暑い。補習組の俺等にとって教室のエアコン故障は何よりの敵。頭の良い潮や霧島は勿論居なくて、他のクラスからは八重樫の声が響いてくる。

下敷きをパタパタと仰ぐ。こんな暑い日にみんな揃ってなくて良かったと思うのと、他のみんなはエアコンの効いた涼しい部屋に居るのかと思うとどこか恨めしい。

霧島は、特に。暑さでぶっ倒れないでいると良いけど。




補習が終わって、廊下を丁度歩いていた八重樫が見えた。また頭を染め直したようで金髪頭が目に悪い。
三年の夏だっていうのに大丈夫なのか。

「あ、同じ補習組ー!そういえばさ、今日の夏祭り行く?」

「あー…。」

暑さで頭が鈍くなる。気にすることなく八重樫は話す。

「ソノとサクラも行くってー。」

じゃーね、と言うだけ言って軽やかに去って行った。

「四十万谷。」

その後すぐに、エアコンが起動していた部屋に居たらしい久保屋史岐が涼しげな顔で教室の扉付近に立っていた。俺は重たい頭を回して見る。

「今日さ…って此処あっつ。」

「エアコン故障中。」

「こんな真夏に…、あ、今日の夏祭り行こうって誘いに来た。」

夏祭り…と考えながら鞄にノートの類を入れていく。確か今日はバイトは無い。

さっき八重樫達も行くって言ってたな…。

「行く。」

そう答えた。もしも、これが最悪な出来事を招くということを知っていたなら、俺は断っていた。

必ず。




「どういうことだよ?」

「失恋したお前に荒治療。」

「ねぇ早く行こうよー。」

まだー?と不服そうな女子の声。久保屋史岐もグルかと思ったが、知らなかったらしく、げんなりとした顔をしている。神社入り口でクラスの男子と会い、一緒に行くような流れになったところで他クラスの女子と合流した。

…何故に?

しかもこれ、八重樫のクラスの女子じゃないか?男子に肩を組まれてくるりと後ろを振り向かせられた。

「それに失恋してねぇよ。」

「最近元気無かっただろ。ここで新しい恋でも見つけろ、な?」

何が、な、だ。頬の筋肉が引き攣る。久保屋史岐がどれだけ話が通じるか改めて実感した。

「予備校行けば良かった。」
「バイト入れとけば良かった。」

口々にそう言いながら、その団体は進んで行った。まぁ、良いか。霧島達の姿が見れればそれで充分だと思おう。

「ねぇ、失恋したって本当?」

一人の女子が近づいてきた。

名前は愚か、名字も姿も見たことの無い初めてましての女子。にこりともしない久保屋史岐は聞こえないフリらしく、俺は仕方無く愛想笑いをした。

「嘘、だけど。」

「ええ、そうなの?なんか元気なーい。」

悪いけど、いつもこういうテンションなんだよ。と返そうとする前に、腕を絡められた。

ギョッとしながら固まると、笑われた。

「…止めて欲しいんデスガ。」

「いーじゃん、はぐれたら嫌だし。」

ね?と向けてくる笑みは明るい、から困惑。助けてほしい、と久保屋史岐の方を向くと姿が無い。…はぐれたか?

いっそのこと久保屋史岐と腕を組んでいたら良かった、なんて気持ち悪い発想までしてしまった。

「あ、綿飴欲しいなぁ。」

顔を覗き込む強請り顔は可愛い。それは一般的感覚であって、だからどうとかでは無いけど。

少しだけ、ほんの少しだけ。
霧島にもこういう素直さというか、可愛さがあればもっと、なんて考えていた。

ら、天罰が下った。

「うわー、四十万谷が女と腕組んでるー。」

抑揚の無い女子の声にそっちを見ると、八重樫の白い目がこっちを向いている。嫌な予感が背中をよぎって、その後ろに視線を逸らすと潮も居て、霧島と目が合った。

その目が、段々無関心へ変わっていくのが分かる。

「これは、」

腕を絡めた女子のことなんて頭から消し飛んだ。弁解する言葉を探していると、八重樫が冷やかすように霧島を見た。

「ソノー、四十万谷が見せつけてくれるねー。」

「棗。」

いつも通りの音程で発せられた声に、どことなく安心してしまった。

「四十万谷って、誰なのか知らない。
ってゆーか、早く林檎飴のところに歩いて行って欲しいんだけど。」

固まったのは俺だけじゃない。
近くに居た八重樫も潮も固まっている。

…やってしまった。
天罰が下った。

マジギレした霧島の世界から、俺は抹消された。



グッタリとする俺に、今度は誰も話しかけて来なかった。

久保屋史岐という、かなり変わった人間が教室を訪ねてくるまでは。

「暑苦しい教室に暑苦しい人間がいる。」

「…そうだな。」

「昨日、何かあったとか?」

「…そうかもな。」

そんな返ししかしない俺に呆れるように溜め息を吐いて、久保屋史岐は口を開いた。

「大体の話は潮から聞いた。つくづく貧乏籤を引く運命にあるよね、お前って。」

「好きに言えば良いだろ。」

知ってたのか、と思いながら、帰る気が起きない。今日はバイトが夕方から入ってるってのに。

周りに生徒は居ない。みんな暑い教室から逃げるように出て行ってしまった。

昨日のことが、全て夢だったら良いのに。久しぶりに会ったというのに、あれは酷い。

「昼からは雨らしい。ん、これ。」

ポイッと折り畳み傘が投げられる。俺は首を傾げた。貸してくれんのか、久保屋史岐。

「霧島は上の階で講座。もう終わると思うから、早く謝れば?」

再度溜め息を吐いて、言葉すら吐き捨てる。

今、すごく久保屋史岐が神様のように見える。

守護神?守護霊?あ、それは霊か。

ガタンと椅子から立ち上がった。

「今度、コンビニで何か奢る!」

「コンビニ?安。」

「行ってくる。」

行ってらー、と手を振る久保屋史岐は、笑っていた。どこか霧島に似ていると思った。




上の階は廊下も涼しかった。

霧島はすぐに分かった。夏だというのに、温度調節の為か薄手のカーディガンを羽織っている。
その隣に潮も居た。

潮が先に俺に気付く。

「おはよう、四十万谷。」

「おはよ。」

「じゃあ、私先に行ってるからね。」

霧島にそう行って、横を通り過ぎる。俺って色々気遣われてんだなーと感じた。

「言いたいことがあるなら、言えばどうなの。」

険しい顔でそう言われた。迫力が、ある。

「夏祭りの時の、」

「あの女は彼女じゃないって?」

霧島の視線が廊下の窓の外に向けられて、ウンザリという顔になった。久保屋史岐の言った通り、小雨が降り始めている。

「別に、気にしてないから。」

「俺は気にすんだよ。あれは本当に、」

「分かってる。だから、私の態度が悪かったの。」

廊下には人一人居ない。冷たく声だけが響く。

「…え、今悪いって言った?俺の幻聴?」

焦って聞き返した。

一瞬にして、張り詰めた空気は崩れる。霧島は頬の筋肉をピクリとひきつらせた。

「言ってない。あんたの幻聴。耳鼻科行ってきたら?私は帰るけどね!」

ツンと向こうを向いて歩いて行ってしまう白くて細い首筋。狭くて薄い背中が頼りない。
何故か、笑いは込み上げてくるけど。

「霧島、傘持ってる?」

「持ってない。」

「一緒に入ってかね?」

ピタリと歩みが止まってこっちをくるりと振り返る霧島。

俺は馬鹿だと思う。

夏祭りの時のあの女子なんかより、断然霧島の方が良い。霧島なりの可愛さというか、素直さが俺にとって大事だ。

そんな霧島に、惹かれた。

「入ってく。」

夏はあまり星は見えないけど、夜の散歩に誘ってみることにする。

「帰りますか。」

霧島の手をとった。嫌な顔もしていないので、このまま繋いでおきたい。











20120505

残念四十万谷くん、お久しぶり。
でもちょっとだけ進歩していて良かったね。






策士達の帰り際



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