午前中降り続けていた雨は、太陽が真上にくると雨雲ごと溶かされたのかすっかり止んで、屋上にはなごりのような水溜まりが2、3まだら模様を描いていた。さっそくばちゃり、ひとつ踏んで上履きが水浸し。体温でぬるめられる前にさっさと脱ぎ捨てると、どうやって登ったんだかプレハブの上からひょいっとひよこ頭が覗いた。片手にひとつずつの上履きを見つけてにやりとするその口元をニコチンの煙が濁す。


「なにやってんの」
「うるせえ」


ちびなあいつには一苦労だったかもしれんが、俺にとってはなんでもないことだったので、プレハブの屋根に手を伸ばして飛び上がる。2メートルだけ太陽に近いせいかギザギザの屋根はすっかり乾ききっていた。


「また背ぇ伸びた?」
「さあな」


いや絶対伸びたって、と食い下がるので、何を根拠に言ってんだ、と言い返すと、この前まで頭と肩一緒ぐらいだったのに今はうんぬん。めんどくせえから聞き流した。
あずき色の屋根の上は、なまえのちいさな城になっていた。チョコレートの包み紙、黄ばんだ古本、赤いパッケージの煙草と100円ライター、なぜか虹色のレジャーシート。ぶっふうぅぅ、と大げさに吐き出したけむりがもくもくと風に煽られて消え、あんまりにもうまそうに吸うもんだから、俺も買ってきた同じ銘柄のやつを学ランの内ポケットから出して咥える。


「あっ、こら」


手品のように俺の口と手から煙草が消えて、犯人をにらみつける。


「なにすんだ返しやがれ!」
「お前はこれ禁止、ほらこれで我慢しとけ」


飲みかけの一本80円の炭酸を差し出されて、こんなんで満足できっかと思いつつ口をつける。ポケットにいそいそ俺の煙草をしまい込んだなまえに、舌を焼くような炭酸を楽しみながら手を伸ばす。


「ちょ、それ飲んだじゃん」
「ふん、これはお前が勝手に俺に献上しただけだ」
「いやふんじゃねーよふざけろ!」


さすがの俺も片手間では取り返せず、空にした500ミリリットル缶を置いて両手を伸ばし覆いかぶさろうとするも、それよりも早くなまえが体ごと転がりそうなへったくそなフォームで投げてしまう。宙を舞ったそれはパッケージごと水溜まりに着水。たぶん今さら拾いにいったところで全部しけっちまって吸えたもんじゃないだろう。


「てめえ!」
「あのな、絶対吸わなきゃよかったと思うときが来んだからお前は、ぜったい」
「なにを偉そうに」


煙草を挟んだ指先を揺らす慣れた手つきにむっとした。同じように育ってきて、こうして同じ末路を辿っているくせに、いまさら先を歩いているようなそぶりをするな。


「べつに偉ぶってんじゃなくてさあ」
「じゃあお前もやめろ」


唇に持っていこうとした煙草を奪って同じ水溜まり目がけて投げつける。じゅっ、とあえかな声をあげて息絶えて、口がまぬけに空いて、そのあいだにそばにほっとかれていたやつも全部放り投げた。ライターすら投げた俺の肩を半分本気で殴ったようだが、ちっとも痛くねえ。貧弱。


「よしわかったじゃあお前はそのだせえリーゼントやめろや」
「あぁ?ださくねえぞリーゼントナメてんじゃねえ!」


せっかくのリーゼントを崩そうとする煙草くせえ手を避けながらつかんだほそっこい手首は簡単に押し返せてしまう。むっつりした顔に満足して笑う、じゃれるようなパンチ、怒った顔してるくせに目が笑ってる。淡いバランス。






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