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ただいま、おかえり side彼

あと5分で5時半だ。
もう12月。すっかり日が落ちる時刻が早くなった。
この5分が永遠にこなければいい。
いや、この胸のモヤモヤから解放されたい。
正反対の思いが入り混じった複雑な心境。

僕は今、病院関係者用の出入口の前でうろちょろしている。
待ち伏せだ。

2カ月の長期任務からやっと帰ってきた。
火影様への報告も終えて解放されたのが昼過ぎ。

すごく身体は疲れている。そう、凄くね。
だけど任務についているときの方がずっと精神的には楽だった。
この2カ月間はこれでもかとばかりに任務に集中した。
いや違うな、任務に逃げた。
でも里に帰ってきたら、そうもいかない。
あの日のことをなんとか清算せねばならない。
僕は彼女を襲った。気が付いたら襲っていたんだ。

報告が済むと、家に帰ってとりあえず熱いシャワーを浴びて布団に身体を横たえた。
本当に疲れてはいる。
だけど眠れやしないよ。

だって僕は考えないといけないんだ。今後の僕と名前について。

あの夜、僕から解放されるやいなや力なく床に座り込んだ名前。
彼女はもう僕のことを軽蔑してしまったかもしれない。
今度の今度こそ、本気で別れを考えているんじゃないだろうか。

でも僕はどうしても名前を手放したくない。
帰る場所をやっと手に入れたんだ。
それがどれほど幸せなことか知ってしまった。
彼女がいなかったころになんてもう戻れない。
僕には名前が必要だ。
自分勝手と言われてもいい。

じゃあどうすればいいか。
僕はベッドに身体を沈め天井を見つめながら彼女に謝罪するシミュレーションを何通りもする…が、上手くはいかない。

どんなパターンでも名前は僕と目を合わせてはくれなかったり、そんなんだ。
辛い結果に行き着く。
これはSSランク任務だな。成功率は…ゼロかもしれない。

でも、僕は名前を失いたくない。
だったら何度でも何回でも謝って許してもらうしかない。

“許して欲しい。どうしても僕には君が必要だ。”

こんなこと言ったところで無駄だろうか。
でも、やれるだけのことはやりたい。
僕は疲れた身体に鞭を打ちベッドから起き上がり彼女のもとへと向かった。


そして、今に至る。
名前が定時上がりならば、そろそろこの出入り口から姿を現す。

こんな風に待ち伏せをしていると、以前、喧嘩した時に名前が待機所の前で僕を待っていてくれたことが思い出される。

あの日の彼女もこんな気持ちだったのだろうか。
落ち着かなくて、死刑宣告を待っているかの気分。

いや、一緒なものか。
今思えば可愛い勘違いだったあの喧嘩と今回ではやらかしてしまった度合いが違いすぎる。

出入り口からちょろちょろと人が出てきだした。
すると、僕の絶望で今にも倒れそうな気持ちは急に引き締まった。
名前の気配を感じたからだ。
どんどん近づいてくるのがわかる。

無意識に胸をギュッと押さえていた。
息が詰まる。
今まで任務でいろいろと危ない目にあってきたけれど、こんな痛み味わったことないよ。

あっという間に気配は近づいて来る。
この目の前の出入り口の扉の向こうに君を感じる。
僕が彼女の気配を間違えるはずない。
心臓が痛い。

ギギと扉が少し動いた。
僕の心臓は一層激しく打つ。思わずゴクリと唾を呑み込んだ。

軽蔑の眼差しを投げかける名前が頭に浮かぶ。
緊張で身体が強張ってしまう。
僕は今、君がビンゴブックにのるS級犯罪者より恐ろしいよ。

ついに扉が開かれた。
ほら、やっぱり名前だ。
ああ…この瞬間がきてしまった。

彼女は僕に気づくやいなや、驚いたように目をパチパチさせた。
早く謝らないといけない。
名前が別れの言葉を口にしてしまう前に!

でも言葉が出なかった。
だって僕は驚いたんだ。彼女の反応に。

僕の予想では…
名前は僕を無視
名前は怒っている
名前に蔑まれる
そんな彼女の行動パターンを考えていた。
だけれど目の前の現実はどれにも当てはまらなかった。

「ヤマトさん、おかえりなさい。」

彼女は僕に気づき驚いた顔をするやいなや、すぐに顔をほころばせにっこりと笑ったのだ。
そう、まるで愛しい恋人に向けるようなそんな笑顔。
これは想定外。
そして、彼女は小走りで駆け寄ってきた。

「……た、ただいま。」

僕を見上げる君は幸せそうにはにかんでいる。
これはどういうことだい?

「ご無事で何よりです。怪我はなく今日帰ってくるはずだって耳には挟んでいたんですけど…やっぱり自分の眼で確認するまでは心配だったからホッとしました。」
「………あ、ありがとう。」
「あの、もし、…もしヤマトさんさえよければ今から夕飯一緒に食べませんか?」

おかしい、普通だ。今まで通りだ。

「…ああ。」
「よかった。私の家でどうですか?」

え、それ本気で言ってる?
君の家って…あの日の事件現場だよ。
また襲われちゃうかもとかそういう危機感はないのかい?

「いや、外で食べよう。」
「…でも、お疲れでしょうし、ゆっくりできる方がいいんじゃないですか?」

次、家に上がり込んだらゆっくりし過ぎることだろう、朝まで。
僕はもうまったく自分に自信がないんだよ。
またあんな事は二度と繰り返してはいけない。
いったい君の思考回路はどうなっているんだ。理解不能。あんなことあった後で家に誘うの?

「いや、あの…、えっと…無性にあれが食べたいんだ。」
「あれって何ですか?」
「ええっと…あれだよ。あれ。」

名前が作れない食べ物ってなんだ。
彼女は何でも作っちゃうからな、ああ!なかなか思い浮かばない!

「このところすっかり寒くなりましたし、温かい食べ物ですか?」

ナイスだよ、名前。と、なるとあれだ。

「そう!そうなんだ。一楽のラーメンが無性に食べたくてね。」
「ふふ、ヤマトさんから言い出すなんて珍しいですね。」

ふう。なんとか、家は回避できた。


テウチさんには申し訳ないが、目の前で湯気を立てるとんこつ味噌ラーメンに食欲はまったくそそられない。疲労困憊だしなおさら。

「寒いとラーメンがより美味しく感じますよね。」
「…そうだね。」

今、こんなコユいものは食えん……
思わず心に浮かんだ本心は見なかったことにして箸を進めた。

彼女はというと麺を少し啜ったかと思えば箸を置き、鞄からヘアゴムを取り出して髪を纏めている。
髪の毛が邪魔なんだろうな。
下ろされていた彼女の髪は、すっきりと後ろに一つに纏められた。

すると隠れていた白い首に目が行く。
あの日、僕が散らした赤はすっかり綺麗に消えてなくなっていた。
2カ月も経っているのだからあたりまえだけれど。

僕はこの首筋に確かに唇を寄せたんだ。そのはずだと思ったんだけどな。
さきほどからの彼女のいつもと変わらない僕への接し方はなんなのだろう…
すっかり綺麗になってしまった首筋を見ていると、あれは夢だったのではないかと思えてならない。

外食をしたら、彼女を家まで送り届けるのがいつもの流れだ。
それも自然と今まで通り。

「ヤマトさんがいない間に季節がすっかり冬になってしまいましたね。また、大根が美味しい時期です。」
「ふ、懐かしいな。」
「今度、一緒に鍋しましょうよ。もちろん大根入れて。ヤマトさんはマロニー派ですか?糸こん派ですか?」

名前は驚くほどいつも通りだ。
てっきり別れ話になると考えていたんだけどな。
あの夜のことは、本当に夢だった?
いや、そんな訳はないけれど、そこまで気にすることではなかったのだろうか。
彼女が気にしていないのなら、僕も気にしなくてもいいってこと?

「どちらかと言えばマロニーだね。」
「私もです。一緒ですね。」

彼女に視線を向けると僕の大好きな優しい笑顔を向けてくれた。
これは大丈夫ってことだよね。それでいいよね。
ホッと心の中で息を吐き、安堵した。
ずっと抱えていた胸の苦しさが無くなっていく。
すると急に2カ月もの間会えなかった淋しさがこみ上げてきた。

そして僕はいつものように名前の手を握った。
お互いの手と手が溶け合って離れないようなそんな幸せを久しぶりに味わいたい、そう思ったんだ。

…でも、その行動の先に待っていたのはそんな甘いものではなかったのだ。
名前の小さな手を握るやいなや、彼女はビクリと身体を震わし、僕に一瞬目をやると、すぐに反らされた。

……え?なにこの反応?
頭が一瞬真っ白になった。

名前の手から、緊張が伝わってくる。
そう、まるで僕に脅えているかのような……

絶望が心の隅々まで広がる。
里を離れる前は手を繋いでキスして、そんな行為を彼女も恥じらいながらも幸せそうに受け止めてくれていたのに…
今、横にいる君は手を握っただけでこんなにもガチガチに身体を強張らせていて。
付き合った当初でも、こんなに僕を拒絶するかのような様子はなかったのに。

ああ、そうか。やっぱり僕の罪は消えてなかったんだ。

「あの……、うちで、お茶でも飲んでいきませんか?」

玄関の前まで着くと名前はいつも通りの言葉を発した。
でも、それは同じ言葉なのに酷くぎこちなく彼女の口から紡がれたのだ。

そうか、さっきまでのあの自然な振る舞いは彼女の優しさだったんだ。
気を使ってくれていたんだね。
僕は君なしじゃ生きていけそうにないから。
名前もそれをわかっているからだ。

「いや、帰るよ……」

本当はあの日のことを突き詰めて謝るべきなんだろうけど
話合ったその先は、きっと……別れ話。

君が情けをかけてくれるのであれば、僕はそれに甘える。
自分でも卑怯だなと思う。
どうしても君を手放したくないんだ。

つづく