故郷
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565 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 08:56
ページをめくると胸から上だけが写った無表情な写真がある
そこに写っていない肢体や
麻色の木の香り
笑い声
が次々と頭の中で(不思議と)ノイズのはいったサイレント映画のように
糸がほどけていくように思い出されていく
そうして私の神経は
日常の喧騒を廃棄してまるで空っぽになったような
頭の中を毛細血管のように幾重にも複雑としながら
その中心を
ある一点に向けて収束していく
まるで貧血のようだった
唐突に
鳴り響く電話をとると
ひどく雑音めいた声がきこえた
母が入院した
と、故郷の弟からであった


566 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 08:57
母は幸いにもなんのことはない過労だよ
と私に告げた
彼女にとってはなんのことはない
来年結婚する私にと
年甲斐もなく懸命に働いていてくれることを私は知っていた

病院からの帰り道
私はおよそ6年ぶりに歩く故郷の道に
懐かしさという感動を覚えていた
なにもかわっていない
移り変わりのないということは
毎日動きつづけなければいけない都会という
また"社会"の一員であるという自覚をもつ者にとって
もっとも縁のない
けれど貴重なものである


567 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 08:57
踏み切りをこえると私の実家はすぐである
弟はとうに成人していくらか立派になっていた
重たそうなバイクを押しながら私の隣を
静かに歩いている
彼は恋人との約束があることを告げ
私もまた静かに頷いた



568 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 08:57
弱いオレンジの光が畳と
古いこげ茶色のタンスを照らしていた
畳の上にこしかけ
少しぬるくなった湯のみを口に運ぶと
郷愁がこみ上げてくる
随分前に亡くなった祖母の湯のみ
まだあったんだ

私は弟の帰りを一人で待たなければならない
けれど正しくは一人ではない
実家では犬を二匹飼っている
以前私が道端で拾ってきた子犬は
もうすっかり貫禄をつけてしまって
メロンなんていうかわいい名前は似合わないね
となんだか可笑しくなってしまう



571 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:04
メロンには子供までできていて
そうだ
本当はもう一匹いたのだけど
メロンのだんなさんは病気でなくなってしまった

(話を戻すけど)
メロンの子供はベリー
弟がつけたらしいけど
きいたときは思わずふきだしてしまった
意外に少女的なセンスがあるんだ
って
フェミニストっぽいとこはあるけども
子犬のベリー
やわらかい毛色をするするなでてあげる
悪くないと思った


572 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:05
翌日
弟と二人で母を見舞いにいった
もうおかあさんも若くないんだから
と言うと苦笑いしてた母さん
なんとなく胸が痛んだ
まだ退院は先らしいけど
けれど順調
順調に回復しているのが幸いだった


お昼過ぎに病院を出たので
なんだか時間が止まってしまったみたいな感覚になる
地元での友人たちは(私の地元は地方なので)
あいにくみんな県外に出てしまったからか連絡がつかない
今日も弟は予定があるので
私は一人でぶらぶらと帰宅することにした
土手ぞいの道を歩いていると
学生のころを思い出す


573 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:06
私は成績はよいほうだったけれど
高校が嫌いだった
こんな地方でさえも
校舎の中はゆっくりと時間は流れてくれない
退屈か喧騒か
充実した時間なんて休み時間くらいで
そういえば
小学校のころのにこやかで
やさしかった先生はどこにいったんだろう
私たちの安らぎは
友人とのつまらないおしゃべりくらい
けれどチャイムがなると
私たちはそれぞれの椅子に座る
もちろん
だれも貴重な時間を遮られることに対して
別れなど口にせず
ただ椅子に座っていた

なんて幸せだったんだろう
といまは思うけれど


574 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:06
土手の下の広場で
子供たちがボール遊びをしている
急に風が肌寒くなって
私は一度身震いをした
まり
という言葉が頭に浮かぶ
きにとめない
ふりをして岐路につく


575 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:15
弟は夕方になっても帰ってこない
でかけのついでに
と夕食の材料を頼んでおいたのだ
地元には便利なスーパーはなく
やや離れたところに20時まで営業しているチェーン店があった
おそらくそのくらいに帰ってくるのだろうと
私は薄暗い部屋でぼーっとしていた

ふいに
部屋の襖がずるりという音を立てたような気がした
夏の夜
こんな田舎できこえてくるのは虫の声くらいで
私が過敏になっているわけではないことは
明らかだった
私はとっさに
霊だと思って鼓動がトクン
とうつのを感じた

ばかげてる

そう思って襖をあけると
そこには特別なにもなかった
と、途端に
もしかして泥棒なのではないか
という現実的な恐怖感がおそってきた
しかし一通り家の中をみてまわるがなにもない
あらためて私はばかげてると思った



576 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:16
祖母の湯のみを手に取ると
ついでに軽い自嘲の念も手のひらに乗ってきたらしい
私は霊の存在を信じていない
とも信じているともいえない
なぜなら話に聞くばかりでみたことがないからだ
けれど興味があるのはその通りだった
それだけ世の中には怪談というものが浸透し
またいかにそれが娯楽として成り立ってきたか
ということの再確認でしかない

などと下世話なことを考えていると
庭から子犬のかわいらしい鳴き声がきこえてきた
その時わたしは一瞬
頭の中が白くなった
メロンとベリーに私は夕方の餌をあげわすれていたのだ!


577 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:18
慌てて私は庭のほうへとかけだす
引き戸を引く手がまるでビデオのコマ送りみたい
などと
不思議と冷静に私は私の指先を見つめていた
実際
そのコマ送りは
ねっとりとしたスローモーションとして
私の網膜には映っていた
私の指の筋肉の動き
ねっとりとした匂いと
雑草を噛み千切る音
ぶつりぶつり
と音が鳴るたびに
引き戸の向こうで
赤黒い血が流れている
噛み千切っているのは雑草ではなくて
ベリー
でもなくて
ベリーの柔らかい毛
が無心に引きちぎられていた
白い手が赤黒く汚れている
少女が無表情に
子犬のベリーの毛をわしづかみにひきちぎっていた


578 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:19
やめなさい!!
と私は叫んでいたと思う
少女はなかなかベリーから手を離さなかった
柔らかな毛がまるで人形の髪の毛のように
ざらついて逆立っていた
少女は私のほうを振り返らない
顔がみえない
ベリーのことをずっと見てる
ベリーじゃない
ベリーの毛があったところ
傷口をずっと見ている



579 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:27
私は泣きながら
無我夢中で少女をひっぱたいた
少女は俯いたままきびすを返して
外へと走り出していった


私はどうしていいのかわからないくらいに
取り乱してしまって
涙でゆるゆると歪む視界の中で
ベリーをみた
胴の左側を無残にむしられて
衰弱しきっているのが痛いほど伝わってくる
反射的に傷口をさわらないようにベリーを抱いて
私は懸命に走った



580 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:28
獣医さんはなんとかもちこたえたと言ってくれた
私はあれから呆然とする頭で
近所の獣医さんのところへ訪れたのだ
もう20時をまわっていたのだが
彼は親切に応対してくれた
この人は私がメロンを拾ってきてしばらくした後も
病気で弱っていたメロンを介抱してくれた
恩人だった
私はまた涙がとまらなくなってしまった
助けてくださった彼に対して
そして辛うじて助かったベリーに対して
私は泣きながらお礼をいって
このこをお願いします
とだけ伝えて
実家へと走った
メロンはどこにいるの!!



581 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:30
自分の家をこんなに警戒したのは初めてだった
腰より少し高い位置にある門をすり抜けて
わき道に入っていく
心臓の鼓動がうるさい
庭へと一直線で向かい
角の手前で躊躇した
向こうを見る勇気がでない
いつまでたっても鼓動がうるさくて
どうにかなりそうだった
震える私を私は情けなく思った
ばかだ
そう思う気持ちで
私は咄嗟に飛び出していた

メロンはいなかった



582 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:33
空気がからからと音をたてているようだった
庭にはなにもなく
メロンはおろか
(みたくはなかったけれど)
ベリーの血の跡もない
どうしよう
という気持ちだけが庭を満たしていた
ふいに
ごろごろという音がした
私は視神経が千切れそうなくらい
左側の背後を凝視した
ゆっくり振り返るとそこには
ボールが転がっていた




584 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:38
まり?
茶色のボール
まり
また言葉がよぎる
まり
暗くてよくみえない
まり
茶色のボールが
まり
声がでない
まり
ボールのすぐ横に
まり
木の札にメロンって
まり
早く逃げないと
マリ
ブレザーを着た
マリ
私じゃない
マリ
私はなにもしてない
マリ
こないで
マリ
あなたは
マリ
あなたは死んだのよ



585 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:38
踏み切りの前に私はいた
どうやってきたのか覚えていない
対面には少女がたっていた
長い髪で顔をかくして
うつむいている
けれどもその顔はみなくてもわかっている
マリ
私は呟いた
マリは私と高校の同級生だった
けれども一緒に卒業することはなかった
マリはここで
この踏み切りで飛び込み自殺をしていたのだから

マリ許して
と唱えることしかできなかった
彼女は俯いたままだった
マリは高校のころいじめにあっていた
私と彼女は幼馴染だったけれど
私はなにもしてあげられなかった
彼女の死は私にとってもショックだった
だから私は県外に出て
喧騒にまみれることで忘れて生きてきた
つもりだったけれど
彼女が望んでいたことはなんだったのだろう


586 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:40
マリはバスケットボールが好きだった
マリはお菓子作りが好きな家庭的な子だった
マリはきれいな黒髪を大切にしていた
マリはポケットベルが嫌いだった
マリは約束を必ず守る子だった
マリは電車に飛び込んだ
マリは胸から下をひきちぎられた
マリは電車になにもかもひきちぎられた



うつむいたまま
マリがなにか呟いたような気がした
暗がりの中で
踏み切りの向こう側にいる
マリの口元をみつめた

カンカン

と鳴るはずのない踏み切りが
音を立てている


587 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:42
遮断機が降りてくる
危ないから下がらなければ
ビタ、ビタと
なにかがこぼれている
マリ
なにを口にしているのだろう
ずるずる
と後ろに下がった私の
ちょうど目の前に
遮断機が降りてきた
全身の毛を引きちぎられた
メロン
遮断機にくくりつけられているのはメロン?

あなた

マリはゆっくりと顔を上げようとしている
マリは私にも聞こえる声で



来るはずのない電車が通り過ぎていった
私はマリの顔をみることができなかった
そのせいで
私はマリに伝えるべきことを言い逃してしまった
涙があふれている
マリの姿はもう消えていた
彼女は私の友達だった





588 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:50
古くて広い家の中で
私は一人になってしまった
どうしてこんなに感傷的になってしまうのだろう
私の大きな思い出の一つ
メロンはいなくなってしまった
学生のころの私なんて
もうとっくにいなくなってしまったし
マリだって
もう


ベリーは

獣医さんに預かってもらっているんだっけ
そうだ
一晩様子をみてくださるって
親切なあの人のことだもの
きっと大丈夫
母だってもうすぐ退院だし
そしたらみんなで食事でもして
寂しいけれど
私はもう帰らなければいけないんだから
早く
もう一度
私のつまらない青春にさよならしなければ


589 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:51
そういえば
弟はまだ帰ってこない
なんだか嫌な予感がして
私はあたりをみまわした
薄暗いけれど暖かかった室内の空気は
なんだか埃っぽくなっていて
柱がぼろぼろに崩れている
畳もざんばらにほつれていて
私の卒業アルバムをみていたときの
あの貧血にも似た感覚
アルバムをみてたときみたいに



590 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:51

                 麻衣子
マリ?
               麻衣子きいて
私まだ死にたくない
               こっち向いて
嫌よ
            ほら
みるのが怖い
                       ねえ
マリが後ろでささやいている
                    ねえ
昔から霊感があるっていってた
                          やめて
だから
                もういいの
いじめられたし
                 いいの
死んだあともこんなことを
               やめて
痛い
                 ごめんなさい
痛いよマリ
                ごめんなさい
帰りたい
             麻衣子のこと好きだったよ
私もう帰るの
                 待って
マリ泣いてるの?
              麻衣子
聞きたくない



591 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:52
私は夢中で走り出した
息ができなくなるくらい走って
不思議と
顔をあげるとそこは踏み切りだった

カンカンカン

また遮断機の音がする
けれど対面にマリの姿はなかった
もう私にはわかっていた
私はここに飛び込まなければならない
逃げられないのだから
そう思うと
どうしてか気が楽だった




592 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・ 投稿日:03/02/16 09:54
本当は
私は卒業アルバムのことをはっきりと覚えていた
右隅にうつっていたのは私だった
私だってマリのことが好き
お母さんのことも弟のことも
メロンもベリーも
この土地のことが大好き

遮断機が下りてくる
電車が近づいてきたときに
飛び込むの

この土地のことが大好き
この土地のことが大好き
このとちのことがだいすき
このとちのことがだいすき
このとちのことがだいすき

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