愛と共にあらんことを
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ワンピース。といえば、何を思い浮かべるだろうか?
洋服?それとも、かの週刊誌で連載されている漫画だろうか。
後者であれば、貴女もしくは貴方と俺はとても仲良くなれると思うよ。
斯く言う俺も、その例の漫画を思い浮かべる一人なわけだが、どうやら俺はその漫画の世界に転生というものをしてしまったらしい。
らしい、というのは俺がまだ現実を受け止めきれてないからだが、そこは許して欲しい。だって普通、有り得ないじゃないか。漫画の世界に転生してしまうなんて。
「…まぁ、おきてしまったことはしかたないとして」
「ん?なんじゃアオイ」
「なんでもないよ、がーぷじいさま」
そう。転生してしまったのは仕方がない。
だがせめて。せめてその辺にいる所謂「モブ」に転生したかった。
紫藤 葵。改めモンキー・D・アオイ。
ワンピースの世界にてまさかの主人公兄として転生いたしました。
愛と共にあらんことを
自分の元いた世界。
つまりはこの世界を「漫画」だと認識していた世界にて不慮の事故に合い死んだことは確かに覚えている。
雨の日。
剣道の大会の帰り道。
雨の中、明らかにスピードを出しすぎていた車がスリップして歩道に突っ込んできたのだ。
車の先には一緒に帰宅していた後輩。
俺はそれを咄嗟に庇った。
後輩が無事だったのは覚えているし、泣きそうな顔で俺を必死に呼んでいたのも覚えている。
けど俺はそれを確認して安心した直後に意識がブラックアウトしたので、恐らくそのまま死んだのだろう。
あんな形で置いてきてしまった後輩には申し訳ないが、今の俺には彼のトラウマになっていない事を祈ることくらいしか出来ない。いや、本当に悪いことをした。
そんな事をグルグルと考えていれば、名前を呼ばれる感覚と僅かな光に俺はそっと目を開けた。
そしてそこにいた目つきの良くない男性と、笑顔が素敵な女性に覗き込まれていることに気がついた。
自分の置かれている状況もわからず、とりあえずこの二人が何者なのか確認するために口を開いた瞬間。
「あー、うー?」
この時初めて、自分が赤ん坊になっていること、所謂転生というやつを現在進行形で経験していることを理解。
そして理解したついでによくよく二人の男女を見てみれば、女性はともかく男性には見覚えがあった。
いや、だがしかし、ありえない。だって、この人は。
かの人気海賊漫画、ワンピースの主人公であるモンキー・D・ルフィの父親であるモンキー・D・ドラゴン、その人だったのだから。
その後の俺は、生前の記憶をそのままにすくすくと成長した。
その過程で祖父であるガープ、海を泳ぐ海王類。祖父の所属する組織が海軍であることを理解し、そして俺は現実逃避をやめた。
間違いなく、何かの間違いで、俺はこの世界に転生してしまったのだ。
それはもうどうしようも出来ないし、受け入れるしかない。
だだを捏ねてもどうにもならないし、そもそも転生する前は既にだだを捏ねるような年齢ではなかったのだ。あの時から計算すれば俺も立派な大人の年齢だ。正直面倒なので早々に諦めた。
諦めついでに、俺は、この世界で何が出来るのかを考えた。
弟と海賊を目指すのもいいし、父の所属する革命軍に入るのもいい。前世の腕を頼りに海軍で上を目指すもの考えた。
そして、考えに考えた結果、思い浮かんだのはこの世界で一番好きなキャラクターのことだった。
不死鳥マルコ。
白ひげ海賊団一番隊隊長にして長男的存在の男。
あまり漫画には登場しない彼だが、その割にキャラクターグッズになる程の人気を誇る彼はこの先、末弟と敬愛する白ひげを失う事になる。
…目の前にいる祖父の所属する、海軍との戦争によって。
戦争だったのだ。だから、どちらにも掲げる正義があったのもわかっている。
だがそれでも、海賊である主人公の視点で描かれる物語を読んでいる時に感じた遣る瀬無さは、確実にマルコに感情移入したことのよるものだったに違いない。
ならば、俺の持てる力の限りを尽くして覆してしまえばいいのだ。
この過去の知識と、この世界へと転生した付加要素である身体能力。
それもガープやルフィと同等、いや。上手くいけばそれ以上にもなる力もある。
まずは第一歩。
伝手なら俺の目の前にある。
あとは、俺の努力次第。
目標は、例え俺が死んだとしても白ひげとエースを助ける。
さぁ、始めようじゃないか。
「がーぷじいさま、おれね、おおきくなったらかいへいさんになりたい!」
愛と共にあらんことを
(好きな人の泣き顔なんて、見たくないから)