Big Bad Wolf (レヴロバ)

 あらゆる死に際に経験した酷い痛みや不愉快さには一切目を瞑るとしても、依然として飢えや渇きが存在しながらもそれが永遠に満たされない感覚の苦しみは到底堪えられるものではない。生の苦しみは死の痛みよりも無慈悲で残酷だ。私を生の苦しみから解放してくれるのであれば、跪いて足の爪先にキスをしてやっても構わない。しかし彼女ときたら私の戯言を黙らせるばかりで、挙げ句の果てには責任というものをすっかり投げ捨ててしまった。私が許されないのと同じぐらい、この様な無慈悲で残酷な行いが到底許されるはずがないだろう?
 悲しいことに死への希求よりも生の渇望が占める意思の激しさにはシミュラクラムですら抗いがたい。それとも心理学者なら個人のパーソナリティだとでもいうかもしれんな、とレヴナントは嘲笑う。自業自得だと軽んじる者は特別に内臓を丁寧に分解して、肉体とパーソナリティの違いを論じてやろうかとつくづく思いながら、書棚に並んでいた心理療法の本をパラパラと捲る。似たような本が幾つか置いてあるものの読んだ形跡は殆どなく、彼女が心理療法を必要としたのかは疑わしい。言葉の装飾ばかりが目立って肝心な意見や結論に乏しい文章ばかりが目について、ローバに相応しいなと感心するばかりだった。豪華な装丁の本が幾つも個性を主張する中で端に挟まれた童話集の地味な色合いが気になり、手に取って観察してみると珍しくそこそこ読まれた形跡があった。ポルトガル語で書かれていて残念ながら翻訳機能が働かないが、赤い頭巾を被った女の子の背後から近づく狼の挿絵が雄弁に物語っていた。
 音を感知する機能、つまり耳が非常に微かな呻き声を拾いレヴナントは即座に顔を上げる。何を隠そう此処はローバが所有する船内の書斎にあたる部屋で、数々のセキュリティを潜り抜けて辿り着いた場所だ。愛する者の身辺に目を光らせるばかりで、自らの身辺に甘くなっているのだろう。だが一度見つけたからといって次の座標が割れるとも知れないので、今回の幸運を讃えて存分に生を謳歌していたのに一体誰が呻き声を上げたのか? 答えを確かめるために、音も無く壁を這ってその場所へと向かった。
 午後のほのぼのとした柔らかな光が廊下いっぱいに差し込んでいた。悪魔が麗かな日和には似つかわしくないように、どうやらセキュリティガードも似つかわしくないようだ。何台かこちらを見つめてくる防犯カメラを睨んでも返事も無い。そのまま壁を伝っていくと、少しドアが開いている部屋がある。隙間の空き具合が罠にしか見えないが、警戒心よりも好奇心の方が当然勝った。元より警戒すべきなのは私ではなく彼女の方だ。今はもう立場が違う。
 何をしているのか一瞬理解に遅れるものかと思ったが、見た瞬間に全てを理解した。だらしなく開かれた脚、皺が寄った服、毛先が跳ねた編み込み、恍惚の表情。普段のローバが纏う完璧な装いが僅かに崩れた程度でしかないが、充分突き壊せる綻び。反応したのは復讐に適した絶好の機会だからだと弁解するのは容易い。どうしてもこの機会を逃す訳にいかないと急いた思考回路もハモンドロボティクス社は優秀だと評価しているのなら、人間の過大評価に過ぎる。
 床を這ってベッドの下から手を伸ばし先に腕を拘束してから、一気に乗り上げ脚の間を固定する。レヴナントの鋼の表面を滑るローバの汗がやたら気持ち良く感じるのはその様な機能が備わっているのか、それとも高揚した感情が為せる錯覚か、プログラミングと議論したくあったがそれどころではない。
「ローバ……どうやら一人でも随分楽しそうで何よりだ」
 ついローバの首を強めに掴んでいたのか、返事の代わりに先程とは違った苦しげな声が漏れ出たため軽く緩めると、すかさず顔面に右フックが飛んできた。顔が外れそうな勢いと力だ。左手よりも右手を抑えるべきだったかもしれない、と考えている間に二発目を喰らわされたが、一発目よりは勢いが無い。首を強く締めようかとも思ったが、憔悴と困惑と嫌悪が入り混じった表情のローバに熱く見つめられるのが惜しくて、今にも指の間接に噛みついて食い千切りそうな剣幕になろうが一向に構わなかった。
「……悪魔のせいで興醒めだけれどね。その醜い顔を剥がすのも嫌になる」
 意外にもすぐに冷静さを取り戻し侮蔑に満ちた物言いをするのは、ローバなりの防衛反応だろう。同じ様な状況で相手が皮付きだったなら、恐らくすぐに何食わぬ顔で媚態を示すに違いない。どんな崖っぷちでも手の内を明かさない彼女の媚態は文字通り鉄面皮の私にも勝るとも劣らない。
「そうか、邪魔をして悪かったな。てっきり私を誘うための罠だと思ったよ」
「罠だとわかっていながらかかる馬鹿な悪魔に構ってる暇なんて私には無いの。さっさと出ていきなさい」
 強気に交渉するローバのデコルテを軽く撫でると、解放された両手で私の肩や胸周りの機器をガンガン殴り続けるローバの勢いが目に見えて弱くなった。この手には熱など無いから冷たさに怯んでいるのだろうか。首筋の狼のタトゥーが嫉妬してしまうぐらい扇情的で美しい。
「私をソースコードと同じく簡単に放り捨てられたら良かったのにな」
 コルセットの後ろ側の留め金を外して緩めると柔らかな乳房が横へと流れ出た。谷間も消えてただの脂肪の塊となったそれが不思議と面白くて、つついて遊んでいると再び顔面を強打されて視界がブラックアウトしかけたが、最早頭が外れて思考回路が途絶えない限り顔がひしゃげても大した事に思えなかった。ローバお気に入りのP2020は枕の下にでもあるだろうにそれも取り出さず怒りに身を任せているのだから、まだ余地がある。
 脚の間に膝を押しつけて刺激するとまだ余韻が残っているのか腰が反り気味になり太腿を震わせるローバの脚に跨るレヴナントは、ローバに再会した時に抱いた鮮烈な興味と歪んだ欲望を克明に思い出した。私を生の苦悩から解放する救世主であり、長年連れ添った夫婦のような運命の女。共に死へと向かい共に果てる事を密かに望んだ程の愛しい少女が今、私の下で抗い難い快楽に悶えている。苦痛を水で薄めたようなぬるま湯の快楽に共に浸かりたくなり身を屈めるものの、彼女を貫く熱く固い銃を持っていない。どんなに溢れ出そうでも機械油の一滴も滲み出ない。求めるほどに苦しい渇望に業を煮やし、レヴナントはローバの顔にぶつかるようにキスをした。実際ローバの額に勢いよくぶつかり彼女は目眩がしそうであったし、彼には口が無いため仮面を押しつけているようにしかならなかった。口があったら息が出来なくて煩い口を窒息するまで塞いでやるし、舌があったら顔や体中を舐めてやって一生忘れないぐらいの悍ましさで震えさせてやるのに、とレヴナントは尚も仮面と顔の繋ぎ目を擦るように押しつけた。
 事態はそのまま過ぎるかと思えば、レヴナントの仮面をローバが静かに舐め出した。雨などの雫が顔を流れる時は何も感じないのに、彼女の涎が顔の機器の隙間に流れていくと体の力が抜けるのを感じる。これが慰撫ではなく暴力であり罠の作動だということも薄々と勘づいてはいるが、首や内股の配線コードを指で弄ばれ爪で引っ掻かれる絶妙な快感に夢中で、危機感はとっくに麻痺していた。ああ、ひと時の快楽であってもこうして体だけでも交わった気になれれば、生きるのも存外悪くないのだと思える。最高の気分だ。
 刹那、レヴナントの視界がブラックアウトした。頭はそのままで、思考回路も途切れた。ローバが配線コードの一部を引きちぎったからだ。鉄の塊となったレヴナントの体は起動している時よりも重く冷たくのしかかり、まるで人間の死体のようだった。
「まんまと食べられに来るなんて、本当に馬鹿な悪魔」
 はみ出た赤い口紅を手でぬぐいレヴナントの赤い頭巾で拭き取って、ローバは暗い喜びに目を輝かせ嫣然と笑った。
 
-END-


2022/02/25 22:35



 泥棒と庭師(第五人格)

植木の影から覗く薄汚れた靴を見ない振りをしても、息づく彼の呼吸がかすかに聞こえてしまう。一生かくれんぼをして生きている彼。植木から離れると徐々に纏わりつくような視線を放つそれはまるで自分は植木の影だとでも言いたげな主張に満ちていて、随分熱のある影もあったものだと笑いたくなる。上手く隠れようとするならもっと心も体も冷たくなければならないのに。そう、死んでいるかのように。

 その日は霧が濃く、昼過ぎになっても晴れなかった。リサが誰も遊んでいない中庭に来たのは偶然ではなく、孤児院の経営者である彼を探していた。もうすぐ夕食の時間なのに外出の報告も無く、全ての部屋で見当たらない。普通であれば失踪を疑うのだが、彼に限っては日常茶飯事であった。絶対に何処かに隠れていることを確信した孤児院の人々は特に急ぐこともなく部屋中を見回し、それで己の責務は済んだとばかりに各々が夕食の準備を始めた。ただ一人、リサを除いて。
「ピアソンさん、夕食よ」
 中庭全体に伝わるようにリサは声をかけた。端の植木が少し揺れたのを確認するやいなやすぐさま駆け寄って植木の影を見ると、植木にもたれかかるようにして彼は座っていた。見上げた顔いっぱいに怯えを貼り付けて、相手がリサだということが判ると少しずつ安堵と焦りが滲んでいった。
「見つけた、ピアソンさん」
「ひ、人違いだな」
 この期に及んで逃げようとする。間違いなく彼以外にあり得なかった。
「あなたは絶対にピアソンさんよ」
「なな、何でそんなことが言える? 俺だという証拠はあるのか?」
「いつも被ってるその帽子、煤けたネクタイ、埃に塗れた上着、あと泥汚れが残った靴。いつもピアソンさんが着てるわ」
「同じ服だからって、そ、それがどうした? 中身は違うかもしれないだろ」
「右と左で違う瞳、伸ばしっぱなしのお髭、あとは……」
 縮こまる彼の横に座ったリサは、そのまま懐に潜り込むようにしてしっかりと彼を抱きしめた。露出している胸に髪が擦れるほどにリサはシャツ越しに耳をぴったりくっつけて、鼓動の音を聴こうとする。絞るような声で「リサ」と呼ぶ喉を遠くに感じられるぐらい激しい心臓の音は、走るネズミにも負けない速度で拍動している。
「熱くて速い、この心臓。どこに隠れていたって聞こえるの」
 お父さんもお母さんも、他のどんな人もこんなに心臓が速く打つ人はいない。犬や猫だってここまで速くない。追いつめられたネズミが命からがらに逃げようともがく音。彼の厳つい顔に全く似合わない小動物の心臓が不思議と愛しく思えた。
「お、お前だけだ。俺の心臓の音が聞こえるのなんて。そうだ、お前だけが俺だとわかってくれる……」
 リサが耳を離すと、彼はしがみつくようにリサの首筋に顔を埋めた。慣れないくすぐったさに軽く笑いながらも、リサは目の前のみすぼらしい慈善家に訊いた。
「ピアソンさんは、見つかってはいけないの?」
「……ああ、そうだよ。私の大切な物を全て奪われてしまうから」
「じゃあ、リサは見なかったことにしてあげるの。あなたのこと」
 果たして彼がありがとうと感謝を述べたかというと答えは全くの無言で、しかし痩せた腕に込められた力はどうしてもリサを離したくないと訴えているのに、震える肩を抑えられないぐらいに頼りなかった。彼の燃えるような熱さはマッチの灯火のように小さくてそれでいて心地良い温かさで、束の間の夢をリサに見せてくれた。夢の時間が終わりに近づき、マッチは燃え滓となって無残な姿で捨てられることはわかっていた。だからもう彼を見つけてあげない。たとえ彼が私を見つけようとも。

 彼はかくれんぼが下手だった。心も体も必死に生きていたから、どこまでも足掻いて逃げようとした。どの方向に逃げたって袋のネズミと同じで無駄なのに。哀れな人、そして愛しい人。彼のことをわかってあげられるのはリサ以外にはいない。そのリサが見ない振りをしているのだ。
「エマは何も知らないの」
 クローゼットに隠れていた彼も、金貨を取ろうとして手すりから落ちた彼も、扉の隙間から覗いていた彼も、何も知らない。リサだってどこにいるのかわからない。呻いてもがき続けるトランクの中身に対して、やっぱりかくれんぼが下手なのねと呆れるしかなかった。



-END-


2019/12/24 12:14



 アサマとセツナ(FEif)

 彼女が無の境地で料理をしたと言ったから、私は「是非次もそうしてください」というような旨を確かに伝えたはずだ。それ以外のことは、決して伝えていない。いつもお前の口は余計なことばかり喋る、とヒノカ様からお墨付きを頂いているこの口も、流石にそれ以上余計なことは言わなかったはずだ。そう、決して。余計なことは、何一つ。
 私は食卓の上を一瞥した。炊き上がったばかりの白米。具沢山の味噌汁。味わい深そうな揚げ出し豆腐。どれも素朴ながらも良い香りのする湯気を立てていて、とても美味そうだ。湯呑みに注がれた緑茶を一口飲んでみても、爽やかな後味と程良い苦味に思わずしみじみしてしまう。このお茶も、まさか彼女が淹れただなんて……とつい思いを巡らせてしまう。それから、食卓の横に座って感想を今か今かと心待ちにしている彼女のことを無視するのは、やはり難しいなと思い至るのだった。
「料理、とても美味しそうですね」
「嬉しい……どんどん、食べて……」
「ところで、セツナさん」
「なあに……?」
「何故……裸で、妙な前掛けを着ているのですか?」
 この目は厚い瞼に覆われているため盗み見は容易だが、動揺のためからかしばらく直視することを躊躇っていた。何故ならすぐ傍にはセツナさんがいて、それだけならいつもの風景の一部でしかないものの、あろうことか彼女は全ての着物を脱ぎ捨てて、白色の妙な前掛けだけを着て正座しているのである。それは私が見たことの無い格好であり、ともすれば何かを勘違いしてしまいそうになるのを防ぐため、極めて冷静に彼女自身に問おうと思っていた。存在も理解も奇想天外な彼女に正当性を求めるのは既に馬鹿馬鹿しいとわかっていても、納得のいく答えが欲しかったのだから、仕方ない。
「これ……カムイ様に教えてもらったの。暗夜で着る、裸エプロンっていうもの……」
「カムイ様が? あなたは一体何を教わっているのか……その格好だと何か料理に影響があるのですか?」
「ううん、何も……でも」
 彼女は言いかけて、急に視線を泳がせては身を捩らせた。ぱっと花が開くように頬が紅潮し唇が潤むのを見て、その意味を、ここまで手に取るように分かるようになってしまったのが、何だか悔しいような腹立たしいような心地で、じっと言葉の続きを待つ。
「でも……アサマが、食べたくなるかもって」
「はあ」
「あの、私のことを……」
 嗚呼。わざわざ付け加えた。つまり、素直に受け取ると、私を食べてほしいと。そう言っているのだろうか。何て陳腐な表現だ。くだらない。呆れた。そんなもの、今に始まったことではないのだけれど。
「はあ……そうですか。それは良かったですね。今日此処に来てあなたと食卓を前にしてずっと戸惑っていたのですが、よくわかりましたよ。あなたときたら本当に、何も考えていない。私の勧める通りというわけですか。全く結構ですね」
 鬱憤を溜めるように溜めていた皮肉を吐き出しながら、私は膳に手をつける。米はふっくらとして良い甘みがあり、味噌汁はダシの味がよく出ている。揚げ出し豆腐は柔らかくもとても食べ応えがあった。
 特に落ち込む様子も反省する様子も無く、むしろ先程より一層生き生きとして彼女は食卓に身を乗り出し、両手で頭を支える仕草をした。あらわになった二の腕や肋骨の肌に、幾筋かの傷痕が残っているのを見て、どの戦でこしらえた傷だろうと思いを馳せる。いつもは着物と装束に纏われていて忘れがちだが、灯りの下で浮き上がる形は思い描くよりもずっと華奢で、あまり脂肪の詰まっていない骨周りの薄い筋肉を見ながら、どうして柔らかいなどという感触をこの肉体に持ったのだろうかと疑問に思えてくる。質が良い着物の厚みが、そう思わせたのだろうか。いや、思い出す限り彼女の着物といえば洗いすぎて色素が落ちかけ布が削れ、汚れすぎてこびりついた染みや皺を放置した酷い物だった。そういう着物だから、少しぐらい乱暴にしたところで構わないだろうと判断したのが、懐かしい。
「カムイ様には、何か言ったんですか」
「ううん……私が勝手に真似してるだけ……」
「そういうことだろうと思いましたが、そういうことで良かったです」
「え……?」
「その格好、例えカムイ様の前でもしないでくださいね。それから、ヒノカ様の前でも。そこのところ、ちゃんとわかっていますか?」
 空にした膳を端に寄せて、彼女の胸元の前掛けを軽く上に引っ張る。首に回された白い布の結び目が前に来て、布と肌の間の空間が大きくなる。愚鈍な彼女も流石に顔を羞恥に歪め、布の端を握る手の力を強くする。その情けない顔を見られることに意味があり、その先のことには何も意味を見いだせないのだと正直に零してみたところで、素直に受け取られることも無いだろう。ならばずっと知らないままで、何もわからないままでいればいい。愚かな人。ずっと、そうで在ればいい。
「ええ……わかってる……」
 愚かなその人は、何もかも思い通りにいったかのような満足感に浸って、一人でに体を蕩けさせていた。無の境地とは、こうも愚かなものだっただろうか。足元の畳の感触が妙にふわふわとして落ち着かないままに、白い布を掴んだ。腰を縛る結び目が解けて、畳の上に端が落ちる。
「……あ、」
 小さな声がその口から漏れた。流れる汗の温度に気を取られていたもので全く思いもよらなかったが彼女は不意に懐をすり抜けて立ち上がり、空になった膳を抱えてすぐにその場を後にしようとして、一言だけ残していく。
「食器片付けちゃうから……もう少し、待ってて」
 腰から垂れ長した白い布をまるで魚のヒレのようになびかせて廊下をぱたぱたと走っていく姿はとても滑稽で、それ故に笑えなかった。私はというと、畳に突っ伏した状態のままで、突然行き場の無くなった手足と情熱に戸惑った後、すぐに四肢を放り投げて大きく息を吐いた。これでは彼女が戻ってきたところで、余計なことを言えるだけ言って帰ってしまいそうだと他人事のように思った。満たされた腹に反してのもどかしさに苛立つのも仕方ない。こうも簡単に、こうも唐突に、お預けを食らわされたのだから。全く、どうかしている。まんまと謀られて、思い通りにさせられて、それでいいのだと思わされる。料理が美味しくなってしまったばかりに、いや、それ以前から、全ては彼女の思い通りだ。彼女が望み求めるままに、私は応える。とても滑稽だった。
 畳は少し汗で湿っている。障子から差し込む西日を背に、裸エプロンを着崩した彼女が戻ってくるのを大人しく待ち続けるのだった。


(了) 


2018/09/04 21:06



prev|TOPnext

×
「#切ない」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -