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夏のデート

今日はいつもより早起き。
任務のためじゃない。
もっと楽しいこと。
夏だけど早朝だから空気は少しひんやりしていて気持ちがいい。
そんな朝の心地よさを味わいながら、僕は待ち合わせのベンチに一人座ってソワソワしている。

なぜかというと朝からデートなのだ。
て、いうのもこの前、誕生日を祝ってくれた時に名前が朝活とやらをしてるって言い出したのに便乗したから。

出勤前、たまに彼女は病院へ行く途中にある林に寄るらしい。
いつもより早く起きて、朝ごはん用のおにぎりと本を一冊、仕事鞄に入れて家を出る。
林を少し散策してから木陰で本を片手におにぎりを食べてゆっくり過ごし、そして、そのまま出勤するらしい。

「いわゆる、朝活ってやつです。」
「朝から素敵な時間の使い方だね。」
「でしょ?最近、ますます暑いけど早朝はまだ空気がひんやりしてて気持ちいいし。」

木漏れ日の中で、草花に囲まれながら本を読む名前を想像してみた。
とても彼女らしい時間の使い方だ。

「楽しそうだな。僕も今度一緒に行っちゃ駄目かな?」
「もちろんいいですけど、朝早いですよ?」
「それは全然構わないよ。」
「じゃあ、ヤマトさんの分のおにぎりも持っていきますね。」

朝から名前に会えるなんて最高。
それにお互いの休日が重なることは稀で、いつも会うのは夜にご飯を食べるだけのことが多い。
彼女とデートらしいことをあまりしたことないし純粋に楽しそうだなって思ったんだ。

そう、その時は。
でも、後々考えてみたらさ、この前僕らはやっとキスまで関係を進められたし
その…彼女にはいちよう約束を取り付けてあるわけで。
別日でってやつ。
今からのデートでキスしてもいいってことだよね?
早朝だし林にきっと人気はない。
天気は良好。
朝の柔らかな日差しが木々の間から落ちていることだろう。
雰囲気もバッチリ。
いいよね。

付き合い出してから何ヶ月経ったのだろう。
指折り数えてみる。
いち、に、さん、し、5ヶ月だ。
我ながらよくこれだけ耐えたと思う。
でも、いざしてよいとなるといやに緊張してしまう。
名前と付き合うまで、こんなにキス一つで一喜一憂するような人間じゃなかったはずなんだけどな。

僕は彼女と違って経験がないわけじゃない。
今までも何人か彼女もいた。
でも、告白されて良い子そうだしオッケーしたり
酒の席で付き合うことになって
とか、そんなの。
僕は僕なりに交際するからには大切にしようと頑張ったつもりだった。
でも、今日のデートみたいに朝のちょっとした時間でもいいから会いたい、だなんて今までの付き合いでは思ったことはまずなくて。
そんなのだから相手と気持ちの差があり上手くいかないことばかり。
そして、僕の前から去っていった。
その時は僕もそれなりにへこんだりするんだけど、まぁしょうがないか、ぐらいのもんで。
今、真剣に恋愛していて思う。
同じだけ思いを返せなくて悪いことをしたなって。

好きでたまらないって初めてなんだよ。
名前と付き合い出して、手を繋いだり、唇を合わせるという行為が、こんなに心躍るものなのかと驚いている。

あっ、来た。
待ち合わせに遅れたわけじゃないのに、小走りでこっちにくる名前。
僕に駆け寄ってくる君を見るのが好きだからいつもちょっと早めに来てしまう。
今から楽しいデートが始まる。


「おはようございます。お待たせしましたか?」
「いや、来たとこだよ。」

ヤマトさんは毎度毎度こう言う。絶対に違うと思うけど。

私に気を遣わせないためか、いつもそうだ。
こんな優しい人をバカみたいに笑って悪かったな。
私の胸はチクリと傷んだ。

手を繋いで林を散策しながら私は思い出していた。
彼がちょっと情けない顔で言ったことを。

“名前が先輩のことを好きになっちゃったと思ったんだ。”

私はちょっと反省しているのだ。
ちょっと、いや、結構かな。
この前、彼の勘違いがありえなくて笑ってしまった。
こんなに貴方以外見えないのに、なんでそんな思考になっちゃうの?
でも彼が帰ってからよくよく考えた。
もしかするとヤマトさんは不安だったのかもしれない。
私の心はヤマトさんでいっぱいなのに、伝わってはいないのだろう。
いつも手を繋ぐのも彼からばかり……
私からのキスに相当舞い上がっていた様子を見て驚いたし。
額に唇を落とした時、本当はしたかったんだよね。
思い返すと、あの勘違いはやっぱり私のせいだ。
笑っちゃって悪かった。

「なにか悩み事?」
「えっ?私、そんなに顔に出てます?」
「眉間に皺よってるよ。」

木陰に座り朝ごはんを食べていたらふいに言われた。
おにぎりを片手に、彼は心配そうな顔をこちらに向けている。
私、本当に顔に出るタイプなんだな。恥ずかしい。

「すみません。悩んでるってわけじゃないんですけど、その、この前…」
「……この前?」

―――

手を繋ぎ二人で林を歩いた。
想像通り木漏れ日が気持ちいい。
隣に彼女がいるってだけで、蝉の鳴き声ですら心地良く感じる。
これぞ恋のなせる業だ。

でも、なぜか名前はふいに表情を曇らす。

僕はこのデートにとんでもなく浮かれていたんだけどな。
もしかして…別日でっていうのが引っ掛かっていたりする?
やっぱりイヤとか?
だとしたら浮かれていた僕は結構ショック。

意を決して聞いてみた。

「すみません。悩んでるってわけじゃないんですけど、その、この前…」
「……この前?」

……やっぱりまた駄目なのかい?

「ヤマトさんのこと笑いまくって悪かったなと思って。」
「え?そんなこと?」

全然気にしてない。
というか、こっちこそ信じられない勘違いしてごめん。

「私がこんなんだから、ヤマトさんも勘違いしちゃったのかもしれないって後々考えたの。」
「こんなんって?」
「……キスもまともにできない。」

顔を真っ赤にして恥じらう名前。
自分で自分の額を指差して彼女は続けた。

「ここに…してくれた時、本当はキスするつもりだったんじゃないですか?」
「えっ、あぁ、うん。」
「………私、何もかも初めてでいつも余裕なんて微塵もないですけど……ヤマトさんとそういうことするの嫌って思ってるわけじゃないです。」

あ、嬉しい。

「お子様な私だけど……ちょっとずつ身も心も近づきたいって思ってて。だから、その、……」

視線を泳がせながら照れている彼女がたちまち僕の心を躍らせる。
何悩んでるのかと思えば、そんな可愛いこと考えていたなんて驚くよ。

「確かにあの時、したいって思ったよ。でも、名前と気持ちが揃った時にしたかったんだ。」

そう独りよがりの行為にしたくなかった。
だって、そうじゃなきゃ虚しいだろう?
お互いの心が通ったキスがしたい。
すると彼女は泳がせていた目線をスッと僕に合わせた。


平然と彼は口にした。
“名前と気持ちが揃った時にしたかったんだ。”

思わず胸がギュー、てなった。
いつも彼は私を不安になんてさせない。
当たり前のように、優しく大事に大切にしてくれる。

好き。凄く好き。大好きなの。
もし唇を合わせることで私の思いが彼に伝わるのであれば伝えたい。
彼がもう誤解なんてしないぐらいちゃんと気持ちを届けたい。
それに……私が純粋に彼の唇が欲しい。

自然と口から出た。

「じゃあ、今はもう揃ってますよ。」

キスして
とは、恥ずかしくて言えない。
これが私の精一杯の誘い方。色気ないな。

今ですら、私は茹でダコみたいに真っ赤になっていることだろう。
唇を合わせたら脳みそが爆発するかもしれない。
でも、したい。
この目の前の愛しい人にもっともっと近づきたいのだ。

すると、そんな私の発言に貴方は少し驚いた顔をしてから、目を弓なりにして口角を上げた。
そして優しく微笑む彼は私との距離をゆっくりと狭めてきた。

ああ、胸が高鳴る。
ドキドキしちゃう。
朝からけたたましく鳴く蝉の声なんて気にならない。
だって私の心臓の音が煩いから。

彼の鼻と私の鼻がくっつく程の距離になって、私はそっと目を閉じた。
今から感じるであろう、柔らかさを期待して。

この夏、私たちは木漏れ日の中で沢山の優しいキスをした。

おしまい