魔法使い→→→ヒカリ


瞬時に、熱いコーヒーが飛散した。熱い、熱い。濡れた服の下の皮膚が火傷を負い、胸の奥まで苦いコーヒーが浸透していく。マグカップを固く握った指は鬱血し、机上の古い紙にはコーヒーの染み、染み、染み。
がたついた椅子が軋む唸り声をあげて、深い穴へ転落するような心地がした。星を見ようともしない己が目、天文学を理解しようともしない己が脳。不思議なことだ、一つのビジョンがありありと映し出されているのに、それの何と曖昧なことか。
長い間生きて精神が磨り減った人間には、単純な本能というよりも未知の狂気だと思えた。この狂気には理由がある。何か、とてつもなく恐ろしい……理由が。
星も見えない魔法も使えない魔法使いは目を瞑った。暗い暗い闇の底に、ぼんやりと光がともった。
目を瞑っていても見える、悲しい盲目。


2013/05/02 01:44



 リーナ→→→タケル


遠くに見える愛しい人の影は、木立の間に隠れて消える。
行かないで、と震える喉は何度も声を出した。ごめんねリーナさん、とそれ以上何も言わずに微笑んでいるあなた。狡いわ、そんな酷い優しさなんていらなかったのに。
彼が見つめる視線の先に、彼が触れる命の恵みに、私は存在しない。私から見たあなたしか、存在しない。
お願い、あなたの全てを私のものにしたいなんて贅沢は言わないから、あなたの愛を私に下さい。ああ誰よりも愛しい彼は、嫉妬に狂った私など化け物のように見えるだろう。


2013/05/02 01:26



 タケコト


ミシンに糸が絡まって、何もかもが止まった。
長いスカートを乱して、無我夢中であの人を追いかける。追いつけない、いや、追いつけた。あの人が、速度を緩めてくれたから。
「タケルさん、これ……忘れ物です」
彼がいつも首に巻いている手ぬぐい。汗や泥に塗れた布は今にも呼吸を始めるかのように温かく、それは彼の身体の一部であるのだ。
「ありがとう、コトミ。僕としたことがうっかり落としても気づかなかったみたいだ」
再び首回りにタオルを巻きながら、愛しい人はそう言った。
小さな嘘。タケルさんの小さな嘘に気づいて、私の心は過呼吸になりそうだ。私が気づいてしまったことも、彼はお見通しみたいで。
「ねえ、いい? せっかくだからキスを一つ」
素朴な声音で、とても策略を仕掛けた人だと思えない。
彼がうっかりタオルを忘れるなんてことはない。それは彼の身体の一部だから。私に置いていったの。身体が再び元の形に戻るように、私の手元に置いていったの。
「……はい」
額にしてくれる優しいキス、まぶたに落とす切ないキス、唇にそっと触れる愛しいキス。全部、あなたがくれる素敵なプレゼント。

私も秘密にしていよう。
今作っている新しい服はあなたへのプレゼントですよ、ということを。


2013/04/20 08:48



 戯れ


「……本気でそう考えたことがあったんですか」
「ありましたよ〜、何度も」
「死んでしまっては、元も子もありません。あなたがいない世界は、そんな綺麗なものじゃないでしょうに」
「じゃあ、タオさん、あなたが死んでみますか? きっととても綺麗だと思いますよ」
「丁重に、お断り致します」


2013/04/18 10:53



 私のいない世界


昨日を永遠に繰り返さない今日。寄せて返す波打ち際に、素足が沈んでいく。じわりじわりとズボンの裾に染み込む海水は、あなたの涙のように冷たい。
ああ、私のいない世界を見たい。きっと、花が咲き多くの人々が笑い太陽が輝く明るい世界。私のいない世界で私は、何も苦しむこともなく、あなたを見つめることができる。


2013/04/15 22:13



 金魚

Seit iChat den Mond und dad Wasser liebe,
Lebt ein Goldfisch in meinem Haar,
(月と水が好きになってから
髪に金魚が住んでいる。)


「こんばんは、魔法使いさん。今宵は月の綺麗な夜ですね」
「……うん、眩しくて、他の星がよく見えない、日」
星の男は月の光よりも、星の光を気にしているようだった。照らされた顔が普段よりも闇にくっきりと現れ、宝石のような緑と黄色の瞳が瞬く。
「天の川も見えませんね〜。天の川を泳げたら、楽しいと思うのに」
私の髪の中の金魚は、夜空には行きたくないと言う。何処の海も川も気に入らないと言う。私は月と水が好きになったのに、これでは全く張り合いが無い。
「海の中を泳げたら、気持ち良いと思うのに」
月と水を好きになった私の髪に住む金魚は、空と海の中で生きないと死んでしまうのに、此処に残ることを選んだ。何処にも去りはしない。私の髪の中で、静かに乾燥していく。
「……そう言いながら、君は空にも海にも行かない」
魔法使いは、話を完結させた。月と水が好きになった私は、月と水が必要とする存在を生み出しても、結局月と水を選ばなかった。


Ich werde ihn weitertragen,
Bis seine Schuppen brockeln,
Bis er schwarz wird
und tot in eine graue Pfutze fallt.
(これを私はずっと連れてゆくのだろう、
これの鱗がぼろぼろ剥がれ、
身体が黒くなって
死んで灰色の水たまりに落ちるまで。)

1956 Ch.Meckel


2013/04/13 19:14



 タケルミ

※悪ふざけフィクション

「んっ……んーっ! タケル、少しかがんでくれる?」
「はいはい、キスだね。どうぞ」
「そ、そうやって素直に座ってもらっても何か照れちゃうわね」
「そう? じゃあボクから……キスを」
「きゃっ! びっくりするじゃないっ!でも嬉しいわよ」
「ふふ、良かった」
「……ごめんね、私、こんな体型で」
「小さくて可愛らしいことを言ってるの?」
「そう、そのことを指摘されると頭に血が上っちゃうけど、あなたには本当に悪いなって思うわ。あんまりこの体型で困ったことはないけれど、きっと病院に行ったら小人症って診断されちゃう……」
「君はずっと気にしてきたんだね。ボクは、とっても素敵なことだと思うよ」
「どうして?」
「こうやって君を抱きかかえることも出来るし、君のつむじをじっと見つめることもできるし、小さなおててなんか花のように素敵じゃないか」
「……あなた、もしかして、そういう趣味が……!?」
「ち、ちがうよ!ボクはロリコンでもペドでもない。ルーミだからこそこの小ささに興奮を覚えるというか……中身は大人っぽくませて強気なルーミだから、この初々しい幼児体型に萌えるんだ。だから決してロリコンでは」
「いやーっ! 助けてーっ変態よーっ!!」
「ルーミ!? 待ってくれ、違うんだー!」



ユウルミとタケルミどっちが好きかというとどっちも甲乙付け難くはあるのですが、タケルミの方が好きです。理由は・よりタケルが変態に見える・よりやすら樹ルーミがロリ・おまけにライバルいない。神ヒカも中々の体格差カプですが、タケルミは更に体格差カプでうまい。
脳内の4主人公身長は、
ヒカリ≦アカリ<ユウキ≦タケルです。


2013/04/11 14:16



 チハヤ→アカリ←ギル


「アカリってさ、可愛いよね。跳ね回る子犬みたいに目をキラキラさせてさ」
「子犬、か……確かにそうだな。ぼ、僕もそう思、う」
「あれ、もしかして早くもライバル確定? ギルも好きなの? 彼女のこと」
「べっ、別にそんなわけじゃないぞっ! 勘違いするなっ!」
「よし、じゃあとりあえず二人で告白してみよっか」
「話を聞いてたか!?」

役場前広場にて。
「で、チハヤとギル。話って何?」
「君のことが頭から離れないんだ。僕と付き合ってくれるかな?」
「お、お前好きな奴がいないんだったら、僕が付き合ってやってもいいぞっ」
「え?」
「ほら、アカリが困惑してる。ギル、君があまりに傲慢だから……」
「何故僕のせいにする!」
「だって僕の告白には何の不備も無いし」
「……よくそんな自信が持てるな」
「二人とも……悪いんだけど、どっちとも付き合えない」
「「!」」
「あたし、オセが好きなの。だからオセ以外とは付き合わないって決めてる」
「「…」」
「おっ、アカリ。どうしたんだこんなところで」
「オセ! あのね、この二人に付き合ってって言われたんだけど、あたしオセとしか付き合わないって言ったところだよ」
「それは言わなくても当たり前だろ。ま、どんな奴が来たところで、俺が暴れてアカリから引き下がってもらうけどな」
「オセ……あたし、オセしか見えないから大丈夫だって!」
「お前は可愛いから心配なんだよ。あんまり他の奴に飛びついたりすんな、勘違いされるぞ」
「ううっ、癖なんだよねそれ……でもでもっ、ぎゅーってするのはオセだけだもん!」
「ははは、お前の力なんて痛くも痒くもないぞー」
「あはは、オセへの締め付け攻撃ー!」
「やったなー、俺もだ!」
「きゃー降参ー!」
「「…………」」


「ねえ、ギル、どうする?」
「……何がだ」
「ムキムキになる自信ある?」
「無い」

END


2013/04/10 08:10



 神アカ


「神さまー! 起きてるーっ? お供え物だよーっ!!」
喧しくのたまう声の主は、ねずみのようにすばしっこく走る飾らない人間。
「うるさい。我は一旦寝たら、長年起きられぬのだ。だからうたた寝程度しかできぬ」
「神さまも大変だねー」
完璧に人ごとだ。ころころと表情を動かす人間……およそ娘とは信じられないがさつさだが、近頃の娘は皆ああなのか? 我が眠る前とは時代が変わったのだな、としみじみ時の流れに思いを寄せると、またもその元気な娘が邪魔をする。
「ねぇねぇ、何考えてるの? 何見てるの? もしかして、リンゴ? リンゴのカクテルぐいっとやりたいなーとかっ?」
「うるさい」
「そうやってイライラしてるってことは、やっぱ寝不足なの?神にも寝不足ってあるんだー」
「ええい、うるさいと言っている! 黙れ!!」
渾身の喝を入れて、これでこの元気すぎる娘っ子も腰を抜かすだろうと思いきや、少し口をつぐんで「……ゴメンね!」と言ったきり、一目散に駆け出して去っていった。
……何だ、この去り方は。まるで、いきなり怒鳴った我が悪いみたいではないか。あの娘が喧しくしてくるのが悪いのだ。我の眠りを妨げて、その上安息まで妨害するとは……相手が人間の女子だといえ、許すつもりは毛頭無い。さっさと役目だけを終えれば良いものの……。


(あーあ、神さま、また怒っちゃったなあ……)
帰り道、あたしは反省していた。神さまに会いに行く度、嬉しくて嬉しくてどうにも口が止まらなくなる。プレゼントで喜んでもらっているうちは良かったが、喧しいのは本当に嫌いなようだ。赤い瞳に、はっきりと嫌悪の情を見て取れた。
(でも、あたし黙っている自信無いし……)
黙ってたら、その場でぴょんぴょん跳ねたり地団駄を踏んだり体が動いてしまいそうだし、急に恥ずかしくなって神さまの隣になんてとてもいられなくなってしまう!
例え神が安静を望んでいるのだとしても、あたしはまた明日も神の座に行ってしまうだろう。
(この気持ちは止められないもの!)
純粋な恋のみがあたしを動かしている。



2013/04/08 08:26



 道と光


可能性は摘み取るべきではない。
幸せよりも可能性を選ぶ私を、酷い女だと、あなたは思うでしょうね。

「それからどうなんですか、マオ君の成長具合は」
「ええ、それはもう大変健やかに育っていますよ〜。今に私を追いこしそうです」
「そうですか、それは将来が楽しみです」

先を知っているなら、誰がその結果を阻止しようものか。生まれてくるべき子供達がいるなら、結婚するべき夫婦もいるのだ。

「でも、ずっと気になっています」
「何でしょう?」
「どうしてヒカリさんは……私と話してくれるんですか?」

あえて『私に優しくしてくれる』とは言わなかったらしい。それはそうだ、私は酷い女だから。優しさどころか裏切りの象徴、はたまた何もかも適当な人と思われてもおかしくない。

「それはタオさんと話すのが楽しいからですよ〜」

うっかり口が滑って『タオさんが好きだから』と言ってしまったら、今まで私が培ってきた可能性がことごとく崩れさるような……それほど酷くおびえた表情を、彼はしていた。

「そうですか。話すのは下手なのですが、そう言ってもらえると嬉しいです」

聞き慣れたやり取りに妙な安堵感を抱きながら、背後に海の音を聞く。凪は今日も静かに佇んでいる。遠くに聞こえる鳥の鳴き声は、つがいを呼ぶ声だろう。

「……このままでいいんですよ。あなたの道は間違っていません。憶せず進みなさい」

『好き』の意味は多様にも取れる。そこに、すれ違いが発生する。それでも、今になって思う。もっと私が情の深い女だったら、もっとなり振り構わず振る舞う女だったら……今のように、博愛精神の成れの果てと化した私も、小さな幸せを手にしようともがいたのかしら。そんな莫迦なこと、盲目じゃないとできそうにない。どうしても私は、自らを愛するために皆等しく愛さなければならない。

「いつか……もし、他の世界で導き合った時、私が暗い盲目の中でもがいていたら……その時はよろしくお願いしますね」

そんな自分も、認めたくはないけれど存在するだろう。

「はい……わかりました」

純朴な青年は、うつむきながら微笑んだ。悟りを得たような顔をした彼は、私をじっと見据えた。何物にも揺らぎはしないと決意しているのに、呼吸が思いのほか荒くなってしまう。

「あなたも、あなたの行くべき道を行ってください。もしもあなたの視界に私だけが映る世界では……私に声をかけてください。お願いです」

そう言って、右手の小指を差し出してきた。私も右手の小指を差し出し、やわらかに絡めて、ゆびきりげんまん……の歌ではなく、ささやかな言霊を発する。

「あなたの道に、光あれ。私の光が、道となれ」


何度離れていこうとも、また出会う時まで……




2013/04/07 09:15



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