ピロリン、と携帯がメールを受信する。「ごめん」と、桜はポケットからそれを出して見る。

「え、棗がバイト中に倒れたって」

「八重樫が?」

「うん、大丈夫かな。最近忙しいってずっと言ってたの」

眉を顰めて本気で心配そうな顔をした彼女を横目に、本当に誰にも分からないように溜め息を吐いた久保屋史岐。

ポケットの中へ突っ込んだ指が、自然と掌へ食い込む。何を、妬いているんだ、と自分を戒めるように心の中で呟く。

桜は彼のそんな思いなどつゆ知らず。

「…ごめん。心配だから、行ってくるね?」

「そうすれば?」

自分は恋人では無いのだから、桜の行動を規制することなど出来ない。久保屋史岐は黒いマフラーに口元を埋めて、視線を落とす。

本当ごめん、と謝って桜は来た道を戻る。その背中を見ることさえ、彼はしなかった。

八重樫棗からメールが来た時点で、桜の頭の中は友達で一杯だったのだろう。聞かずとも、分かる。

高校からの仲だ。

落とした視線を、睨むように空へ向ける。傍からみれば、これから神に文句をつけようとする人間のようだった。

二人は同じ大学に進学して二年、他の友人は違う大学へ進んだ。何かが変わるかと思えば、そんなことは無く。

残された彼は、携帯電話を出して桜とは反対側に歩き出す。高校からの神とは程遠い驚くほどフツーの男友達の電話番号を出して、躊躇いなく掛けた。

『もしもし』

寝起きのようなそれに、更に彼の心が捻れる。

「もしもーし、四十万谷クン。隣に居るのは霧島以外の女ですかー」

『違います、断じて違うので睨むな霧島』

「うわあ、うざ。リア充爆破したい。ねー俺の独り言聞いてくれる?」

向かい風が頬に刺すように当たる。すれ違った女性が彼を見て、顔を紅らめる。

すぐに目を逸らして、独り言を続けようとした。

『久保屋史岐…荒れてるな』

「冬眠前だからさ。恋愛より友情って大事なもんなの?」

今、嫌なことを言った──と彼は後悔した。でも遅い。

電話の向こうの四十万谷の隣にいる霧島にも聞こえてしまっただろうか。

溜め息を吐いた。

『……潮か?』

「匿名よろしく」

『霧島は、さっき八重樫の所行って帰ってきたばっかだけど』

ああ、そういえばお宅の子も友達思いですよね。なら、彼の気持ちが分かるのではないかと少し期待したが、すぐに止めた。あいつはヘタレだ。関係は無いが。

「へー、潮はさっき行ったばっかりですよ」

『だからって拗ねて俺に当たんな。それに、お前まだ潮の恋愛相手じゃないのに決めつけるのはどーかと思う』

「拗ねてないし。恋愛に発展するわけねーし」

『なんで』

クリスマスが終わって、辺りは大晦日に一直線。しかしどこか閑散としていて、冷たい木枯らしが吹くばかり。

独り言だ、全部。
彼は自棄になった。

「例え俺に対しての潮の認識が友達だとしても、八重樫とは比べものにならない。ミジンコレベル。そんなのが恋愛に発展すると思う?思わない、何より恋愛出来るなんて思えない」

だから、気付かなかった。

彼の裾を遠慮がちに引っ張った彼女の手を。

「もし友情より恋愛を大事にしてるとしても、俺はそれには到底及ばないわけだ」

グイッとマフラーの後ろを引っ張られた。公の場で殺人か、と驚きながら久保屋史岐は素早く振り返る。

それでも離さなかった桜の手により、マフラーはもっと絞まった。そんなことより、目を見張った彼は携帯電話の存在を忘れる。

「…そんなこと、」

掴む手とは裏腹に、桜の声は弱々しい。

「無いんだけどなあ」

二人の間を冷たい風が通った。





静かな年末を迎えた。

回復した棗からの誘いを珍しく断った桜は、霧島園からの連絡を待っていた。彼女なら何かを起こしてくれるかもしれない、などとかなり他人任せなミラクルを期待する。

「百八、あー煩悩か…。」

ニュース番組に独り言を言う。当然アナウンサーから返事があるわけでもなく、淡々と流れていく。

久保屋史岐は怒っていたのだと思う。
今更ながら冷静に分析し始める。

煮え切らない私の態度や行動、例えばこの間のように勝手に棗を優先してしまうことに、鬱憤が溜まっていたはず。

「よし!」

大きい声を出した。部屋の中に響いて、消える。

年内にそれは清算しよう。年を越してしまうのは、マズい気がする。

彼女は立ち上がって携帯を持った。





“除夜の鐘聴きに行きませんか”と送ったメールには“行く”とだけ返された。

いつものことなのに、その素っ気なさが少し気になる。本当に来るかな、と桜の中では半信半疑な状態。

予想は的中。

最初の十分はちょっとした遅刻だろうと思えた。二十分を越えたところで、首を傾げる。

久保屋史岐は頭が良い。そして、連絡無しにバックレるような人間では無い。頭が良い人というのは、後々その行動がどこにどう響くのかを計算出来る。

そんな彼が。

桜は電話を掛けようとして、止めた。惨めな気持ちになった。曖昧な態度をとった自分が悪いと認めているからこそ。

帰ろう、と決めた。

「ごめん、電車遅れて」

ぴょん、と黒い影が現れたかと思えば、久保屋史岐だった。

桜は驚き過ぎて声が出なかった。目をパチクリさせながら、浅く白い息を吐き出す彼を見る。

あの、霧島のように走るのを気だるそうにする久保屋史岐が、急いで来たなんて。

「来ないかと、思った」

「はあ?行くって返したつもりなんだけど」

メール届いてない?と怪訝な顔をした。
除夜の鐘が鳴っている。

二人は歩き出す。

空は雲一つない夜空。前に四十万谷が流星群を見に行こうと言っていたのを思い出した。

「うわ、年越してる」

「え?本当だ、いつの間に」

腕時計を見て口を開く。カウントダウンもせずに年越しとは、この二人にしては可笑しなもの。

「今年も宜しく」

「こちらこそ、宜しく」

彼がコートのポケットから手を出そうとした矢先、彼女が神社に続く列に早足で向かっていく。
その後ろ姿を追った。

彼女曰わく、これ以上遅くなったら始発でも帰れなくなる、らしい。

「あ、五円玉がない」

「はい、新年早々借金だね」

「おま…、一円玉五枚投げるからいい」

「じゃああげるから、新年早々プレゼントだよ」


得意気な顔で彼女が五円玉を差し出し、彼はそれをしっかり受け取った。



“君と素敵なご縁がありますように”


























20130101

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
桜&久保屋史岐を書きました。心象ではもうみんな出てないのに、結構派生したなあと驚きと嬉しさ。
ヘタレ四十万谷がちょっとしっかり言ってみてますね。

こんなHMBとサイトをどうにかこうにか今年も宜しくお願い致します。













壱万円札



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