置いていかれる予感はいつだってあったのかもしれない、だからあんな風に偉そうなことを言ってみたりして、置いていかれないように先を歩くふりをしたのかもしれない、置いていかれた今になってみれば思うこと。だけど予想していたとおりのこと。昔から、それこそ初めて会ったときからたぶん鷹村はずっと前を歩いていたし、ひとりで考えてもがき苦しんでやっていけるひとだということを、私はずっと知っていた。

高校を辞めてボクシング一筋でいくのだと、見たこともないすっきりした顔で鷹村は言った。担任にもはっきり言ってきた、あとは手続きだけだと。こんなプレハブの屋根でいうことか、とさしておもしろくもない空を眺めて、動じてないふりをするのは至難の業だ。けれど顔を見て平然と告げられるほど平気なことじゃない。


「お前もやめちまえ」


縋るような目つきをすることなんて最近はすっかりなくなっていたからなつかしいけれど、だからといってその目に立ち止まるのがもう私でないことを、鷹村だけが知らない。頷いてはいけないのだ、当たり前のように揃っていた足並みはきっとどちらかがそろえていただけで、そろえていられただけで、もうそうやっていられはしないのだ。私のどこかが一緒にいたいと顔をゆがめても。お前がどれだけ望んでくれても。すでに私の奥の一番深いところが、お前の直感が、今までの関係ではないことを感じ取ってしまっているなら。

ことばにはならなかった。そのかわり喉につかえた塊の大きさに顔がゆがんだ。どっちが楽かなんて火を見るよりも明らかで、今でもやっぱりなにもかも放棄してお前と歩きだしてしまいたい。でもそんなこと不可能なのだ、性分として。たぶんこんな気持ちを話せば、なによりもお前はそれを嫌っているから、真っ向から否定してひきずっていってくれるにちがいない。でもそんなことしたってなにひとつ変えられるわけじゃないんだよ。お前の望む私たちに戻れるわけないんだよ。
鷹村はじっとこっちを見ている、引き止めるすべをまだ探している。そんな色の目を真正面から見ては、言えることはなにもなくなってしまうから、もう一度空を見上げる。赤いケースの残像が奔って、あのときはもう薄々気付いていて、でも言えなかったことをぽそりとつぶやく。


「やめないよ」
「嫌なんじゃねえのかよ」
「嫌だよ、でもまだなにも見つかってないうちはお前とはいけない」


お前の隣を歩けない。お前の後ろしか歩けない。

私たちにしかわからないことにしておけば、孤独は崇高な趣味でいられたけれど、今だって他の誰かが入る余地なんていらないままでいたいけれど、お前がもうそれじゃだめなんだろう。私とお前でなきゃいけないことなんてもしかしてなかったんじゃないかって、気付いてしまったんだろう。私はまだ、そうは思えないよ。お前だけが特別だよ。誰だっていいならこんなこと考えやしないんだ、だけどな、同じところでつまづいたのがお前でよかったと本当に思うから、だからお前のこといつまでも私の中でたった一人のひとにして、同じ景色を見ていたい。すごいやつだなんて思わなくたってほんとはお前のことすきだよ。でもまだみんなをそうとは思えない、いつまでも思えないままでいいとも思ってる。だからすごくなくなっても、変わっても、きっとずっとお前は特別だよ。だからそんな、泣きそうな顔すんなよ、大丈夫だよ、またちゃんと会いにいくよ、今度はもっとなまのままでお前に。なんの予備知識も勘繰りも勝手なイメージも、余計なものは全部捨ててお前を見てみたいんだ。だから待たなくても振り返らなくてもいいよ。やっぱり偉そうにしかできないけど、お前が悩んで右往左往してもがいてるのを見るのが好きだったかもしれない、つらかったかもしれない、でもお前が出した答えなら、答えを出せたなら、私はただただ嬉しいばかりなんだよ。焦らないわけじゃないけれど。抜け出せると、抜け出しても大丈夫なんだと、教えてくれたのはお前。


「大丈夫だよ、お前も私も、もう」


ほんとは恥ずかしいほどさみしいけど、なぜか清々しかった。このさみしさからは逃れようもないってこと知ってるからかもしれない。そのうちお前にも分かるよ、なあ、鷹村。


「煙草、吸わなくてよかったって思えるよ」


ちっとも羨ましくはなくなっていた。むしろ祝ってでもやりたいような気分だったけど、それはもう一度この先で会えたらにしようか。






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