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鬼が笑う


 最後の一歩。

 松明が揺れる広場の、その真ん中。後ろに鬼を従えて、牛鬼は立っていた。

 まったく予想外の姿だったので、思わず間の抜けた声がでてしまう。

「へー、色男だねぇ」

 艶やかな黒髪に、背も高い。妙に色気のある大人の男と言えばいいのか。これで女に化けでもしたら、そうとうな美女に変化するに違いない。美女が幼子に教える色仕掛けか。あれ、悪くないな。

「牛鬼様っ」

 生意気な少年から太刀を放せば、骸と一緒に牛鬼の横に並ぶ。
 牛鬼はふたりを一瞥し、目線をおれに戻した。

 少年の怪我はたいしたことはない。妖怪ならなおさら、唾をつけていればすぐ治る。

 その間に鬼たちはおれの周りに集まり、涎を垂らし始めた。

 生臭い息と殺気が髪を揺らす。

(うわ、臭い)

 鼻をつまんでも臭いそうな息に、心底嫌気がした。

 牛鬼はなにも喋らないが、少年たちはおれに術が効かないことなどを必死に説明している。ふたりの話を一通り聞き終えてたところで、牛鬼の目はすっと細くなった。

「貴様、なに者だ」
「名前は閃」

 ちなみに田舎妖怪だ。と付け加えて手を両耳に突っ込む。

「術が効かないのは、札を入れてたからさ」

 血でぐっしょりと濡れた札を抜き取り、頭を振って耳から血を飛ばす。

 弱い妖怪だから、巫女の札もけっこうな痛手を負ってしまうのだ。

 まえにいた場所は巫女が住んでおり、旅にでるときに札などを拝借した。
 奴良組の妖怪にも効くのだから、あの巫女は偽物ではなかったのだろう。

「変な糸を垂らしてきたときは、結界をつかった」

 知りたいだろうから教えておく。
 人間の道具がなければ弱い存在であることを、牛鬼自身に知ってもらわなければいけない。

 殺す価値もない妖怪をいたぶれば、きっとこの牛鬼組の品格も落ちてしまうだろうから。

 牛鬼は黙ったままなにも言わない。

(きっと大丈夫だ)

 おれの頼っていいのか解らない直感がそう言っている。
 少年たちは悔しそうに睨んでおり、合図があればすぐにでも襲いかかってくるだろう。

 結界をつかったとき、体を少し火傷してしまったが、これもたいしたことではない。

「いでで、まぁ蓋を開ければこんなもんだな」

 袖から新しい札を取りだし、筒状に丸めて耳に突っ込む。耳から血が垂れたが、声が聞こえなくなることはなかった。

 ここからは交渉に力を入れよう。まあ、手札は逃がしてしまったから単なるお願いだが。

「なぁ牛鬼さん、おれは弱い妖怪で、きっと殺す必要もない雑魚だ。――ここはひとつ、逃がしてもらえませんか?」

 困った笑顔を浮かべて、一応頼んでみる。
 取り敢えずいつでも逃げられるように、片足は一歩引いておく。

 腕を組んでいる牛鬼は、そっと目を閉じて考え込んだままだ。なにを思っているのかはもちろん解らないが、しんとした空気から、殺気が消えていくのを感じた。

(これは、いけるかもしれないっ)

 わずかな期待がおれの心の中に巡る、堂々と帰れるんじゃないか?
 心の中で大きく拳を握りしめ、そうであってくれと願った。

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