくて…


「すいません。もう大丈夫です」


土方さんの想いを噛み締めるように、耳元近くにある彼の手を取り、自分の頬に押し当てた。



ゆっくり瞼を開けると、小さく頬を緩めた土方さんが、私の両手首を片手一本で頭上に纏め上げ、額にひとつ口付けを落とす。


絡む双眸が次第に滲んで見えなくなり、口唇が、瞼、鼻、頬、唇、鎖骨と啄むように南下して、同時に指先が肌を柔らかく滑る。


「ぁ、っ…」

「千鶴、力を抜け」

「は、いっ…」


魂が震える。

共鳴する互いの熱がそこから溶け出して、貴方と2人で堕ちていく。


触れ合う素肌が心地好さを。彼が辿った道筋が疼く熱を。


「ふぅ、ん…はぁっ」


もう怖くはない。
我ながら思考は単純に出来ていて、土方さんへの信頼は絶大だった。



蒼白い闇夜に色香が艶めく頃には、そこから身動きもとれない程浮かされて、土方さんの姿を捉えることすら困難を極める。


薄い膜が張ったような輪郭の覚束ない世界の中に、それまでとは種の異なる感覚。


「思った以上にしっかりと濡れてるぞ?」

「ゃ…ぁ…」


茂みを掻き分けた指先が、ぬかるんだ陰裂を上下に擦り、その度に、まるで自分ではない“女”の声が止めどなく溢れてしまう。


「あぁん…ぁ、ん」

(私ったら、こんなはしたない声…)


自分でさえ知らなかった隠された姿が、彼の手によって暴かれていく。

その拓かれる特異な感覚は、まるで土方さんの手中に堕ちていくようで、それが嬉しかった。



(私を貴方のものにして。決して離れないよう、貴方の一部になりたい…)



「土方っ、さ…ぁ」

「ん?」

「はぁ、ぁ…何か、気持ち良すぎてっ…ぁん…は、ど、どうにかなって…ん、しまいそ…で、す」


彼の指は泥濘の蜜壺に入り込み、先程から中を押し拡げるよう内壁を隈無く侵食している。


鈍い痛みに混ざる言い知れぬ快楽。


身体の芯のさらに奥が熱く痺れて、中から何かが溢れてくるのが分かる。


「後で辛くなるから、一度いっとけ」

「あ、ひん…そ、そんなこと言われて、も…わ、分かんなっ…」

「ほら。手伝ってやるよ」

「あっ、あっ、ゃぁ…だ、めっ…」


指先の動きに加え、陰核が舌で舐め取られる。

その転がすような手まめな舌使いに、全身から汗が吹き出し、頭の中は空っぽで、やけに研ぎ澄まされた触覚が大きく波紋を拡げる。


「はぁぁぁ、んぁ、ひじっ、方さっ…ぁぁっ!」


瞬く間に膣は一際きつく痙攣し、身体は弓なりに仰け反った。




「ぁ…はぁ、はぁ…」


熱い。
全身、力が入らない。

呼吸さえ出来ぬ、目も眩むような痺れの後に襲われたのは浮遊感の伴う虚脱。


(あぁ。ふわふわして、どこか飛んでいってしまいそう…)


「大丈夫か?」


生まれて初めての体験に呆然としていると、優しい声と共に瞼に感じるのは柔らかい唇の感触。


「土方さん…」


穏やかな色をした黒紫の瞳に出会うと、何故だか途端に恥ずかしくなった。


「どうして顔を逸らす?」

「いえ、あの…何だか急に恥ずかしくなってしまって…」

「ったく、何言ってんだ。今更だろが」

「で、ですよね…」


自分でも可笑しなことを言っていると自覚がある分、苦笑いが零れる。


「けど…、いい顔してたぜ」

「え?」

「最高に色っぽい女の顔をしてた」

「……」


熱っぽい瞳が注がれ、私の心臓は再びドクドクと高鳴り出す。


「……すまねぇが、俺も余裕がないらしい」

「土方さん…」

「すっかりお前に煽られちまった」


困り果てたように苦笑を浮かべ、掴まれた手首が導かれたその先には、脈打つ音までもが聴こえてきそうな滾る彼の熱。


「千鶴…いいか?」

「……」

「お前の中に入りたくて、これ以上は我慢がならねぇ」


眉根を寄せた苦痛ともとれる表情に、高鳴る胸がキュウッと締め付けられる。


「そんなこと…確かめなくても、私はもうとっくに…土方さんのものですよ?」

「ふっ。そうか…」


そう愛しさを込め微笑んだ先に、泣きそうに笑う顔が浮かんでいた。










「あぁっ、はぁ…っ、んん…」

「はぁ、千鶴っ…く、っぁ…」



それはまるで静かな嵐。
私はゆらゆらと揺れる木の葉。

月夜に隠れるようにして、甘い吐息が部屋中を飛び交う。


傷だらけの逞しい身体に、時折滴り落ちる汗。

艶っぽい吐息、私を呼ぶ掠れた声、そして温もり。


新撰組という大きな志の為に、常に先頭を直走ってきた土方さんがここにいる。

私なんかじゃ手も伸ばせなかった眩しい憧憬の存在が、すぐ傍にいる。


身体の繋がりだけじゃない。

一線を越えた交わりは、全てを超越し、心と心を硬く結び付けてくれるよう。


この焼けるような痛みですら喜びであり、愛しさへと変わる。



「千鶴、愛してる」

「ん、はっ…わ、わた、私も…」



いつの間にか空は白み始め、もうすぐ夜が明ける。

数時間後には、箱館は激しい戦場となり、また多くの血が流れるだろう。


大丈夫。
死ぬことに恐怖はない。

本当に怖いのは、彼の傍から離れてしまうこと。
彼を独りにしてしまうこと。

私は生き続けなければならない。


「土方さっ…ぁ、もっと…もっと、強くっ…」

「っ、はっ、ぁぁ…」


消えないよう深く刻み付けて。貴方の想いが私を強くしてくれるから。


「千鶴…、く、はぁ…俺たちは…何処までもっ、一緒だ…」


息も絶え絶えなその言の葉に応えるよう、私は覆い被さる彼の胸にひとつ深紅の花を咲かせる。


「…約束、です」


そして、突き上げる力は一層強くなり、私たちは最果てへと旅立った。









新撰組が失われても、私は決して変わらず彼の理由で在り続けよう。
この戦が終わっても、生きる意味だけは残るように…

彼が彼で在る為に。
そして、共に生きるんだ。














20120712
御題:空想アリア



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