ただただ広いだけのこの家に、もう8年も住んでいるのに、一向に我が家という気はしない。この家で一番小さな部屋を選んで、どれだけ自分の持ち物でいっぱいにしても、相変わらず私はこの家と打ち解けられない。まるで勝手が分からないから、自由に歩き回れさえしないのだ。

いつもの場所に慎重に鞄をかけて、老舗の旅館にあるような木の座椅子にさんかく座りして携帯を開いた。3月26日15時26分、依然対局は続き、手の数は増えていく。そのたびに下瞼のふちがかあっと熱くなる。ぐっと歯を食いしばって、誰も見ちゃいないのに涙がこぼれないように我慢した。ぜんぜんわかりもしない世界にいる人のことで、どうして私はこんなに泣きそうになってるんだろう。


(島田、さん)


大事な対局の前には必ず胃を痛める人だから、きっと今もその疼くような軋みをかかえたまま、盤の前に座っているのだろう。そのくせにすみずみまで気を配って人を慮ろうとするのだ。しかも心配もさせてくれない。そういう大人だから、私も会いになんていけなくて、結局一ヶ月も会わないまま。だけど会いに行ったところで、私にできることなんて一つだってありはしないのだ。

制服のスカートのままだったことに気がついて、むこうから見たらぱんつ丸見えだなとか今更思った。でもさんかく座りをやめないまま、骨ばっていて傷だらけで子供っぽい、むきだしの膝に額をくっつける。この広い家にいるのは私だけで誰に気兼ねすることもないのに、うまく泣くことも、開き直ることもできないまま、ぎゅうときつく目をつぶった。赤いチェックのプリーツスカートの残像がちらついて離れなかった。

もし棋士だったら、大人だったら、かける言葉のひとつでも見つかるのかもしれない。何か差し出せるものがあるのかもしれない。けれど現実私はまだ幼くて、あの優しい人に甘えるばかりで、島田さんのためにできることなんてせいぜい連絡しないことくらいしか思いつかないのに、それすらもできそうになくなってきていた。


(会いたいよ、)


何でもいいから知りたいのに、あのベージュのコートの端っこを掴んでいたいのに、その術を私は知らない。






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