ユウリナ

星夜祭。それは、親しい者同士で流れ星に祈りを捧げる祭り。別の視点から見れば、恋人達の関係が急接近する日でもある。寒い冬の夜の風に吹かれ、寄り添いながら互いの鼓動を聞くのだ。寒さに震える度、それがより胸の中に情熱をヒートアップさせていく……そう、まさに、オレにとって一大事な祭りだ。なのに。
「……遅いよな、リーナ」
そう、夜中を過ぎても尚、一人ぽつんと月見の丘に立っているオレは、夢でも何でもなく紛れもない事実。耳あてとマフラーが肌をガードしても、服に染み込む夜風が最高に冷たい。
先日、確かにオレはリーナと星を見る約束をした。オレとリーナは最近付き合い始めたばかりで、まだまだ恋人という関係になりきっていない。それどころか今でさえも、牧場経験者の先輩と後輩のような、男としては情けない立ち位置でいるのだ。未だにオレをさん付けするし、他人行儀な所があるのもオレを焦らせる大きな要因だ。何としてでも、もっとリーナと距離を縮めたい。例え行動が早急であったとしても。
それにしても、まだリーナが来ない。くそ、何だってんだ。今までデートには何回も行ったけど、一度もこんなことはなかった。むしろリーナの方が早いもんだから、オレはやっぱ頭を下げてたな……まあそれはいいんだけど。リーナがオレを待ってる姿に、ぐっとくるから。
あ、流れ星。流れて、すぐ消えた。そうだ気を紛らわすために願い事でも考えておこう。そうだな、やっぱり全人類の男の代表として、モテたいと願っておくか。別に星夜祭に限らず毎日願ってたけどな。
流れ星を探し始めたオレの元に、リーナが息を切らして走ってきた。
「おう、遅かったな。大丈夫か?」
「はあっ…はあっ……遅れてごめんなさい、ユウキさん。ちょっと気合いを入れすぎちゃって」
そう言ってリーナが見せてくれたランチボックスには、とびきりのご馳走がたっぷりと詰まっていた。具がたっぷりのサンドイッチだけでなく、ほかほかのホワイトシチューまで用意されていた。
「これ、全部リーナが……?」
「そう。ホットミルクも作ってきたから、これ飲んで温まってね」
ホットミルクが詰まった水筒を手渡され、冷ましながら飲む。白い水蒸気が風の中に消えていく。
隣で空を見上げるリーナは、静かに身体を震わせていた。ストールを羽織ってきたとはいえ、髪が短いこともあって首元が寒そうだ。
「あの、さ。首寒いだろ。マフラーやるよ」
「それじゃユウキさんが寒いでしょ。私なら大丈夫」
「ああ確かに寒いからな、温めてもらおうと思って」
え、とリーナが驚いた時には既に、二人の首にマフラーが巻かれ、頭も身体も密着していた。
「ユ、ユ、ユウキさんってば……!」
「なあ、オレ達付き合ってるよな?」
「そう、ね」
「なのに何でまださん付けでオレを呼ぶわけ?」
「それは……恥ずかしい、から」
リーナの顔が紅潮しているが、少し悔しさも含まれているように見えた。
「最初はユウキさんのこと、動物の扱いが下手なのに牧場をやりに来た変な人だと思ってたの……おまけに、軽薄だし」
「うっ……まあ、その通りだな」
「でも、どんどん成長するあなたに段々惹かれちゃって、それが今でも悔しいの。わかった?」
半ば怒ったような顔で視線を逸らすリーナを見ていると、動揺よりも悲壮よりも、激しい情熱にとらわれる。ああオレは、リーナのこんなところが好きで好きでたまらないんだ、と、湧き上がる想いが強くなる。時間をかけて料理を作ってくれたにも関わらず、好きになってしまったのが悔しいと言う、彼女のことが。
「あー可愛いなー、オレのリーナは」
「もう……どうせ今日の願い事だって、ユウキさんのことだからモテたいとかなんでしょう?」
「ん、そうしようと思ってた」
「ほらもう。ユウキさんの、バカ」
本当に願うのは別のことだぜ、と言うのはあまりにも嘘くさかったからやめといた。
夜空に流れ星が走っていく。きらきらと銀色に瞬く、一筋の流れ星。すっかり温くなったホットミルクを飲みながら、目を閉じてリーナに寄りかかる。早まる鼓動の音が、聞こえた。



2014/12/26 02:08



 存在しない作品の一部という仮定

【魔ヒカ】夢を見た。星空をヒカリと一緒に飛ぶ夢だ。手を繋いで、緩やかに、風のように飛んだ。月が欠けては満ち、幾筋もの流れ星が通り過ぎていく。言葉を届けようとすると、それはたくさんの星の中の一つとなって輝いた。久しぶりに、夢を見た。眠る君の隣で見た、夢。

【クリクレ】町の喧騒が遠くに聞こえる。目蓋の裏に焼きついた残像が、とても白い。その滲むような白さが、いつだってボクの心を蝕んで止まない。「何でもさ、やってみようよ」とクレアさんが言う。まるで同じ道を歩むかのように。また、雪が降る。それは、きらきらと輝く雪だった。

【ジュリヒカ】仄かに薔薇の香りがするグロスが、ヒカリの唇を濡らす。口を半開きにしてぼうっとするその表情が、アタシの鼓動を早くさせる。「ほーら、よく似合うわヨ。アタシとお揃いのグロス!」つやつやと光って、まるでほら、ディープキスした後みたい。「ジュリ、さん…」本当に、完璧

【ロイド×女主】「おまえと暮らしているうちにすっかりオレの旅の話を全部してしまったら、おまえは俺に飽きてしまうだろうな」と、旅に出なくなったロイドが言う。「それなら、同じお話を何度でも聞かせてよ」ロイドは知らない。私は旅の話が好きなわけではなく、ロイドの話が好きなことを。

【ユウアカ】「あはははは!!」腹を抱えて爆笑するアカリに、オレは屈辱に堪えながらもイケてるポーズを必死に取る。「アフロヘアーと女装も似合うオレ、すごいだろ?」「すごいすごい!ある意味!!」そこまで笑ってくれるとむしろ清々しいが、やはりあまりの辱めに歯を食いしばるしかなかった。

【チハアカ】ショートケーキの欠片が、彼女の膨らんだ頬に衝突した。むぐ、と苦しげな声がその唇から漏れる。「ま、まだたへてるほしゅう!」「そっか。はい、あーん」おかまいなしにフォークを突き出し、アカリの切迫した表情を眺める。「食べ放題だから、遠慮しないで。ね?」僕が、笑う。

【タオヒカ】「タオさん、寒くないですか?」よく晴れた真昼の空の下とはいえ、冬の寒さが確かに身体の熱を奪っていた。けれど、「寒くないですよ」と私は言った。観察するように見つめられて耳まで赤くなった私の様子に、ヒカリさんは穏やかに、少し悪戯っぽく、微笑んだ。

【神ヒカ】「…ヒカリ、何か悩みでもあるのか」去ろうとする背中に、ふと問いかける。静かに頭を振りながら「つまらないことですよ」と、ヒカリは答える。「言え」神は脅した。「そして語れ。良い子守唄になる」横たわる神の枕元にヒカリが腰掛け、穏やかな対話が滔々と続く。雲が二人を包み込む


2014/12/25 21:23



 タオヒカ

ヒカリ
「タオさんは、生まれ変わったら何になりたいですか?」

タオ
「ええと、そうですねぇ。私はもう一度私になりたいですが、もしも生まれ変われるなら、一度は魚になってみたいですねぇ」

ヒカリ
「そうですか。きっとタオさんは、リュウグウノツカイみたいにゆっくり泳いでいる魚になりそうですね〜」

タオ
「そうですね。波に揺られながら、のんびりお昼寝をしたいものです。ヒカリさんは、どうですか?」

ヒカリ
「私は、鳥……かなあ。もしくは……ううん、何でもないです」

タオ
「鳥、ですか。そうするとあなたは、渡り鳥になっているような気がしますね」

ヒカリ
「そうかな。私は、私が必要とされる場所にいるだけですよ、多分」

タオ
「…そうだとしても、その場所が此処で、本当に良かったです」


2014/07/28 00:33



 ここにわくアニ♀主が三人おるじゃろ?

突然ですが。わくアニ♀主ことヒカリちゃんは無言主人公ですが、性格を形容する言葉として公式サイトでは「おっとりマイペース」、取扱説明書は「元気でマイペース」、マベナビでは「おっとり天然系」と表されているんですよね。どれもちょこっとした違いなのですが、私には三人ヒカリがいるように見えましてね???その妄想を巡らすのが楽しいですね???

@一番自分が重要視している「おっとりマイペース」なヒカリさん。このフレーズが情報公開の中でも一番早いフレーズで、これを見た瞬間牧物におっとり主人公ktkrー!!!!とやすら樹あるしいっかな〜と渋っていた私がわくアニを予約した運命の分かれ道が既にここで(略)
どちらかというとお姉さんのような印象で、でもしっかりしているわけではなくふらふらとしてそうだなとかこの響きから思いました。というか基本的にわくアニタオさんも同じく「おっとりマイペース」と称されていたこともあり、タオさんとヒカリさんの雰囲気と思考は凄く似ているというインプリンティングが未だ解けない。でもヒカリさんの方がより大胆で無鉄砲。そこは主人公なので。普段は敬語だけど歳下を君づけで呼んだりたまに常態語とごちゃ混ぜになりそう。気紛れ度ナンバーワン。
イメージCVは能登麻美子さん(超私得)、名塚佳織さん(絶妙)等。可愛いけれど何処か儚く落ち着いた声。

A取扱説明書に書かれた「元気でマイペース」の文字。えっ元気に変わってる!?!?とびっくりした記憶があります。おっとりから元気に変わると、つな天のメノウちゃんみたいなイメージにがらっと変わりますね。このヒカリちゃんだと「がんばりま〜す!」「だいじょうぶだよ〜」「こんにちは〜!」とか「〜!」の記号が恐ろしく似合いそうな気がします。たまに敬語も使うけど基本的には常態語で、朗らかな感じ。色々無頓着。可愛い度ナンバーワン。
イメージCVは花澤香菜さん(ひたすら可愛い)、小清水亜美さん(絶対可愛い)等。間延びしてると尚良し。

Bニンドリ雑誌のマベナビでキャラデザの方がおっしゃっていた「おっとり天然系」。天然系っていうとまた雰囲気が違いますよね。@とAを絶妙に混ぜた感じ。@は大人っぽすぎてAは子供っぽすぎるなか、Bは丁度良い感じに女の子女の子してる。相手の気持ちに一番鈍感で、乙女ゲーの主人公タイプ。チハヤとギルのヤンデレコンビに食べられちゃいそうな乙女ゲーの主人公タイプ。適度に照れる。基本的に誰にでもどんな時も敬語。恋愛フラグが立ちすぎてそれを回避する能力が無い。不憫系の乙女ゲーの主人公タ(略) 恋愛で修羅場になる度ナンバーワン。
イメージCVは、早見沙織(あの声で照れられたい)、沢城みゆき(@でもいいけど某春ちゃんみたいのを聞きたい) 「えっ?」とか「あっ」とか撥音が素敵かつデレ声でこっちの理性が吹き飛びそうな感じで。

さあ、きーみはだーれと恋をするー??
…と考えといて、10〜15歳ぐらいまではAみたいなヒカリちゃんで、17〜20歳まではBみたいなヒカリで、21〜26歳辺りで@みたいなヒカリさんになるとかそういう年齢的なもので考えるのも楽しいなと思いました。



2014/07/16 17:49



 イブリエ


リーリエ。
本当はずっと、そう呼びたかった。
そう、呼んでいた。テレビの画面の中の君を見る度に、壁に貼ってある沢山の君の顔を見る度に、繰り返し再生される映像で、繰り返し同じことを言う君の声を聞く度に。
薄暗い部屋に居るのは、テレビの中の君とソファーに横たわる僕の、たった二人きり。

リーリエ。
君が僕を見た時は、間違いなく「初めまして」だったよね。
でも、僕の方は、嘘を吐いていた。
僕にとっては全然初対面じゃないのに「初めまして」なんて気取って、柄にもなく「リーリエさん」と呼んだんだ。

リーリエ。
今君をこうして呼べることを、嬉しく思う。
リーリエ、リーリエ、リーリエ。
僕の、百合の花。


2014/06/09 22:29



 まほヒカ


「……ヒカリ」
水面に緩やかに広がる波紋のように、その声は私に染み渡る。
「はい」
「……良い匂いが、する」
「…? ええっと、花瓶にさしているチューリップの匂いでしょうか、あ、いえ、チューリップはそんなには香りませんね」
わざわざチューリップの花弁に花を近づけなくてもそれは常識だというのに、私は慌てて彼の言う良い匂いを当てようとした。そんな私の動揺を抑えるように、私の肩をしっかりと掴んで、彼は自分の腕の中へと引き寄せる。
「……ここから、だ」
「…!」
「良い匂い……ヒカリの、首から」
肌に顔を埋められて、思わず小さな悲鳴が出そうになるのを精一杯飲み込む。飲み込まれた子猫のような悲鳴は、あまりにもみっともなくて恥ずかしいものだ。
ああ、でも。どうしたらいいものか。慣れていないことに固くなる身体を、ゆっくりとほどいていけばいいのだろうけれど。とても難しく思える。とても切なく思える。この感情をほどいたら、何もかも終わりに近づいてしまいそうで。
「魔法使い、さん」
くすぐったい、の一言も言えない。胸がいっぱいで、今なら星屑の中に溶けてしまえる気がした。
……ああ、やっぱり何も言えない。彼の無言にのまれていく。コーヒーの苦い匂いが口を包む。ああ、やっぱり、何も言えない。


2014/06/08 00:56



 イブリエ


空を見上げ続けて一時間が経ち、痛み始めた首筋を休めるために目下の川面を見下ろすと、川面の奥底で青色のビー玉がキラキラ光ったようなそれがぱちぱちと瞬いた。風になびく黄金の小麦にも似た何かも、水の流れに沿って蠢く。

「わ、わわっ!」

思わずよろけると、誰かに肩をしっかりと支えられて、すぐに重心を元に戻すことができた。ほっと深く一息をつくと、川面に人間が写っているのだとやっと気づいた。ゆっくり振り返ると、そこには青色のビー玉がキラキラと光って……。

「イ、イブキさん! ご、ごめんなさい、あたしびっくりしちゃって」

突然の眩しすぎる輝きに、温かすぎる体温に、つい過剰に反応してしまうのだった。

「いや、大丈夫だよ。良かった、リーリエさんが転ばなくて」

穏やかに笑って帽子を被りなおした彼は、静かに呼吸する。確かに、呼吸をしている。
空から今にも雨が降りそうなことはわかるのに、この人は目の前にいるのに見えないような存在に思えた。川面に写った姿の、ビー玉と小麦の輝き。春風のような、あたたかさ。
ありがとうとお礼を述べると、春風が緩やかに喜んだのがわかって、あたしも嬉しくなった。



2014/03/14 21:33



 ミスミノ


 深い紫紺に染まった虹彩は、最高級の硝子を使ったペーパーウェイトグラスアイに思えた。ただ、小さな顔を縁どる金の髪は、モヘアにしては流れるミルキーウェイのように滑らかに見えたけれど。それもそのはず、生きている人間だったのだから。
 日が照らす高原に風が吹いて、思わず目をぎゅっと閉じると、あの夕暮れのことが残像になって浮かぶ気がする。燭台を持って私の顔を覗き込んで、ゆっくりとまばたきをする。するはずがない、でも、確かにまばたきをした。だって見間違えたのは生きた私のこの目で、かの瞳は生きていたのだから。生きた瞳で、私をまっすぐに見据えたのだから。
 (……お人形さんと見間違えました、なんて。流石に言えないよね)
 きっと早々に受け流してはくれても、笑ってくれはしないだろう。例え微笑んでくれたとしても、本物のお人形さんのようなかたい笑顔に、また私は見間違えてしまう。きっと。


2014/03/06 16:09



 ユウ魔女


「あら、今日はチェシャ猫みたいな恰好をしているのね、ユウキ」

 魔女の家にも遠慮無くふみこんできた人間は、青紫の縞々模様の着ぐるみのような服と、同じ色合いの猫耳を生やしていた。

「イカしてるだろ? オレのユニークさと絶妙なマッチ!」
「アンタとマッチしてるかどうかは微妙だけど、そのセンスは好きよ。本当にチェシャ猫みたいに透明になれるようにしてあげる?」
「なんだそれ、面白そうだな」
「ただし、ユウキが消滅するわよ」
「それ透明じゃなくて消してるだけじゃねーか」

 いつも通り適当にお喋りをしていると、ユウキが急に思いついたかのようにアタシにぐいっと近寄る。頭が熱くなるのを直に感じながら「な、何よ!」と跳ねのけようにも、ユウキはびくともせずにアタシの頭に両手を伸ばす。

「まあまあ、落ち着けって」

 これが落ち着いていられる状況だったら、何もしないわよ! 前面から抱えこまれるようなポーズになっていて、ユウキの温かさが伝わってきてこっちは心臓がドキドキだっていうのに。大体、他の女の子にはもっと態度をどうこうしなきゃっていつも気を使ってるじゃない。アタシの気持ちだって考えなさいよ、バカバカバカっ!

「はい、完成! こうするとアリスみたいで可愛いだろ」

 アタシがモダモダしているうちに、魔女帽のリボンの部分だけが頭上で綺麗にリボン結びされていた。
 ああ、本当にもう。チェシャ猫とアリスじゃあ住む世界が違うじゃない。そんなの、まっぴらごめんよ。

「バカね、カエルになっていたアタシはこっちでしょ」

 せっかく結ばれた蝶結びのリボンを外し、即興の魔法で自らの衣服を古めかしい貴族の衣装に変える。

「ま、アタシはどうしたって可愛いけど? これ以上猫を増やさないでほしいわ、人間さん」
「オレはあのぐうたらで寝てるのか起きてるのかわからねえような星大好き野郎よりはマシだと思いますがね、公爵夫人」
「さまをつけなさい、さまを」
「へいへい、他の誰でもない、魔女さま」

 キスをしても気づかないでね、猫の恰好をしたおめでたいアリス様。



2014/02/22 10:16



 タケルとチハヤ


 道端に積もった雪が、朝日に溶けて路面が濡れる。もう雪かきは必要無いだろう。温い朝日がすぐにも溶かしてくれるから。料理人の青年チハヤはかじかむ手を温めようともしないまま、余った時間で店前の看板を書き変える。

「あけましておめでとう、チハヤ」

 背が低い看板の前に座り込むチハヤの後ろに、毛糸の帽子を被り深緑色のセーターを着込んだ青年が立った。脇の下に両手を挟んで、いかにも寒いと言うように縮こまっている。

「おめでとう、タケル。そうそう、今日からちらし寿司とうしお汁のセットとか、ざるそばつきみそばとかそばの値引きっていうハッピーニューイヤーフェアをやるからさ、後でおいでよ」

 看板に赤と白のチョークで『HAPPY NEW YEAR』とポップなロゴタイトルを描き、その下に次々とメニューが書かれていく。全体的に和食ばかりだが、スパイスシチューなども美味しそうだ。

「へえ、どれもおいしそうだね。去年はこういうの、やってなかったよね。今年からなの?」
「そう。この島ではさ、年末はつごもり祭で盛り上がるけど、いざ年が明けてからは特にそういった行事がないでしょ。ま、皆年明けからは普通に仕事が始まっちゃうからなんだろうけど、うちは商売に利用させてもらおうってわけ」
「なるほど」

 全て書き終えて立ち上がったチハヤは、両手にいっぱい付いたチョークの粉を手を叩いて落そうとした。もわもわと白い煙がしばらく辺りを彷徨い、街路の先へと消えていく。

「さて。僕はこれからも仕事だけど、牧場主の君は、もしかして暇なのかな? こんなところでずっと僕に油を売っているところを見るに」

 それまでずっと脇に手を挟んでいたタケルが、不意にその手でチハヤの両手を掴み、まだ掌に付いていた残りのチョークをふき取るように優しく撫でる。温かいものに触れてようやく己の肌の冷たさを自覚したチハヤは、思わずびくりと震えた。

「魚を切るには冷たい手の方が良いらしいけど、料理人の手は清潔でなくちゃ」

 すみずみまでチョークの粉を手に取り、外気に晒され冷たくなった手を満足そうに握っては開いて、タケルが笑った。ほんの一瞬しかめっ面を覗かせたチハヤだったが、白い溜息をついてタケルの片袖をぐいぐいと引っ張る。

「手を洗うに決まってるでしょ、それも、とびきり冷たい水で。ほら、君も手が汚れたみたいだから、とびきり冷たい水で洗って、ついでに魚でも捌いていってよ」
「うん、そうだね」
「あと、給金は売上によって決めるから、頑張ってよね」
「わかった。頑張るよ」

 かすかに白雪が残るキルシュ亭の花壇に置かれた小さな雪だるまが、少しずつ溶けていった。


2014/01/02 12:33



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